子どもの拉致大国・日本

北朝鮮による拉致とは性質が違うとは言え、子どもを連れ去られた当事者から見れば日本による子どもの拉致も北朝鮮と変わりません。アメリカの団体からは、北朝鮮は5人の拉致被害者を帰国させたが、日本は一人も帰国させていない、と非難されたこともあります*1

「子供の連れ去り」に強硬措置検討 米議会、制裁法案を可決
産経新聞 3月28日(水)19時43分配信
 【ワシントン=佐々木類】米下院外交委人権問題小委員会は27日、国際結婚の破綻に伴う「子の連れ去り」問題の解決に取り組まない国に対し、制裁を求める法案を可決した。
 法案は、米国籍を持つ子供の連れ去りに関し、未解決事案が10件以上ある国について、公的訪問や文化交流などの停止、貿易制限などを検討するよう大統領に求める内容。法案成立には、上下両院の可決と大統領の署名が必要だ。
 国家間の不法な子供の連れ去りを防止することを目的としたハーグ条約に未加盟の日本は、最多の156件が未解決状態。日本政府は、条約加盟に向けて善処を求める米国側の度重なる要求を受け、今月、ハーグ条約加盟承認案と国内手続きを定める条約実施法案を閣議決定した。
 問題の背景には、子供の親権に関する日米両国の国内法の違いがある。離婚した場合、米国州法では合意があれば双方に親権が認められるケースが多いとされる一方、日本では民法の規定で離婚後は片方の親にのみ親権が与えられる。
 また、日本人女性が子供を連れ帰るのは、米国人男性の家庭内暴力(DV)から逃れるケースもあるとされるが、実態は不明だ。
 日本に対するハーグ条約加盟要求は、クリントン国務長官が旗振り役。昨年12月下旬、玄葉光一郎外相との日米外相会談でも取り上げるなど、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)移設、米国産牛肉輸入問題と並ぶ対日要求の3大柱だ。
 米政府や議会内には、北朝鮮による日本人拉致問題と絡め、「ハーグ条約に加盟しなければ拉致問題を支持しにくい」(議会筋)との声もある。
 今後、日本政府の取り組み方次第では、法案成立による米政府による制裁検討という事態も想定され、日米関係に亀裂が生じる可能性がある。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120328-00000595-san-int

この手の離婚後の親権に関る問題については、日本ではほとんど知られていません。
ハーグ条約の絡みで報道され多少は認識されるようになりましたが、未だに誤った認識の方が多く、ネットで自信たっぷりにデタラメを振りまいている人も数多くいます。

この佐々木類記者の記事は産経新聞にしては出来の良いものです。日米関係の懸念でまとめてしまうあたりは産経らしいといえますが、ハーグ条約関連については他紙も似たり寄ったりです。

問題の基本認識

この問題を理解するためには、親権についての日本と海外の認識の違いを知る必要があります。

項目 日本 海外 考察
離婚後の親権 単独親権 共同親権 これが根本的な問題
離婚後の監護権 ほとんど単独監護権 共同監護が原則 日本の場合はほとんど親権=監護権
離婚後の親権者 ほとんど母親 父母双方 -
離婚後の日常監護者 親権者 母親が多い -
離婚後の面会交流 ほぼ皆無 週に1回以上 日本では認められても月1回程度

文化の差と言えばそうとも言えますが、それってつまり離婚した途端に別居する方の親は子供に対する愛情を失うのが当たり前という冷たい文化ということです。
もちろん、実際にはそれが文化として許容されているわけではなく、子供を残して離縁された母親が影から子供を見守っている姿が美談的に語られたり、生き別れの親子が何年も経て感動の再会、として扱われる程度の認識はあるわけです。一方で、親子の生き別れが生じる原理的な問題については、ほとんどスポットが当てられることがありません。

