徴兵制って別に軍事的合理性がないわけじゃないと思いますが。

まあ現代においては、軍事技術が高度化して戦闘要員としての頭数がさほど喫緊の課題ではありませんし民間化の流れもあり、日本が世界中に派兵でもしない限り必要性そのものが薄いというのは確かですけど、時折現れる軍事的合理性がないとまで言い切る主張には疑問があります。

喜多野土竜(MANZEMI販売員)
‏@mogura2001 ·2月11日 徴兵制復活を口走るのは、右翼も左翼も右翼も左翼も軍事オンチ。徴兵制度が有効だったのはナポレオンの時代から日露戦争の前まで。高度に機械化・専門家した現代の軍隊では、雑兵の数を集めても戦力どころか足手まとい。装備にも教育にも莫大な莫大な金がかかる。ここらへん、安倍総理も国会で言及。

https://twitter.com/mogura2001/status/433096351379767296

これに見られる典型的な徴兵制軍事的非合理説の主な根拠は、(1)社会の労働力損失、(2)莫大な人件費・装備費、(3)高度化専門化された技術を扱えない(教育負担の増大)、と言った3点にまとめられますが、そもそもこれらは根拠足りえるでしょうか?

徴兵制は社会の労働力を損なう?

確かに徴兵年齢人口を全て召集したりすれば、社会に出て働く青年人口が減りますけど、徴兵年齢人口全てを召集するなんてことは戦前日本でもしていません。平時においては徴兵検査に甲種合格しても必ずしも召集されるとは限りません。当たり前の話ですが、軍事的に防衛計画に必要な人数を招集できればそれでよく、何も合格者全員を採用する必要性などはありません。
徴兵制軍事的非合理説を唱える人は、なぜか合格者全員採用を前提としているようでどうかと思います。

例えば18-19歳男子人口は約120万人ですが、いくら徴兵制を採用したからといって120万人全てを招集する必要などありません。現在の志願で集められている自衛隊の兵数が防衛計画で必要な兵数を下回っている場合に差分を埋めるだけの人数を招集すれば済む話です。滅茶苦茶な計画を立てたりしなければ、召集人数はせいぜい数万人程度であって、社会の労働力にさほど影響はないでしょう。
逆の見方をすると、若年者失業率が高い場合には招集者数を増やすことで失業者救済にもなりえます。途上国でやたら兵員数が多かったりするのにはこういった側面もあると言えるでしょう。

いずれにしても社会労働力との按配は防衛計画の匙加減で決まるのであり、徴兵制=社会労働力損失ではありません。

莫大な人件費・装備費がかかる?

これも上と同じで、何も徴兵検査合格者全員を採用するわけじゃなく、防衛計画で必要な人員を採用する以上、計画通りの人件費・装備費しかかかりません。計画で人員20万人と決めたら、甲種合格者が50万人いようが100万人いようが、20万人-志願者数だけ召集すれば良いだけの話です。計画の20万人以上の人件費も装備費も必要ありません。
合格者全員召集なんて、日本でも戦争が泥沼化してからしかやってないのに、どうしてこういう前提がまかり通っているのか不思議です。

高度化専門化された技術を教えるための教育負担が増大する?

パイロットとか暗号関係とかよほどの特殊技術なら教育に時間かかるでしょうし、適性のない人に教育するのは無駄でしょうけど、ほとんどの人員は高卒程度の知識能力があれば習熟可能でしょう。実際、高卒で自衛官になっている人はいくらでもいますし。
一般的な高卒程度の能力の兵士が、必要で基本的な装備の習熟に1年も2年もかかるとしたら、それは兵士の能力の問題というより装備の問題でしょう。
志願者と招集者のやる気の違いはあるかも知れませんが、警察も容易に介入できない閉鎖空間での“教育”を考えれば*1そのような違いが大きいとはとても思えません。
まさか、徴兵制になった途端招集者全員をパイロットにする教育を始めるわけじゃないでしょうし、多くの兵士に使用される小銃の使い方がやたら難しくマスターするのに1年かかるとかでもないでしょう(だとすればその小銃は軍隊仕様として欠陥品です)。
通信関係の機材にしても、多くの高校生がスマホを使いこなしているのに2〜3ヵ月教育しても使えないとすれば、その通信機の使い勝手が悪すぎるとしか言いようがありません。限られた職人的技能の持ち主しか使えないような一般装備なんて欠陥品ですよ。
どうもこの手の議論は、戦闘機とか高度な電子機器とかと歩兵の一般装備とかとごちゃまぜにしてるようで信頼性に欠けるように思います。

実際問題として

徴兵制で費用負担が増えるとすれば、人件費とか装備費とかじゃなくて徴兵検査実施の費用でしょうね。これは徴兵年齢の全員を対象とする必要があります。しかしまあ高校進学率を考慮すれば、高校3年生時の健康診断や学力テストに付加する形で実施すれば費用負担は事務処理費用程度で済むでしょう。法律的には防衛省に徴兵検査目的での健康診断結果や学力テスト結果収集の権限を与えればいいだけの話です。

徴兵制の問題は軍事的合理性の問題というよりは人権問題であって、徴兵検査と召集において職業選択の自由や思想信条の自由*2が侵害されることへの懸念が大きいと言えます。その意味では“左翼”案件なのは当然です。

自称中立の軍オタがしたり顔で述べる“軍事的合理性がないから徴兵制などあり得ない”という主張は机上の空論に過ぎず、そのような虚構の防壁に安心せず“左翼”が徴兵制への警戒を怠らないのも当然と言えば当然です。

*1:良し悪しは別として

*2:殺人行為やその加担に加わりたくないという信条など