徴兵制非合理論の陥穽

“徴兵制は合理的ではない”というのは軍オタお気に入りの主張で、特定の政治志向を持った軍オタが主に左派的言説を攻撃する時によく用いられます。
ネット上で群化している徴兵制非合理論者は攻撃的な性向を有しているため、ツイートやコメントなどでの集団攻撃が頻繁に起きています。徴兵制非合理論は攻撃の際の材料として使われるだけで、論として成立しているわけではありません。このため、個々の主張は結構雑なものが多く、“徴兵制は合理的ではない”という主張自体が現実的でないこともしばしばです。
左派だけではありませんが、安倍政権が集団的自衛権行使容認を閣議決定したことを契機に徴兵制の懸念が広がっています。集団的自衛権行使容認は自衛隊の任務のあり方を変えるわけですから、自衛隊そのものの組織構成にも影響することになり、結果として徴兵制が必要になるのではないかという懸念が生じるのはもっともな話ですが、徴兵制非合理論者は論理的でない理由で“徴兵制は合理的ではない”という結論に固執しているため、そういった懸念に対して反発しか感じません。このため、無駄に攻撃的・挑発的なコメントをしたり、慇懃無礼に侮辱したりを繰り返します。

では徴兵制非合理論者は、一般に広がる徴兵制の懸念について答えることができているのでしょうか?
とても出来ているとは言えませんね。

そもそも政府が合理的な選択をするとは限らない

歴史を紐解くまでもなく、政府・軍などの組織が非合理的な選択をすること自体珍しい話じゃありません。なので“徴兵制は合理的ではない”なんて主張した所で徴兵制の懸念を解消することにはなりません。少なくとも、徴兵制を懸念している人たちを説得する手段・論法としては稚拙きわまると言う他ありません。
“徴兵制は合理的ではない”と主張している人たちは、“中国が尖閣諸島に攻め込んでくるなんて合理的ではない”と言われたら納得して安心するんですか?しなさそうな人ばっかりですよね。

“合理的ではない”と“するべきではない”とは違う

徴兵制を懸念している人たちは徴兵制はするべきではない、と考えているのであって、合理的かどうかなんて興味ありません。言うまでも無く合理的でない選択はしばしば起きるからです。もし徴兵制の懸念を払拭させたいのなら、“するべきではない”という考えをしっかりと主張しなければ信用されなくて当たり前。「オレは正しいことを言っているのだから、どんな言い方だろうが、オレの言うことに同意して当然だ」という傲慢な態度で誰かを説得できると思っているなら、それこそお花畑でしょう。
まあ、目的が説得ではなく、相手を侮辱するのであれば正しい態度なのでしょうが。

“するべきではない”と思っているのなら法での縛りを弱めるような言動をするべきではない

もし徴兵制非合理論者も徴兵制はするべきではないと思っているのなら、徴兵制を禁止している憲法を弱める言説に対して強く批判するべきでしょう。
例えば、自民党幹事長の石破茂氏は以下のようなトンデモ主張で、徴兵制を禁止している憲法13・18条を弱めようと試みています。

 昭和55年8月、政府は答弁書で「徴兵制度は我が憲法の秩序の下では、社会の構成員が社会生活を営むについて、公共の福祉に照らし当然に負担すべきものとして社会的に認められるようなものではないのに、兵役と言われる役務の提供を義務として課されるという点に本質があり、平時であると有事であるとを問わず、憲法第13条(個人的存立条件の尊重)、第18条(奴隷的拘束・苦役の禁止)などの規定の趣旨から見て、許容されるものではない」としています。
(略)
 私は防衛庁長官防衛大臣在任中、国会でこの条文解釈について問われた際に「違和感をおぼえる」と答弁した記憶があります。もちろん政府解釈は知っていましたし、関係大臣がそのような答弁をすること自体、議論を呼ぶことは覚悟していたのですが、結局何の問題にもなりませんでした。違和感をおぼえていたのは私だけではなかったようです。
 まず第13条について、外部からの侵略から国の独立と平和を守ることこそ「最大の公共の福祉」です。国の独立と平和無くして「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利の尊重」などありえません。
 第18条も、兵役を「奴隷的拘束」と同一視するのはいかがなものか。さらに、志願制ではなく徴兵制である点を「意に反する」ことにウエイトを置いて否定的に解釈していますが、兵役に「犯罪に因る処罰」と同じ評価がなされていることは極めて問題です。

http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-5a39.html

徴兵制非合理論者で、これを批判している人というのを見た記憶がありません。むしろこれに同調する徴兵制非合理論者の方が多い印象がありますね。
徴兵制はするべきではないと思っているのなら、“合理的ではない”とか主張する以前に、石破議員のような発言を批判するべきでしょう。

そもそも“合理的ではない”と言い切る根拠は何?

徴兵制は社会の労働力を損なう?
莫大な人件費・装備費がかかる?
高度化専門化された技術を教えるための教育負担が増大する?
以前、指摘したとおり、適齢者全員兵役につかせるような非現実的な徴兵制だけを想定しない限り、それはデマです。

志願制で十分な人数が確保できるから徴兵制は不要?
それも以前指摘しましたが、果たして十分でしょうか?そもそも、徴兵制非合理論者は十分な人数がどれくらいか具体的に説明できるんでしょうか?

徴兵制非合理論者が説明すべき事項

もし、どうしても“合理的ではない”と主張し、それを納得させたいのなら、最低限以下の内容は説明できなければいけません。

1.自衛隊に課されている任務に見合った兵員規模・構成

それも集団的自衛権行使容認後の安全保障環境を想定して説明できる必要があります。
士官・下士官・兵卒がそれぞれどの程度の人数が必要か、もちろんそれは説明できますよね?

2.志願制で賄える人数の想定

例えば任期制の兵卒レベルが4万人必要なら1年当たり2万人採用する必要がありますが、志願制で任期制兵卒を希望する人が2万人以上いることを示す必要があります。
1で兵員規模・構成を説明できるなら、これは簡単に示すことができるでしょう。


上の2点を説明できないのに、“合理的ではない”とか主張しても説得力が全然ありません。
そのくらいわかりますよね?
社会の労働力損失や人件費・装備費の増大があったとしても、防衛上必要であれば負担せざるを得ないわけですし、高度化専門化された技術を持った兵隊が良いと言ってもそもそも人数が足りなければレベルが低い兵隊で補うしかありませんから。

会社勤めしてればわかりそうなもんですが、経験者3人いれば回せるプロジェクトだと言っても、実際問題として経験者が1人しかいなければ足りない分は新人をかき集めて回すしかありませんね。新人なんて邪魔だと断ってプロジェクトを失敗させるのはそれこそ“合理的”ではありません。
抱えているプロジェクトの規模に比してアサインできる経験者の人数は足りているか、それが問われているのに、新人アサインするのは合理的でないなんて主張しても、論点はそこじゃねーよと言われるだけです。

でもそれを説明している徴兵制非合理論者は見たことないですねぇ。