日本政府の日ソ共同宣言解釈を適用すれば当然の見解だと思うんですけどね。

この件。

韓国大統領「徴用工、個人には請求権」就任100日会見

毎日新聞2017年8月17日 13時10分(最終更新 8月17日 16時00分)
 【ソウル大貫智子】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は17日午前、就任100日を迎えた記者会見を開いた。日本の植民地時代の徴用工問題について文氏は「徴用者問題も、(日韓)両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない」と述べ、元徴用工の個人請求権は消滅していないとの立場を初めて示した。韓国政府はこれまで徴用工問題は1965年の日韓国交正常化時に解決済みとの立場を取り、個人請求権問題への言及を避けてきた。国家間で外交的に解決した後も問題は残るとして、日本政府に善処を促す狙いがありそうだ。
 文氏は会見で、慰安婦問題は国交正常化に向けた日韓会談で議論されなかったため未解決との従来の韓国政府の認識を追認。徴用工問題についても2012年、韓国最高裁が個人請求権は消滅していないとの判決を出したことに触れ「両国間の合意にもかかわらず、強制徴用者個々人が三菱(重工業)など(徴用された)企業を訴える権利はそのまま残っているというのが判例だ」と述べた。
(略)

https://mainichi.jp/articles/20170817/k00/00e/030/206000c

ここで言ってる「日韓国交正常化時に解決済み」というのは、以下の日韓請求権協定第2条(1965年)に基づく考え方です。

[文書名] 日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)

第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

確かに、国民の請求権の問題もこの協定で解決されたはずだ、という読み方はできなくもありません。

ところが日韓請求権協定締結の9年前、1956年の日ソ共同宣言第6項にも以下のような文言があります。

[文書名] 日ソ共同宣言(日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)

ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国,その団体及び国民のそれぞれ他方の国,その団体及び国民に対するすべての請求権を,相互に,放棄する。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19561019.D1J.html

こちらも国民の請求権も含めて放棄されたと読めますね。しかし、この解釈について1997年の日本政府(小渕政権)は以下のように答弁しています。

衆議院議員相沢英之君提出シベリア抑留者に関する質問に対する答弁書

二について
 日ソ共同宣言の第六項の規定による請求権の放棄については、国家自身の請求権を除けば、いわゆる外交保護権の放棄であって、日本国民が個人として有する請求権を放棄したものではない。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/b141009.htm

国民が個人として有する請求権は放棄されていないという解釈を日本政府として示しています。
これは「強制徴用者個々人が三菱(重工業)など(徴用された)企業を訴える権利はそのまま残っている」という文大統領の発言と同じ解釈と言えます。


さらに日ソ共同宣言の5年前、1951年のサンフランシスコ平和条約にも以下のような条文があります。

[文書名] サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)

 第十九条
 (a) 日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19510908.T1J.html

日ソ共同宣言第6項に対する日本政府解釈を適用すれば、個人請求権はあるということになるでしょうが、現実問題としてアメリカ政府を訴えることは制度上できなくなっているようです*1
また、2009年の東京大空襲訴訟の東京地裁判決では、そもそも個人請求権も消滅したかのような見解が示されてもいます*2

A国とB国の紛争の際にB国によって生じたA国国民の損害は誰に賠償責任があるか?

単純に言うとこういう話です。
A国政府とB国政府が互いに請求権放棄で合意した場合、A国国民の損害賠償は誰に請求するべきか?

第一の問題としては、請求権というのは権利なわけですからA国政府とB国政府が合意したら自動的にA国国民の権利を消滅させることが出来るのか、という問題があります。もちろん、自動的には消滅しませんよね(東京地裁判決は受忍論で逃げていますが)。
すると第二の問題として、A国政府とB国政府のどちらに請求するべきかという問題が生じます。ここで、個人の請求権も含めて放棄したのか否かが問題になります。個人請求権も含めて放棄したと解釈した場合、当然に自国民の請求権を放棄する決定を下したA国政府がその責任を負うべきとなります。逆に個人請求権は放棄していないと解釈する場合は、請求先はB国政府です。

日ソ共同宣言の日本政府解釈と日韓請求権協定の韓国・文政権の解釈は共に後者ということがわかりますね。
逆に前者の事例としては、アメリカの戦争請求権法(1948年)などが挙げられます*3

