インドネシア「コンパス」紙社説とその背景に関する簡単な考察

安倍首相による靖国参拝強行に対しインドネシアの「コンパス(Kompas)」紙では以下の社説が掲載されたようです。訳は引用元によります。

『コンパス』紙社説:安倍信三首相の靖国参拝問題

 12月26日木曜日、日本の安倍信三首相による靖国神社参拝は中国と韓国という2つの隣国の反発を招いた。
 1869年の明治時代に建立された靖国神社は太平洋戦争(1941−1945年)時の日本軍による侵略の象徴とみなされている。それが理由となり、今回の安倍首相の参拝を、中国と韓国は太平洋戦争時に日本が占領した国々に苦痛と困窮を与えた日本の戦争犯罪者に対する敬意の現れであるとみている。
 今回の参拝に対して反発する中国と韓国はそれぞれ、北京とソウルの日本国大使を呼出し抗議を行なった。
 中国の王毅外相は安倍首相の行為は日本を「非常に危険」な方向へと導くものだと指摘する一方で、韓国の劉震龍文化体育観光部長官はこの行為を時代錯誤の行為であると述べている。
 しかしながら、私たちはこうした自身を被害者と位置付ける中国と韓国の見解はひとつの側面からの視点であると気が付かなければならない。この問題にはもうひとつの側面、すなわち安倍首相の見解も存在しているからだ。今回の靖国神社参拝には戦争犯罪者を称える意図は全くないと安倍首相は言う。戦死した人々の霊に祈りをささげ、(日本)国民が再び戦争の惨禍によって苦しむことのないように取り組む決意を「伝える」ためのものである、と。
 留意するべきは、靖国神社は現在戦争犯罪者とみなされている数百名のみではなく、同時に戦争の犠牲者となった250万人を祀る場所でもあるという点だ。さらに、安倍首相によれば、国のために命を捧げた人々に敬意をあらわし、彼らのために参拝することは日本の指導者として当然であるという。「そして、私は平和のために祈りました。日本が再び戦争を引き起こさないためにも」「中国と韓国の感情を傷つける意図はありません」と安倍首相は語っている。
 全ての行動は様々な面から評価することができるが、参拝の時期が不適切であったことは認めざるを得ないだろう。日本と中国が東シナ海の領土問題で対立が深まるこの時期になぜ、安倍首相は靖国神社を訪問しなければならなかったのか。アメリカが参拝の実施時期に懸念を表明した理由もここにある。
 私たちもアメリカと同様、日本と2つの近隣諸国がこのセンシティブな問題を克服する建設的な方法を見つけ、地域の平和と安定を維持するための協力と良好な関係を今後も守っていくことを願っている。
2013年12月28日付『コンパス』紙6面

http://honnesia.doorblog.jp/archives/35250022.html

擁護か批判か

この社説自体が靖国参拝を非難しているかというと、そうは読めませんし、少なくとも強く安倍政権を批判する内容ではないでしょうね。とは言え、逆に中国や韓国の対応を批判しているわけでもなさそうです。
文脈から言っても「靖国神社は(略)日本軍による侵略の象徴とみなされている」、そして「中国と韓国は(略)抗議を行なった。」を前段とした上で「問題にはもうひとつの側面」もあるとつなげていますが、いずれの側面が正しいかという評価は最後まで下さず、「日本と2つの近隣諸国がこのセンシティブな問題を克服する建設的な方法を見つけ、地域の平和と安定を維持するための協力と良好な関係を今後も守っていくこと」に落とし込んでいます。
そして「センシティブな問題を克服する」上で「参拝の時期が不適切であったことは認めざるを得ない」わけですから、その意味では「参拝の時期が不適切」という日本に対する批判があるのは間違いありませんが、社説の主旨とまでは言えないと考えます。
日本に対する批判とも擁護とも解釈できなくはありませんが、強いてどちらかと評価するなら擁護としての要素がやや勝っていると言えるかと思います。ただし、擁護であっても社説そのものの主旨は擁護にあるわけではないのは確かでしょう。

靖国参拝に何の問題もないと考えているならそもそも報道もしない

インドネシアでは以下のようなタイトルで安倍首相の靖国参拝関係の報道がされたようです。

•「安倍首相の戦争神社参拝は外交に影響」(Republika)
•「中国、日本首相の戦争神社参拝を非難」(Republika)
•「中国、日本首相の靖国参拝を非難」(Suara Merdeka)
•「日本首相、中国と韓国国民の感情を傷つける意図はない」(Pikiran Rakyat)
•「安倍首相の靖国神社参拝、韓国と中国が怒り」(Pikiran Rakyat)
•「靖国神社では14名の戦犯を賛美」(Pikiran Rakyat)
•「日本首相、靖国戦争神社に参拝」(Jakarta Post)
•「日本首相の戦争神社参拝、近隣諸国の怒りを買う」(Jakarta Post)
•「中国、日本首相の靖国神社参拝を非難」(Metrotvnews)
•「中国紙、安倍信三首相は『悪魔の讃美者』」(Metrotvnews)
•「日本首相の靖国神社参拝に非難が殺到」(Okezone)

