まあ、自由史観研究会のレベルなんて、こんなもんか。

所得税は朝鮮は1934年まで課税されませんでした。1934年から課税されましたが、税率は内地の半分でした。その後次第に税率が上がりましたが、内地よりは低率でした。朝鮮人・日本人の差はありませんが、累進課税でしたので、所得の多い日本人の方が、高率だったはずです。

(抜粋)
自由史観研究会理事 杉本 幹夫

http://www.jiyuu-shikan.org/goiken/06/02/gmain2.html

この短い文章の中に、事実誤認、説明不足、誤解への誘導など色々含まれてますねぇ。


まず、

所得税は朝鮮は1934年まで課税されませんでした。

ですが、正確ではありません。朝鮮での所得税法大正9年1920年)に既に成立しています。
ここで言いたいのは、個人所得税のことでしょうが、いかにも説明不足ですね。

当時、所得税と呼ばれていたものには現在の法人税が含まれています。現在の所得税については、当時「第三種の所得税」と呼ばれており、これが朝鮮に導入されたのが昭和9年(1934年)でした。

税率は内地の半分でした。

これは事実ですが、これだけでは説明不足です。

朝鮮総督府施政年報 昭和12年度 」(「アジ歴」レファレンスコード A06032016300 、第三章 財政、P99、画像72/362)から引用します。

改正所得税は従来法人に対してのみ課税しつつありし所得税制度を整備し個人の所得にも課税することとし大体内地法に準拠し唯朝鮮特殊の事情に鑑み次の如く

(一)急激なる負担の変化を避ける為税率を内地現行法の半額程度とすること(昭和9年分は更に其の半額)
(二)個人の免税点は之800円(内地は1200円)とすること
(三)家族扶養控除は之を二階級に区分し所得金額1500円以下の者に対し家族一人に付き60円を所得金額1500円を超え3000円以下の者に対し家族一人に付き30円(内地は一律家族一人に付き100円)を控除すること

等若干特異の規定を設けたり。

(「アジ歴」レファレンスコード A06032016300 、第三章 財政、P99、画像72/362)

朝鮮に特異に設けられた規定は、税率だけじゃありません。
(二)の課税最低限と、(三)の家族控除についても同様です。

内地では年収1200円までなら所得税は免除になりましたが、朝鮮では年収800円までしか認められていません。これは朝鮮に不利な内容です。また、家族控除についても、内地の方が控除額が大きいわけですから、朝鮮に不利な内容になってます。

自由史観研究会はこういったことは隠した上で、朝鮮は優遇されていたかのように装い、読者の誤解を誘っているわけです。


多少税制史をかじったことがあれば、常識ですが、そもそも戦前の日本の税収は、所得税のような直接税ではなく、関税や酒税、消費税と言った間接税が多くを占めているわけです(直接税主体になるのは戦後のシャウプ勧告以後)。

参照:http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/tyousa/1808zeisei_09.pdf


当時、所得税を払える家庭というのは、それなりに裕福な家庭と言えました(それでも生活が苦しいなどという意見はあったが)。課税最低限が年収1200円ですから、平均月収は100円です。これは、それなりに出世したサラリーマンの給与のレベルです。

1934年の「朝鮮所得税令(昭和9年4月制令第6号)」について端的に評するなら、内地と朝鮮の経済力格差に応じた措置と言えるでしょう。
つまりは、併合から四半世紀経ってなお、内地と朝鮮には経済格差があったわけで、にもかかわらず朝鮮では課税最低限を引き下げて広い範囲から所得税を取ろうとしたわけです。

朝鮮が優遇されていたなどとはとても言えない内容です。

むしろ、朝鮮に赴任した日本人にとっては、そもそも年収は1200円を超えて課税最低限の差は問題にならず、かつ、朝鮮での低い税率が適用されてウハウハだったと言えます。

累進課税でしたので、所得の多い日本人の方が、高率だったはずです。

なぜ、日本人の方が所得が多かったのか、少しは考えてみてはいかがでしょうか?

所詮、自由史観研究会のレベルでは無理ですかね。



ちなみに、個人所得税の導入に合わせて、朝鮮では地税の軽減がされています。
1930年代は既に、日本人により多くの土地を奪われている状況ですから、この税制改革で一番得をしたのは、東洋拓殖や大地主でしょうね。損をしたのは土地を奪われながらも何とか働いて800円以上の収入を得ていた人たちです。
前者に日本人が多く、後者に朝鮮人が多かった事は想像に難くありませんね。