日本政府は個人請求権を放棄した代わりとしての戦争被害者全般に対する支援は行っていませんので、その理屈からすればむしろ今回の韓国・文政権の見解には親近感を抱くべきだと思うんですけどね。


現実問題としてグアム周辺海域を狙った北朝鮮の弾道ミサイルを米軍が迎撃できるかどうかでその後の戦略を大きく変わるよね

仮に米軍が迎撃行動を取ったとして、それで北朝鮮のミサイルを撃ち漏らすようなことがあれば米軍の弾道ミサイル防衛の態勢の欠陥を全世界に示すことになるわけで、北朝鮮にとっては弾道ミサイル開発の方針が正しかったと証明されたことになりますね。
逆に全てを確実に撃ち落とした場合は、北朝鮮を交渉のテーブルに着かせることが出来るかも知れません。

その意味で、北朝鮮の弾道ミサイル技術や米軍の迎撃技術がどの程度であるにせよ、米軍が迎撃行動を取るというのはギャンブル的要素が強いと言えます。

トランプ政権がギャンブルを回避するなら、北朝鮮が弾道ミサイルをグアム周辺海域に撃ち込んでも敢えて迎撃行動は取らず、外交的非難や軍事演習といった形の牽制・圧力で対応するという手もあります。手の内を見せないという点では悪い手ではありませんが、米国準州に対する直接的な挑発行為を見逃す形にもなりますからその意味では厳しいですね。

さてどう出ますかね。


日本が核兵器禁止条約に参加しなかった理由に関する一考察

まあ、安倍政権の言い訳や信者・支持者による解説が多数出ているようですが、具体的に条約のどの条文が日本にとって認められないのかについて指摘しているのをあまり見かけませんでしたので。
日本は現在、核保有国ではありませんから、核兵器禁止条約に参加しても日本が直接的に困ることは無いように思えます。

 第1条(禁止)
 一、締約国はいかなる状況においても以下を実施しない。
 (a)核兵器あるいはその他の核爆発装置の開発、実験、製造、生産、あるいは獲得、保有、貯蔵。
 (b)直接、間接を問わず核兵器およびその他の核爆発装置の移譲、あるいはそうした兵器の管理の移譲。
 (c)直接、間接を問わず、核兵器あるいはその他の核爆発装置、もしくはそれらの管理の移譲受け入れ。
 (d)核兵器もしくはその他の核爆発装置の使用、あるいは使用するとの威嚇。
 (e)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かを支援、奨励、勧誘すること。
 (f)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かに支援を要請し、受け入れること。
 (g)領内あるいは管轄・支配が及ぶ場所において、核兵器やその他の核爆発装置の配備、導入、展開の容認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

よく言われる「核の傘」ですが、条文上は第1条(f)に相当すると思われます。核兵器による威嚇という禁止行為(第1条(d))を米国に要請し、それを受け入れるわけですから。
もうひとつ日本が条約に参加した場合、抵触しそうな条文が第1条(g)です。つまり、米軍が核兵器を日本国内に展開することを禁止している条文です。あるいは第1条(b)の抵触もありえます。
第4条でその辺が明確にされています。

 ▽第4条(核兵器の全廃に向けて)
 四、第1条(b)(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置がある締約国は、それら兵器についてできるだけ速やかに、ただ締約国の最初の会議で決めた締め切りより遅れることなく、迅速な撤去を確実にする。そうした兵器と爆発装置の撤去に関し、締約国は国連事務総長に第4条の義務を遂行したとの申告を提出

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

つまり、在日米軍基地等に核兵器を搭載した軍用機や艦船がある場合は、速やかに撤去させる義務が生じるわけですね。

非核三原則 すら守る気のない日本政府

一応、日本には非核三原則なるものが存在します。
核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」*1という内容ですが、日本政府にははなっからこれを守るつもりなんかありません。
米軍による核兵器の持ち込みを知らない振りして黙認し、「もちこませず」を有名無実化してきたのが、他ならぬ日本政府です。
したがって非核三原則の法制化もするつもりはありません*2

