いやまあ、政治的に信仰的に戦前日本を正当化したい人たちにとって、その信仰対象の問題点を指摘する歴史家らが用いている、というただそれだけの理由で、左派的とみなされ気に入らない根拠になっているであろうことはわかります。
ですが、「アジア太平洋戦争」という語は単純に主に戦争の行われた空間的範囲を示しただけで、語そのものに特に思想性はありませんよね。いわば言葉として極めて中立的だと思います。一方で「大東亜戦争」という語には大東亜共栄圏といった思想性がついてまわりますので、語そのものの中立性から言ってよろしくないという評価は妥当でしょう。
まあ、思想性を無視して、語の示す範囲だけの問題、つまり主戦場となった範囲との整合性だけを問うならば、「アジア太平洋戦争」でも「大東亜戦争」でも概ね同じといえるかもしれませんね。
「大東亜戦争」論者がよく使う「当時の正式名称」という主張ですが、それだと定義上、1937年7月以降1941年12月までの日中戦争を含むのかどうかいまいち疑問に思えますし、実際、1941年12月以前の日中戦争を指して「大東亜戦争」と呼んでいる事例には出合った記憶がありません。
収載資料:内閣制度百年史 下 内閣制度百年史編纂委員会 内閣官房 1985.12 p.242 当館請求記号:AZ-332-17
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今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期等ニ付テ
http://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/bib00362.php
昭和16年12月12日 閣議決定
一、今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス
二、給与、刑法ノ適用等ニ関スル平時、戦時ノ分界時期ハ昭和十六年十二月八日午前一時三十分トス
三、帝国領土(南洋群島委任統治区域ヲ除ク)ハ差当リ戦地ト指定スルコトナシ
但シ帝国領土ニ在リテハ第二号ニ関スル個々ノ問題ニ付其他ノ状態ヲ考慮シ戦地並ニ取扱フモノトス
「当時の正式名称」にこだわるなら、1937年7月から1945年8月までの戦争に対応する名称は「北支事変」「支那事変」「大東亜戦争」と三分割せざるを得ないはずですが、そういう論者は見かけません。
「アジア太平洋戦争」の場合、広義には1931年9月の満州事変から1945年8月までを指し、狭義には1941年12月から1945年8月までを指します。その意味では、「大東亜戦争」に対応するのは狭義の「アジア太平洋戦争」ということになります。
個人的には、1941年12月から1945年8月までの戦争について上記の思想性を無視すれば、「大東亜戦争」と呼ぶことにさほど違和感はありません。もっとも、1941年12月で時期を区切ってしまうことには違和感があるので、使う機会がないんですけどね。
個人的には、1931年9月から1933年5月の戦争については「満州事変」、1937年7月から1945年8月の中国での戦争は「日中戦争」、同期間の中国以外も含めた戦争全体に対しては「アジア太平洋戦争」、満州事変以降全てを含めると「15年戦争」と呼ぶのがしっくりきます。
そもそも歴史上の事象名について「当時の名称」にこだわるのは不便なだけで意味がないんですよね。後世つけた名称というのは、当然ながら歴史上の事象の継続性や関連性を後世の視点で研究した上での判断ですから後世の人間である我々が歴史を理解するうえでは適切であることが多いんですよね。「アジア太平洋戦争」という名称はその意味で適切ですし、語そのものに思想性がありませんから、本当に中立的な人であればこの名称を拒絶すること自体がありえないでしょう。