http://honnesia.doorblog.jp/archives/35250022.html

いくつかの報道では「戦争神社」と書かれているように、インドネシアでの一般的な理解でも靖国神社は戦争賛美の神社であるという認識があるのでしょう。中国・韓国の抗議という意味でニュースを伝えている側面もあるでしょうが、日本首相の靖国参拝が不当に抗議されているかのようなニュアンスは上記の記事タイトルからは伝わってきません。インドネシアが主体的に抗議の意思を示すまではしないものの靖国参拝が非難されることに対して当然視しそれが不当だとは思っていない様子が伺えます。

そこで以前の調査を思い起こしてみましょう。

Apology Accepted?(謝罪を受け入れたか?)
Has Japan sufficiently apologized for its military actions during the 1930s and 1940s?
(日本は1930年代40年代の軍事行動に対して十分に謝罪したか?)

国名      「いいえ」 「はい」 「謝罪の必要はない」 「わからない」
韓国      98%     1%    1%          1% 
中国      78%     4%    2%          16% 
フィリピン   47%     29%    19%          5% 
インドネシア  40%     29%    6%          25% 
マレーシア   30%     22%    10%          38% 
オーストラリア 30%     29%    26%          16%
日本      28%     48%    15%          9%
http://www.pewglobal.org/2013/07/11/japanese-publics-mood-rebounding-abe-strongly-popular/
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130801/1375371347

インドネシアで、日本の戦争中の行為に対して謝罪が不十分だと考えている人は40%に及んでいます。「わからない」と答えた25%を除いて「不十分」「十分」「不要」の比率だけを見ると「不十分」が53%、「十分」は39%、「不要」は8%になります。特に謝罪を「不要」と考えるインドネシア人は韓国の1%、中国の2%に次ぐ6%に過ぎません。
こういった認識を持つインドネシア人から見て、安倍首相の「戦争神社」参拝がどのように見えるかは想像に難くありません。

日本に対する反感を宥める社説

前述のようなインドネシア人の一般的な戦争認識を踏まえると、「コンパス」社説の論調の意図がわかりやすくなります。一般インドネシア人の間で靖国参拝した日本政府に対する反感が高まるのを宥めるように、日本側にも言い分があるのだと書いているのは、日本の戦争時の行為に対する謝罪が不十分だとみなす40%のインドネシア人の反感、十分だと思っていた29%のインドネシア人の離反から、日本を擁護していると言い得るでしょう。

 留意するべきは、靖国神社は現在戦争犯罪者とみなされている数百名のみではなく、同時に戦争の犠牲者となった250万人を祀る場所でもあるという点だ。さらに、安倍首相によれば、国のために命を捧げた人々に敬意をあらわし、彼らのために参拝することは日本の指導者として当然であるという。「そして、私は平和のために祈りました。日本が再び戦争を引き起こさないためにも」「中国と韓国の感情を傷つける意図はありません」と安倍首相は語っている。

http://honnesia.doorblog.jp/archives/35250022.html

もっとも、積極的に日本を擁護しているとも言いがたいところに「コンパス」紙社説の苦悩を感じざるを得ません。
擁護とも批判とも断じ難い社説となった原因の一つは以下のような貿易構成にあるのかもしれません。

最終更新日: 2013年10月31日
単位:100万ドル、%

  2011年輸入金額 2012年輸入金額 構成比 伸び率
ASEAN 51,109 53,661 28.0 5.0
日本 19,437 22,768 11.9 17.1
中国 26,212 29,387 15.3 12.1
米国 10,813 11,603 6.1 7.3
韓国 13,000 11,970 6.2 △ 7.9

〔注〕通関ベース
〔出所〕 World Trade Atlas(原データはインドネシア中央統計局)

http://www.jetro.go.jp/world/asia/idn/stat_04/

最終更新日: 2013年10月31日
単位:100万ドル、%

  2011年輸出金額 2012年輸出金額 構成比 伸び率
ASEAN 42,099 41,831 22.0 △ 0.6
日本 33,715 30,135 15.9 △ 10.6
米国 16,459 14,874 7.8 △ 9.6
中国 22,941 21,660 11.4 △ 5.6
韓国 16,389 15,050 7.9 △ 8.2

〔注〕通関ベース
〔出所〕 World Trade Atlas(原データはインドネシア中央統計局

http://www.jetro.go.jp/world/asia/idn/stat_02/