非核三原則を自ら破り、核兵器の持ち込みを黙認している日本政府が、核兵器禁止条約に参加できるわけがありませんよね。

表向きの不参加理由

さすがに、わが国は非核三原則を守るつもりが無いので核兵器禁止条約にも参加するつもりがないという“大国の本音”を公言するわけにもいきませんから、表向きの言い訳は行っています。

岸田外務大臣会見記録(平成29年3月28日(火曜日)8時35分 於:官邸エントランスホール)

冒頭発言
核兵器禁止条約交渉会議について
【岸田外務大臣】1月の外交演説で述べたとおり,私(大臣)は核兵器禁止条約交渉については,日本として主張すべきは主張していくことが重要であると述べてきたところです。今回ニューヨーク時間,27日に国連で行われました核兵器禁止条約交渉会議のハイレベルセグメントに,我が国からは高見澤軍縮代表部大使,及び相川軍縮不拡散・科学部長が出席し,その主張を述べたところであります。
 この主張の中身につきましては従来から申し上げておりますように,我が国の基本的な立場,核兵器の非人道性に対する正確な認識と,厳しい安全保障に対する冷静な認識,この二つの認識の下に,核兵器国,非核兵器国の協力を得,現実的・実践的な取組を積み重ねています。こうした基本的な立場に基づいて核兵器軍縮・不拡散における5つの原則,すなわち核兵器の透明性の確保,さらには核軍縮交渉のマルチ化,さらには北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組,さらには核の非人道性,そして被爆地の訪問,こうした5つの原則を述べたものであります。
 今回,会議が始まりましたが,昨日開始された会議には,現実に核兵器国の出席は1国もありませんでした。また我が国として,我が国の今申し上げたような主張,こういったものを満たすものではない,こういったことが明らかとなりました。こういったことからこうした会議のありようは,「核兵器のない世界」に対して現実に資さないのみならず,核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で,逆効果にもなりかねない,こういった考えにも至った次第であります。
 したがって日本政府としましては,諸般の事情,総合的に十分に検討した上,昨日のハイレベルセグメントに出席をし,日本の考えを述べた上で,今後この交渉へは参加しないということにいたしました。我が国としましては,引き続き核兵器国と非核兵器国,双方が参加する枠組み,NPTですとか,CTBTですとか,あるいはFMCT,あるいはG7,こうした核兵器国と非核兵器国の協力を得ながら進めていく議論に,しっかりと貢献することによって,「核兵器のない世界」実現のために努力を続けていきたい,このように考えます。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000475.html

自ら作った非核三原則すら守らない国の外相の発言ということを踏まえると美辞麗句を並べただけにしか見えませんけど、要素としては2つの認識と5つの原則というのが日本の基本的な立場であって、核兵器禁止条約はそれに見合っていないという理屈になっています。

2つの認識
核兵器の非人道性に対する正確な認識
・厳しい安全保障に対する冷静な認識

5つの原則
核兵器の透明性の確保
・核軍縮交渉のマルチ化
北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組
・核の非人道性
被爆地の訪問

では、条約は本当に上記2つの認識と5つの原則と見合っていないのでしょうか。

核兵器の非人道性に対する正確な認識」と「核の非人道性」は前文で以下のように示されていますね。

前文
(略)
 核兵器破局的な結果には十分に対処できない上、国境を越え、人類の生存や環境、社会経済の開発、地球規模の経済、食料安全保障および現在と将来世代の健康に対する深刻な関連性を示し、ならびに電離放射能の結果を含めた母体や少女に対する不釣り合いな影響を認識。
(略)
 核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意
(略)
 いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反していることを考慮。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

核兵器の透明性の確保」については、前文と第2条で担保していますね。

 核兵器について後戻りせず、検証可能で透明性のある廃棄を含め、核兵器の法的拘束力を持った禁止は核兵器なき世界の実現と維持に向けて重要な貢献となる点を認識し、その実現に向けて行動することを決意。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

 ▽第2条(申告)
 一、締約各国は本条約が発効してから30日以内に国連事務総長に対し以下の申告を提出。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

被爆地の訪問」はヒバクシャの言及という形で示しています。

 核兵器廃絶への呼び掛けでも明らかなように人間性の原則の推進における公共の良心の役割を強調し、国連赤十字国際委員会、その他の国際・地域の機構、非政府組織、宗教指導者、国会議員、学界ならびにヒバクシャによる目標達成への努力を認識。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

