教育委員会が「民意を直接反映しない」から駄目だという人は、自衛隊や警察についても同じことを言うべき

正直言って昨今のこの手の話は、教育への政治介入を狙う人たちが大津のいじめ事件を利用して教育委員会バッシングを煽っているだけだと見ています。
大津市の越直美市長が言っている「教育委員会制度は不要」という発言は暴言というか、的外れというか、とにかくひどいものです。

大津市長「裏切られた…教育委員会制度は不要」
越市長はこれまでの市教委の対応のまずさを改めて認めた上で、その遠因に教育委員会制度の矛盾があると指摘。「市民に選ばれたわけではない教育委員が教育行政を担い、市長でさえ教職員人事などにかかわれない。民意を直接反映しない無責任な制度はいらない」と述べ、国に制度改革を求める意向を示した。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の第4条で、教育委員は「地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」と定められていますので、市長と議会を経た間接的な民意は反映されています。その意味では「市民に選ばれたわけではない教育委員」という表現にはかなり疑問があります。

個人的には、今回の事件における教育委員会の対応上の問題は、評価制度というシステム上の不備に原因があると思っています。特に安倍政権で行なわれた教育改革が招いた失敗であり、安倍改革に大きな原因があるといえます*1。今回はそれは主題でないので省きます。

「民意を直接反映しない無責任な制度はいらない」という点ですが、同じような制度があります。

一つは自衛隊
自衛隊の幕僚長、師団長などは、強力な軍事力を持ち、その気になれば外国と勝手に戦争を始めることもできる*2重要な地位でありながら、直接的にはもちろん間接的にすら民意を反映していません。田母神氏のような危険思想の持ち主が航空幕僚長の要職に就いていたことを考えると空恐ろしい話ですが、軍事組織が民意を反映しないのにはそれなりに理由があるわけです。
とは言え、民意や外部のチェックを受け付けないことによる弊害も存在しています。例えば、自衛隊内のセクハラやいじめですが、警察の介入すら容易ではないという自衛隊の閉鎖性によってほとんどは闇に葬られていると言っていいでしょう。しかしながら、このような問題を理由に、自衛隊の要職人事に民意を反映させるようになどと言った的外れな指摘は見かけません*3

さて、もう一つの「民意を直接反映しない無責任な制度」は、教育委員会に近い構造を持つ公安委員会です。基本的に教育委員会と同じく、5人の公安委員が議会の同意を経て知事から任命されます。

警察法
(委員の任命)
第39条 委員は、当該都道府県の議会の議員の被選挙権を有する者で、任命前5年間に警察又は検察の職務を行う職業的公務員の前歴のないもののうちから、都道府県知事が都道府県の議会の同意を得て、任命する。但し、道、府及び指定県にあつては、その委員のうち2人は、当該道、府又は県が包括する指定市の議会の議員の被選挙権を有する者で、任命前5年間に警察又は検察の職務を行う職業的公務員の前歴のないもののうちから、当該指定市の市長がその市の議会の同意を得て推せんしたものについて、当該道、府又は県の知事が任命する。次の各号のいずれかに該当する者は、委員となることができない。
1.破産者で復権を得ない者
2.禁錮以上の刑に処せられた者
 委員の任命については、そのうち2人以上(都、道、府及び指定県にあつては3人以上)が同一の政党に所属することとなつてはならない。

http://www.houko.com/00/01/S29/162.HTM

地方教育行政の組織及び運営に関する法律
(任命)
第四条  委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化(以下単に「教育」という。)に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。
2  次の各号のいずれかに該当する者は、委員となることができない。
一  破産者で復権を得ない者
二  禁錮以上の刑に処せられた者
3  委員の任命については、そのうち委員の定数の二分の一以上の者が同一の政党に所属することとなつてはならない。
4  地方公共団体の長は、第一項の規定による委員の任命に当たつては、委員の年齢、性別、職業等に著しい偏りが生じないように配慮するとともに、委員のうちに保護者(親権を行う者及び未成年後見人をいう。第四十七条の五第二項において同じ。)である者が含まれるようにしなければならない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S31/S31HO162.html

上記の通り、根拠法の関係条文も似通っています。そして、2004年の北海道警察裏金問題では公安委員会がちゃんと警察を管理できているのか疑問視されましたが、では公安委員会を無くせと話になったかというそんなことはありませんでした*4。今回の大津いじめ事件についても、遺族が出そうとした被害届けを受理しなかったなど問題のある行動を滋賀県警がとっていましたが、公安委員会を無くせと話は出ていません。
「民意を直接反映しない無責任な制度」であるという点において、公安委員会は教育委員会と同じであるにも関らず。

まとめ

今回の一連の事件対応について教育委員会にも問題があったことは確かでしょう。しかしながら、それは「民意を直接反映しない」から駄目だと言う話とは関係あるとはいえません。
教育委員会不要論とは全く逆に、教育委員会側にいじめに充分な対応ができるだけのリソースがそもそも与えられていなかった可能性だってあるわけです。
安倍政権による学校評価制度によって、余計なリソースが割かれ、外側の評価を気にする余り学校内の問題に対処する余裕が無くなったという指摘もあります。

個人的には、安倍政権が行なった一連の教育改革を全て廃止するべきだと思います。

で、なぜ教育委員会だけが叩かれるのか、というとここ数年間ずっと”学校や教師はどんだけ叩いても構わない相手”というレッテルが貼られてきたからでしょうね。教育に対する政治介入を望む勢力もあるのは確かでしょう。もう一点挙げるならば、教育委員会の管理下にある教育関連予算は地方自治体の予算の中ではかなり大きな比率を占めていること*5。これに市長や市議会などの政治家が介入できるようになると、例えば教科書などの教材の購入先の選定に政治介入できることになるでしょう。つまり利権の問題。

歴史修正主義に限定されるわけでもないでしょうが、それを例に取るなら、南京事件従軍慰安婦を否定するような歴史修正主義者の政治家が教育に介入し、来年からの当該自治体の歴史教科書は扶桑社で統一、なんてことになれば扶桑社的には生徒の数だけ確実に売れて、その売上から政治家に献金するという構図ができるんじゃないですかね。

まあ、教科書や教材の選定過程について詳しくないので、制度上ありえないなどの指摘があれば教えていただきたいところですが。

*1:http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/ksi/index-f/hyoukatop.htm などを見ると、評価制度はいいこと尽くめに見えますが、実際には、評価される職員が評価者の方を気にして、不都合なことを隠蔽してしまう傾向を強めます。教職員と言えども個人の生活を持つ公務員である以上、評価を気にするのは当たり前で、評価者を気にして問題解決に取り組む意欲を削ぐシステムに問題があります。

*2:形式上は、相手から攻撃を受けたという理由付けができる立場。

*3:確か、ソ連軍が初期のころに指揮官を選挙で選ぶような制度を持っていたように記憶していますが、上手く機能せずすぐに廃止されたはずです。

*4:http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/housyouhi/document/0412/20041223_a.htmlhttp://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/housyouhi/document/0404/20040408_b.html

*5:ほとんどは教職員の人件費で、教職員の数は公務員の中では多い方なので比率的に大きくなるのは当然ではあります。