桜田義孝発言の問題点について

自民党衆院議員の桜田義孝元文部科学副大臣衆院千葉8区)による2016年1月14日の自民党本部合同会議での発言の件。

 よく従軍慰安婦の問題が出るが、日本で売春防止法ができたのは昭和三十年代だ。それまでは職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ。
 売春婦だったということを遠慮して(言わないから)、間違ったことが日本や韓国でも広まっているのではないか。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016011490140031.html

外交的側面

外交的側面で見ると、河野談話アジア女性基金にせよ、先の日韓政府間合意にせよ、日本の法的責任を曖昧なままで外交上の解決を図るテクニックなわけですが、それらは、慰安婦問題が戦時性暴力問題であり日本政府に責任があることを日本政府が認め、日本政府が謝罪と補償を行っている、と国際社会に認識されることで成立する繊細さを抱えています。これに様々な修辞を施すことで、法的責任や国家賠償を回避できるようにしているわけです。
日本軍による戦時性暴力被害者を自発的売春婦であると侮辱する差別的認識は、自民党産経新聞を中心に日本社会全体に蔓延している認識ですが、これを政府与党が公言してしまうと国際社会からは、日本は慰安婦問題という戦時性暴力の責任を否定している、と認識されてしまい外交的合意が壊れる可能性があります。そのため、日本の外交環境の改善を求めるならば、日本社会内に蔓延している性暴力被害者を蔑視する傾向を国際社会に対して隠蔽する必要があるわけです。
その意味で、桜田発言は愚かな発言であり、日本の外交環境を悪化させるものだと言えます。

歴史認識的側面

歴史認識という点で見ても、もちろん問題があります。
日本軍慰安婦は、日本軍によって管理され日本軍兵士を消費者とした大規模な性的人身売買被害者であり戦時性暴力の犠牲者です。それを訴え出た被害者に対して「犠牲者だったかのようにしている宣伝工作」というのは二次加害に他なりませんし、歴史の否定です。

われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

河野談話に上記のように書かれていますが、安倍晋三をはじめとする歴史修正主義者らがこの20年にわたって従軍慰安婦問題を記憶にとどめ同じ過ちを繰り返さないための歴史研究、歴史教育を妨害してきた結果、桜田義孝氏のような“モンスター”が日本社会に蔓延したわけです。この種のモンスターが吐き出す毒に侵されると、桜田発言の歴史認識上の問題が見えなくなってしまいます。

人権問題としての側面1

市民にとって一番大事であろう人権問題としての側面ですが、一つは従軍慰安婦そのものに対するが当時においても重大な人権問題であったことの認識の希薄さです。
人権問題としての従軍慰安婦に関しては散々書いてきましたし*1、多くの人が指摘していることでもありますので、ここでは単純に、内地や植民地での慰安婦集めに際し軍の要望であることを隠そうとしたことを指摘しておきます。

人権問題としての側面2

桜田発言にある人権問題としてのもうひとつの側面があります。
「日本で売春防止法ができたのは昭和三十年代だ。それまでは職業としての売春婦だった」の部分に関わっていますが、そもそも売春防止法がありながら、日本国内には現在も売春行為が黙認されていますよね。
よく知られているのは性風俗であるソープランドですが、そこで売春が行われていることは誰でも知っているにも関わらず、日本の警察はその違法行為を“入浴補助の女性と入浴客の自由恋愛”という建前で黙認しています。売春防止法以降でさえ性風俗での売春が野放しになっている状況を見れば、日本における売春強要の黙認は、売春防止法以前は特に絶望的にひどかったであろうと思わざるを得ません。
もう一点、ソープランド以外の性風俗に関しては、挿入行為が無いからという理由で売春ではないという建前になっているかと思いますが、そんな理解が通るのは世界中でも日本くらいしかないんじゃないですかね。

つまり、現在の日本においては、“売春は法律で禁止されている”という認識が、“ソープランドは自由恋愛だから合法”、“ソープランド以外の性風俗は挿入行為が無いから合法”、という認識と共存しているわけです。
そんな日本社会であることを考慮すれば“慰安婦は合法”論が蔓延するのも当然かもしれません。

慰安婦は合法”論は、“ソープランドは自由恋愛だから合法”、“ソープランド以外の性風俗は挿入行為が無いから合法”と同レベルのレトリックですが、日本国内ではそれが通用します。もちろん、そんなレトリックは海外では通用しませんけどね。


と、とりあえず、桜田発言に感じた問題を外交的側面、歴史認識的側面、2つの人権問題としての側面の4つに分けて挙げておきます。

*1:騙して売春を強いられた女性を慰安婦として日本軍が消費した点や主として占領地で暴力的に連行して慰安婦とした点、公娼だからと言って売春強要が許されるわけではない点、戦前に既に公娼制の非人道性が指摘されていた点、軍国主義や植民地での圧制が人権問題への発言を抑圧していた点等々きりがありません。