「核軍縮交渉のマルチ化」も、前文の不拡散体制の重要性の言及で対応していると言えるでしょう。

 核軍縮と不拡散体制の礎石である核拡散防止条約の完全かつ効果的な履行は国際平和と安全を促進する上で極めて重要な役割を有する点を再確認。
 核軍縮と不拡散体制の核心的要素として、包括的核実験禁止条約とその検証体制の不可欠な重要性を再確認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

では、日本政府は何が不満なのか、というと「厳しい安全保障に対する冷静な認識」が欠けているとか、「北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組」が不十分だとか言いたいのでしょうね。

日本の本音「核の傘を利用継続できるように」、表向きの理由「現実的ではない」「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」

巷間よく言われる理由は、日本政府が公言しにくい「核の傘を利用継続できるように」という本音と、「現実的ではない」「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」といった表向きの理由で構成されています。
しかし、表向きの理由は見てくれだけで、実際には説得力に乏しいといわざるを得ないんですよね。

核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」?

例えば、非核地帯条約は非保有国のみで締結して保有国に対して議定書への署名を迫るやり方をとっていますが、それで一体どんな溝が生じたのでしょうか?
また、仮に核兵器禁止条約によって核保有国と非核保有国の溝が深まると仮定しても、日本の参加可否が条約採択の可否を左右しない限り、日本の不参加には意味がありません。
核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」ことを懸念するのならば、対立の緩和・解消のための活動が必要なのであって日本が不参加を表明して、日本と非核保有国の対立を生んでいてはそれこそ逆効果でしょう。

「現実的ではない」?

条約前文にこういう言及があります。

 国際的に認知されている非核地帯は関係する国々の間における自由な取り決めを基に創設され、地球規模および地域の平和と安全を強化している点、ならびに核不拡散体制を強化し、さらに核軍縮の目標実現に向け貢献している点を再確認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

つまり、この核兵器禁止条約は非核兵器地帯条約を下敷きにしているということです。

これまでに署名された非核兵器地帯条約

(1)トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約、署名1967年、発効1968年)
(2)ラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約、署名1985年、発効1986年)
(3)バンコク条約(東南アジア非核兵器地帯条約、署名1995年、発効1997年)
(4)ペリンダバ条約(アフリカ非核兵器地帯条約、署名1996年、発効2009年)
(5)中央アジア核兵器地帯条約(署名2006年、発効2009年)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/n2zone/sakusei.html

この中には核保有国が署名・批准しているものもあれば、そうでないものもあります。内容は、核兵器の開発・製造・取得・所有・管理・配置・運搬・実験等を禁止するもので、核兵器禁止条約の内容と似ています。
こうして現実に運用されている非核兵器地帯条約もあるわけですから、「現実的ではない」と単純に言い切れるものでもありません。

核兵器禁止条約は核兵器保有国が参加しない状態でもある程度の機能を有する

単純に言えば、核保有国による条約締結国への核兵器持ち込みが出来なくなります。そして、締結国は核保有国に対して、自国内には核兵器は無いのだから核兵器による攻撃も威嚇も自国に対して行わないよう要求できるようになります。もちろん、核保有国がその要求を受け入れるかどうかは核保有国次第ですが、他の核保有国による自国内の核兵器配備を容認しない非核保有国に対して核保有国が核攻撃の脅しをかける可能性は大きいとはいえないでしょう。
現代の核戦略の基本が、自らが核攻撃を受けた場合に核兵器による報復を行う、というものである以上、核攻撃を仕掛ける能力の無い非核保有国に対して核攻撃を示唆するインセンティブは基本的には存在しません。
例えば、アメリカが輸出している自動車にかけられる関税に不満を持ったからといって、核攻撃をちらつかせるなんてことはまず考えられませんよね?
また、核保有国の中には中国のように、核兵器の先制不使用を宣言している国もあります*3
ASEANが形成している非核地帯条約(バンコク条約)には核保有国は署名していませんが、核の先制不使用を宣言している中国は非核地帯であるASEANに対して核攻撃の威嚇は宣言政策上、出来ません。
このように、核兵器禁止条約が非核保有国のみで締結されても、別個に核保有国が核の先制不使用を宣言すれば、宣言政策上、非核保有国に対する核の脅威は消滅し、核保有国同士の牽制状態のみが残ることになります。それだけでも、核廃絶に向けた動きとしては大きな成果になるわけですが、日本政府はそれに反対しているわけです。