原理的な問題となるとイエ制度の問題となってきて複雑になりますが、簡単に言えば、日本の法体系では子供は戸籍筆頭者の所有物に等しい扱いになっている、に尽きます。

つまり、子供はモノ、しかも分割できないモノであるために、両親が離婚した後は、どちらか一方の親のみの所有物とされ、他方の親は子供との関りを法的には一切保証されない状態にされてしまいます。面会交流の権利などがあるにはありますが、親権親が拒絶すれば簡単に失われる極めて脆弱なものに過ぎません。
離婚後に親子の関りがなくなるのは、非親権親が子供への興味を無くすから、的な認識も根強くありますが、非親権親がどれほど子供のことを思っていても、親権親がその気になれば何ヶ月・何年もの間、面会を認めない、ということが簡単にできます。それどころか親権親が子供に非親権親の悪口を吹き込み、子供に非親権親を嫌わせることをしても日本の法制度は何もできません。
子どものことを思っている非親権親ほど離婚後も子どもとの面会を望みますが、親権親が面会を餌に養育費の吊り上げや根拠のない金銭要求をしてもそれを飲まざるを得ない状況に陥ります。非親権親は根拠のない金銭要求を断ることが法的にはできますが、親権親の機嫌を損ねた場合、子供に自分の悪口を吹き込まれる恐れがあるため従わざるを得ないのです。
こうした奴隷状態に耐え切れなくなった非親権親は、不本意ながら子供との面会を諦め連絡を絶たざるをえなくなるわけです。

単純に言えば、親権親は子供を人質に非親権親を隷属されることができるというのが日本の家族法制度と言えます。
もちろん、非親権親は法的に隷属を強制されるわけではありません。隷属が嫌なら、愛する我が子を忘れてしまえばいいわけです。子育てにもかかわらず、子供に何の愛着も持っていない親であれば、簡単に子供を捨てて連絡を絶つでしょうが、そんな親ばかりではありません。しかし、離婚後に親権を失ってもなお我が子に愛情を持っている親を守るための法は日本には存在しません。
つまり、日本の家族法*2は、構造的に離婚後の親子引き離しを容認しているわけです。

これが海外では全く異なります*3
基本的に海外では、離婚は親同士の都合であって、子供と親の関係は離婚後も保たれるのが原則となっています。ハリウッド映画では、離婚後の両親双方に子供が会っている場面が頻繁に出てきますが、そういった文化的な背景があるからです。日本のドラマなら、幼い頃に生き別れた親と何十年ぶりかに対面するというのが定番でしょう*4
海外の場合、離婚した親同士が激しく憎しみ会っていても、面会は実施されますし、監護親が勝手に子供を連れて引っ越すことも許されません*5
海外での親子の面会は例えDVを行なう親や犯罪を犯した親であっても原則として保証されますが、子供や監護親に危険が及ぶ可能性がある場合は、面会の場所が施設内に限定されたり、第三者の立会いがあったりします。
ちなみにアメリカでも離婚後に主たる監護者となるのは母親の場合が多いそうです*6

日本と海外の文化?の違い

海外では離婚後も親子が交流することが子どものために望ましい、という原則で制度が設計されています。
これが日本の場合、離婚後は子供の所有者を誰にするか決めることが最重要で、子どものためかどうかはその次という扱いです。このため、父も母も子供との関係が良好で子供も双方になついているが、父と母は互いに嫌っている場合、離婚によって子供はどちらか一方の親を失うことになります。子どものためには双方との関りを保つことが重要であるにも関らず、日本の家族法はどちらかとの関係を絶たせることを、子どものためかどうかより優先するわけです。

子の福祉を最優先にする海外と、子の福祉を優先しない日本。

これが文化の違いの正体です。

*1:最近、同居親が米国で逮捕され司法取引で子供の帰国が実現しましたが、もし同居親が日本から出なければ、日本の裁判所は帰国させなかったでしょう。

*2:日本では、民法の一部が家族法的な条項になっており、単独の家族法はありません。

*3:もちろん、各国でもそれなりの歴史はありますが

*4:これはこれでメディアの責任とも言えます。離婚が増加しているにも関らず、離婚後の親子交流のロールモデルになるようなドラマを作れていないわけですから問題意識が希薄と言っていいでしょう。

*5:日本では簡単にできます。例えば、北海道在住で離婚時に週1回の面会の約束を裁判所で交わしたとしても、離婚成立直後に子連れで沖縄に引っ越して面会の約束を事実上反故にしても日本の裁判所は何もしません。非親権親が訴え出ても、憲法で転居の自由が認められている、との理由でまともに対応せず、むしろ面会を年1回に減らしたらどうか、という提案すらします。

*6:共同親権で共同監護ですが、日常的な監護はどちらか一方が多くなるのは当然です。ただし、面会交流の頻度は週に1回以上と非常に充実していますし、転居や進学といった場合には片方の親の一存では決められず、親同士が話し合うことになります。日本の現状では考えられません。