南京人口20万人説を広めた”戦史研究家”の罪

橘玲氏がこんなことを書いています。

日本では南京大虐殺について詳細な検証が行なわれており、旧日本軍による蛮行を認める戦史研究家でも、陥落時の南京城内の人口が20万人程度だったことなどから、死者30万人の“大虐殺”を史実とはみなしません。しかしそうした研究はほとんど英語に訳されることはなく、一部の現代史の専門家を除けば欧米ではまったく知られていないのです。

http://www.tachibana-akira.com/2012/10/4879

南京事件についてまともに調べたことのある人なら、南京事件当時の南京人口20万人説がデマであることは当然知っているでしょう。
そもそも中国が30万人の犠牲者が出たとしている範囲は南京城区だけでなく周辺4県半を含んでおり、その人口は優に160万人に達します。南京人口が20万人だったという説は、当時南京難民区を管理した外国人が難民区の人数を概算した人数に過ぎず、事件範囲の人口とは全く異なります。

南京事件当時の南京人口に関する若干の言及(Kuriles氏への回答) - 誰かの妄想・はてな版
値切り派の犠牲者数30万人否定の根拠 - 誰かの妄想・はてな版

しかし特に南京事件について調べた事のない人であれば、この南京人口20万人説を信じてしまうのもある意味やむを得ないでしょう。

南京人口20万人説は、裁判所から学術研究の名に値しないとまで言われた完全否定論者の東中野修道氏だけでなく、元防衛大学校教授の河野収氏、軍事史学会副会長の原剛氏、そして秦郁彦氏なども唱えているからです。
もちろん、その根拠は上記外国人による難民区人口の推定に過ぎず、極めてずさんでまともな検証に耐えうるものではありません。河野氏、原氏、秦氏らは、20万人説の根拠があやふやであることを自覚しているのか、その根拠をまともに検証していません。
河野氏、原氏、秦氏らは、東中野氏ほど異常ではないものの、いずれも旧日本軍に寄った態度を取る”戦史研究家”です。こういった”戦史研究家”が書いた南京事件の本を読めば、”南京事件がなかったとは言えないが、30万人は過大”というトーンを受け取ってしまいます*1

それを踏まえれば、橘氏河野氏、原氏、秦氏らのような偏った”戦史研究家”の記述から「陥落時の南京城内の人口が20万人程度だった」と騙されるのもやむをえないかもしれません。その意味では、橘氏歴史修正主義に騙された犠牲者と言えるでしょう。

もっとも橘氏が積極的に歴史修正主義に与しているとも思える記述もあります。

南京大虐殺を歴史の捏造と主張するひとたちは、『ザ・レイプ・オブ・南京』の翻訳出版を阻止し、「死者数万人」とする国内の“見直し派”とはげしく論争してきました。彼らの目的は、目の前にいる日本人の論敵を打ち負かし、歴史教科書など南京大虐殺を認める日本語の文書をこの国から放逐することでした。

http://www.tachibana-akira.com/2012/10/4879

「「死者数万人」とする国内の“見直し派”」は河野氏、原氏、秦氏らのような人を指すのなら、「南京大虐殺を歴史の捏造と主張するひとたち」と激しく論争などはしていません。論争が皆無だったとは言いませんが、どちらかと言えば、東中野氏に代表される完全否定論者と秦氏に代表される過小評価論者は、互いに共生しながら、笠原氏に代表される史実派を攻撃していた、というべきでしょう。

完全否定論者と過小評価論者は、南京人口20万人説という幻想を共有し共に「中国の言う犠牲者30万人はあり得ない」と主張し、史実派を親中反日と揶揄してきました。こちらの方が激しい論争というにふさわしい状況です。

しかし、なぜか橘氏の目には史実派が映っていません。

ひょっとしたら、完全否定論者と史実派を両極端だと見なし、過小評価論者の説を採ることで、自称中立を気取っているのかもしれません。そういう人たちはネット上の軍事オタクにはたくさんいますしね。


参照:二十万都市で三十万虐殺?

*1:まともな批判ができる人なら、南京人口20万人ってのは、そもそも本当なの?と疑うことができます。しかし、河野氏、原氏、秦氏らは、巧みに南京人口は20万人という断言を避け、ぼかした表現を用いるため、気をつけて読まないと、”南京人口20万人ってのは、そもそも本当なの?”という論点に気づけないようになっています。