応用的な事情

もちろん、自らが核攻撃を受けた場合に核兵器による報復を行うというのはあくまで基本であって、応用的には複雑な状況を考慮する必要があります。
例えば、核兵器以外の大量破壊兵器が使用された場合に核兵器による報復を行うか、という問題がありますし、通常戦力だけでは圧倒的に劣勢な核保有国の場合はどうか、という問題もあります。

北朝鮮の場合

では、北朝鮮の存在を考慮した場合に日本が核兵器禁止条約に参加することは現実的ではないのでしょうか?
北朝鮮が核開発を行う目的は第一には米国による攻撃を抑止するためです。経済制裁を解除させたいという目論みもあるでしょう。ただし、後者は前者を解決して平和条約が締結できれば自然に解決する問題でもありますので、まずは前者のみを考えてよく、基本的に日本は北朝鮮の眼中にないと言えます。

もちろん、北朝鮮による日本に対する核攻撃または非核攻撃を抑止しているものは、北朝鮮側の意図(日本を攻撃するメリットがない)だけではありません。まず日本を攻撃した場合は日米安保条約により米国による攻撃を招く可能性があります。それ以外にも、日本を攻撃するに至る経緯によっては国連での制裁決議や国連決議を伴わない多国籍軍による攻撃を招く可能性があります。
つまり、北朝鮮による日本に対する攻撃を抑止しているのは、国連の安保体制と国連以外の集団安保体制だと言えるわけです。したがって、日本の核兵器禁止条約参加の是非を考える問題は、日本が参加した場合にその抑止力が損なわれるのかという問題とみなすことができます。

そしてそれはつまり、北朝鮮が日本を攻撃した場合に米国あるいは国連あるいは有志連合が北朝鮮に対する核攻撃を選択するのかという問題です。
言うまでも無く、北朝鮮の通常戦力は米国の通常戦力に比べて著しく劣勢です。北朝鮮を攻撃するにあたって米国は核兵器を使用する必要は基本的にありません。可能性があるとすれば、北朝鮮ICBMを確実に無力化するには核兵器以外に手段がない場合ですが、これもまず考えにくいところですし、仮にそうである場合は、日本が核兵器禁止条約に参加しているか否かに関わり無く、米国は核兵器使用に踏み切るでしょう(自国を防衛するためですから)。

したがって日本が核兵器禁止条約に参加したとしても、原則として北朝鮮に対する日本の安全保障には何ら影響が生じないといえます。

影響が生じるとしたら北朝鮮との関係ではなく日本の核兵器禁止条約参加に米国が激怒して日米安保条約を破棄し、日本が北朝鮮からの攻撃を受けても無視し、国連安保理でも日本支援に反対票を投じるような場合くらいですが、これはさすがに考えにくいですね。

こうして考えると、日本政府が核兵器禁止条約に反対した理由のひとつである「北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組」というのも本質的にはずれていると言えそうです。

最後の理由「厳しい安全保障に対する冷静な認識」

結局、日本政府が核兵器禁止条約に反対している理由は何なのでしょうか。
2つの認識、5つの原則のうち、残ったのは「厳しい安全保障に対する冷静な認識」だけです。

北朝鮮が自国防衛のために核開発を行った、というのは「厳しい安全保障に対する冷静な認識」と言えるかもしれません。実際問題、核開発を放棄したリビアも核開発できないまま核以外の大量破壊兵器を放棄したイラクも米国によって崩壊させられました。北朝鮮が自国の体制を維持したまま国家として生き残るためには米国の攻撃を抑止できるだけの核戦力を持つ以外に手段が無い、というのは北朝鮮にとってまさに「厳しい安全保障に対する冷静な認識」だったと言えるでしょう。

日本政府が考えている「厳しい安全保障に対する冷静な認識」というのも北朝鮮と同じかも知れませんね。



*1:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/gensoku/index.html

*2:http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/123851 非核三原則の法制化不要と安倍首相 (2017年8月6日 10:52)「安倍首相は記者会見し、非核三原則の法制化について否定的な考えを示した。(共同通信)」

*3:オバマ政権も核の先制不使用宣言を検討したことがありますが、結局断念しており、日本の安倍政権などが反対したからとも言われています。

大山事件(虹橋飛行場事件・大山勇夫海軍中尉遭難事件)から80年

今から80年前の1937年8月9日の夕方、上海の虹橋飛行場前の道路で日本海軍陸戦隊の大山勇夫海軍中尉が中国軍・保安隊の銃撃によって射殺されました。大山事件、大山勇夫海軍中尉(あるいは死後進級した階級である大尉)遭難事件として知られています。中国側では虹橋飛行場事件と呼ばれることが多いようです。

大山事件に関しては何回か記事を書いています。
大山事件と第二次上海事変の背景・1
大山事件と第二次上海事変の背景・2
大山事件(虹橋飛行場事件)の背景としての上海停戦協定第2条における“非武装地帯”に関する件

事件に関する日本側の主張の中には、中国側が待ち伏せしていたとか計画的な襲撃であったかのような主張がありますが、虹橋飛行場前という事件の発生した場所がまず中国側の計画性を否定しています。

・虹橋飛行場は中国の軍専用飛行場
・虹橋飛行場周辺に日本関連施設はない
・1934年に虹橋飛行場を偵察しようとした日本海軍将校も自動車での接近は検問で制止されていた
・1937年8月9日当時、既に華北で日中両軍の戦闘が勃発し上海市内も厳戒態勢にあった

上記の事情から、事件現場である虹橋飛行場前は、日本軍将校が何の気なしに自動車で接近できるような状態ではなかったことは明白です。当然、普通なら日本軍将校を乗せた自動車が来るはずのない場所で、中国軍待ち伏せをするなんてことはありえません。
私個人の考察としては、日本海軍が予測される上海方面での作戦行動に際し、上海方面の中国軍航空部隊の展開状況を偵察するために大山中尉を派遣し、偵察中の日本軍将校と警備中の中国兵が衝突した、というのが大山事件の実態であろうという認識です。

実は笠原教授も大山事件を日本海軍の謀略と捉えた論考を「海軍の日中戦争: アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ」で示しています*1
笠原教授は大山事件を戦死前提での自殺攻撃だとみなしており、それを示唆する資料を数多く論拠として挙げています。納得できる部分もありますが、個人的にはやはり戦死は覚悟の上だが前提ではなく、あくまでも極めてリスクの高い偵察行為だったのではないかと考えています*2

笠原教授の「海軍の日中戦争: アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ」には、大山事件当時、淞滬警備司令部の参謀だった劉勁持の回想が載っています。

(P60-61)
 八月九日、日本軍将校大山勇夫が自動車に乗って、虹橋飛行場に向かって走行してきた。我が側の歩哨に阻止されたので、大山勇夫の車は大きく曲がり、飛行場正門に向かって直進した。我が方の守衛部隊は敵が襲撃してきたと認識して、発砲し、射殺した。このとき、夕暮れが近かったことがあり、形勢は相当緊張した。敵の後続部隊がまだ発見できないので、警備司令部に電話で報告した。朱侠参謀処長はただちに車で駆けつけて対応した。私はすぐに各地に情報を通報し、警戒するように注意した。このとき、鐘桓科長が日本領事館に電話して、「今日午後、あなたがたのところで、軍人が自動車に乗って外出、(租界外の)中国地域に進入したものはいないか」と尋ねたが、「いない」という返答であったので、我が方は再度詳しく調査するように依頼した。
 約三〇分後、領事館から電話があってまだはっきりわからないということだった。我が方から大山勇夫という人物がいるかどうか尋ねると、日本側は慌ててすぐに車で警備司令部に来て、事態を了解した。そして、「大山勇夫は酒が好きなので、酒に酔ってかってに外出した可能性がある」と言った。鐘桓科長は日本側が彼を中国地域に来させたのは、日本側の違反行為であるという立場を堅持して、大山勇夫が大きな誤りを犯したのだと告知した。

事件現場の地理的状況については笠原教授が作成した見取り図が載っています。虹橋飛行場正門までは中国側の警戒線がいくつもあり、大山中尉が意図的に突破しない限り容易にたどり着ける場所ではないことがわかります。

(P63)
f:id:scopedog:20170809233636p:plain

ちなみに上海にある関連施設との地理的関係は以下の通りです。

大山事件関係の位置関係
f:id:scopedog:20120822000658j:plain
A:大山海軍中尉が1937年8月9日に遭難する直前に待機していた上海海軍陸戦隊西部派遣隊本部
B:大山海軍中尉が遭難した虹橋空港
C:日本資本の西部紡績工場
D:上海海軍陸戦隊本部



*1:http://scopedog.hatenablog.com/entry/20151105/1446658275 でそのうち言及したいと言った宿題部分。

*2:日本海軍が、渡洋爆撃を想定していて準備していたことを考慮すると、上海近郊の中国軍の航空部隊の状況は知りたい情報だったはずです

日本はサンフランシスコ平和条約で東京裁判を受諾したのと同様に南京軍事法廷判決も受託しているはずだよね

サンフランシスコ平和条約第11条は以下のような内容になっています。

  第十一条
 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19510908.T1J.html

英文だとこう。

Article 11
Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan, and will carry out the sentences imposed thereby upon Japanese nationals imprisoned in Japan. The power to grant clemency, to reduce sentences and to parole with respect to such prisoners may not be exercised except on the decision of the Government or Governments which imposed the sentence in each instance, and on the recommendation of Japan. In the case of persons sentenced by the International Military Tribunal for the Far East, such power may not be exercised except on the decision of a majority of the Governments represented on the Tribunal, and on the recommendation of Japan.

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19510908.T1E.html

日本政府は国会答弁で東京裁判の結果を受諾していることを何度も明言していますけど、サンフランシスコ平和条約で言及されているのは何も東京裁判だけではなくて、「他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(other Allied War Crimes Courts)」もあるんですよね。

普通に考えれば、連合国の一員であった中華民国が行った南京軍事法廷も「他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(other Allied War Crimes Courts)」の一つですから、南京大虐殺の犠牲者を30万人以上とした南京軍事法廷判決も日本政府は受諾したことになるはずなんですよね。

まあ、サンフランシスコ平和条約には中華民国中華人民共和国も署名していないという言い訳はありそうですが、その中華民国との間で結んだ平和条約にも以下の条項があります。

第十一条
 この条約及びこれを補足する文書に別段の定がある場合を除く外、日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた問題は、サン・フランシスコ条約の相当規定に従つて解決するものとする。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19520428.T1J.html

戦犯裁判とは明記してませんけど「日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた問題」ではあるでしょうから「サン・フランシスコ条約の相当規定」に従うとすると、当然に戦犯裁判を受諾したはずなんですよね。
まあ、条文を確認するまでもなく、日本政府が南京軍事法廷判決を認めていないのなら日本国民が不当に処断されたことになるわけで、日本政府は抗議しなければならず、それをやってないということは、日本政府が南京軍事法廷判決を受諾しているか、それとも日本政府は自国民の人権が他国政府によって不当に侵害されても全く気にしない前近代国家であるか、いずれかということになります。

まあ、日本人人質を平気で見捨てて、1年もしたらその存在も忘れてしまうような今の安倍政権日本を見ていると、後者である可能性も捨てきれないわけですが。


南京事件に関する記載が一切出てこないという驚愕のオチ

日中戦争80年目のスクープ写真入手 南京事件前夜の真実とは(8/7(月) 7:00配信 NEWS ポストセブン)」の件。

記事の冒頭はこう始まっています。

日中戦争80年目のスクープ写真入手 南京事件前夜の真実とは

8/7(月) 7:00配信 NEWS ポストセブン
 日中戦争勃発から80年。長期に及んだ戦いのうち、1937年12月に起きた「南京事件」をめぐっては中国が「犠牲者は30万人」と根拠なく主張し、“歴史戦”が続いている。中国の一方的な主張に反論するためにも、あるいは旧日本軍の行動を正しく知るためにも、当時、中国で何が起きたのかを史料に基づき検証する必要がある。
 報道カメラマンの横田徹氏は、「南京事件」前夜の上海戦(同年8月~)の際に当地で日本軍によって写された貴重なフィルムを入手した。1年にわたる取材で、これらの写真は非常に史料的価値が高いことが判明した。ここでその一部を紹介する。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170807-00000006-pseven-cn

「中国が「犠牲者は30万人」と根拠なく主張」とか言ってますが、現在の中華人民共和国が犠牲者数30万人と主張している根拠は戦後の中華民国によって行われたBC級戦犯裁判である南京軍事法廷の判決です。ポストセブンは最初っから印象操作していますね。

で、つづく内容は上海戦以降の写真に関する話で史料的価値はあると思いますが、「日中戦争80年目のスクープ写真」と言えるかどうかは微妙で、通説を覆すような内容は特に出てきません。
肝心の南京事件に関連する部分はここ。

一部ネガが抜き取られていたホルダーに「南京」「中山門」と書かれているのを発見。時期を考えると、撮影者は陥落後の南京の写真を撮ったが、その後、何らかの理由でネガを抜き取ったらしいことが窺える。かつてこのアルバムに収められた「南京」の写真には、現在もベールに包まれる日中戦争の“真実”が写されていたはずだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170807-00000006-pseven-cn

「撮影者は陥落後の南京の写真を撮ったが、その後、何らかの理由でネガを抜き取ったらしい」とありますが、普通に考えれば見せられない写真だったから抜き取ったということになるでしょうね。
南京事件否定論は戦後直後から右翼勢力によって脈々と受け継がれ、戦友会などを通じた圧力もあり、自由に発表できる状況ではありませんでしたから*1南京事件の証拠となりそうな日記や写真の類の多くは破棄・隠蔽されたと見られます。
そういったことを勘案すれば、ネガが抜き取られていたこと自体に意味があるとも言えます。

まあ、少なくとも、「中国の一方的な主張に反論する」のに好都合な資料ではなかったんじゃないでしょうかね。



*1:匿名で発言しても、発言者の特定と追及は厳しく行われ、圧力がかけられたようです。

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雑感

個人的な雑感。

自民政権に批判的だけど民進党は分裂すべき、右派的な連中を追い出すべき、と言った主張に関して。

右派議員を抱えているが故の不平不満は私も持ってますが、それでも蓮舫・野田体制でも野党協力・安倍改憲反対の姿勢は維持していたわけで、そこは評価しています。前原氏が代表になっても、おそらく共産党との共闘路線は放棄できないと思ってますので現状はさほど心配はしていません。ただ、やはり右派議員が党内にいるのは許せん、追い出せ、的な主張はよく見聞します。
ただ、そんなことをするメリットがよくわかりません。確かに、スッキリはしますけどね。
でもスッキリするというだけの理由で、民進党から自民党の補完勢力議席数を渡すとか、票田を渡すとかいうのはさすがに取引として失敗としか思えません。

民進党内で徹底的に議論して対抗軸を構築するという話

まあ、大事なこととは思いますが、それ自体は求心力を担保しないと思います。議員に対して求心力を持つ政党というのは、要するにこの政党に属していれば当選できるという期待の持てる政党です。それが無ければ、徹底的に議論した結果に不満な議員は何かあればすぐ離反します。
選挙支援や支持団体との関係強化などを党中央で主導できることが、議論して対抗軸を作るよりも大事だと思います。

小選挙区

私自身はどんな選挙制度も一長一短ありますので小選挙区制が必ずしも駄目とは思わないのですが、少なくとも小選挙区制を変えたいのならば、小選挙区制で勝たなければならず、そのためには小選挙区制で戦える体制を作る必要があります。
要するに、野党が協力する以外に小選挙区制を変える手段はありません。
だから、“アイツは右派だから”と追い出すのではなく、取り込むための努力が必要です。

思想体と運動体

思想的な純粋さを追及すればするほど、わずかな違いでも袂を分かつことになり、運動体としては弱体化する。運動体として強化させるには思想的な不純物を受容できるだけの懐が必要。運動家には、運動として成功した後に不純物を受容した責任を負って退場する覚悟が必要。