ネトウヨに関する認識について

この選挙で、ネット右翼は終わり新たに「ネット左翼」が生まれた/【緊急対談】不毛な左右対立は加速する (古谷 経衡,辻田 真佐憲)」に関連して。

ネット右翼(以下、ネトウヨ)の実像については、古谷説とは違った認識を持っています。
ネトウヨは、基本的に三世代に分けるべきで、第一世代がネット黎明期の前世紀末~今世紀初頭に現れたネット上の右翼的言説を流布した世代、第二世代がネット拡大期の2000年代に増えたネット上の右翼的言説を共有し消費した世代、第三世代がネット普及された現代(2010年代)にネット上の右翼的空気で育った世代です。
古谷説での「ネット右翼」に合致するのは、第二世代です。

各世代の特徴

第一世代は右翼的主張に傾倒し、強い使命感からネット上での右翼的言説を広めていった世代です。この世代のネット言説の特徴は“ソース主義”です。彼らは自らの右翼的主張を正当化するための根拠を重視し、様々な資料を調べ紹介する役割を果たしました。古い書籍や公文書、新聞などに依拠して、右翼的主張を展開したわけです。ソースとした資料と主張は、比較的無理なく合理的に関連付いていましたので、見た目の説得力はそれなりにありました。
問題は、正しく資料批判がされていない点や都合のいい資料のつまみ食い、曲解や選択的懐疑などで偏向していた点です。都合のいい資料のつまみ食いではあっても、その資料自体は確かに存在するという点で“ソース主義”だったと言えます。
この世代はネット上での主張にあたって、それなりの労力を投じています。彼らのリアルはおそらくは学生やニートなど時間に余裕のある層で、年齢も20~30歳程度だったと思われます。以前の“ネット右翼”像にかなり合致する感じです。
これに対して、第二世代は右翼的主張にはさほど傾倒していません。使命感も大してなく、ただネット上での真剣なやり取りを茶化し、嘲笑することを楽しむ世代です。社会問題などの真剣な議論を横から茶化すのに、第一世代が構築したネトウヨ言説が便利であったため、それを多用しましたが、自身でソースまで辿ることはほとんどなく、この点で第一世代と異なります。その結果、根拠となる資料と主張に矛盾が生じることもありましたが、第二世代はソースを辿らないため、第二世代の間では矛盾が問題視されることなく、ただ真剣な議論を茶化し嘲笑する上での便利な道具として消費されました。
この世代の多くは、第一世代が活躍した黎明期にその議論を読んでいた(ROM)世代でもあり、年齢的には第一世代とかなり重なっていると思われます。第一世代と異なるのは、確固としたリアルでの生活基盤を持っているという点です。1990年代~2000年前後に20~30歳だった世代は、現在40~50歳くらいになっていて、それなりの収入や社会的地位を持っています。まさに古谷氏の主張する「ネット右翼」像そのものです。

年齢的に第一世代・第二世代と異なるのが、第三世代です。この世代はネット環境が既に整備された環境で育った現在20~30歳あるいはそれよりも下を含む世代です。彼らは物心ついた時から、第一世代・第二世代が構築した右翼的主張や嘲笑する文化という空気の中にいました。ほとんどは第一世代のように右翼的主張を核として持っているわけでもありません。ネット上の右翼的主張や嘲笑文化の上澄みを短文で再利用して、主張や議論ではなく空気を共有することを優先します。彼ら自身には確固たる政治・社会問題に対する熟慮や信念は特にありません。ただ、再利用・参照しているネット上の言論環境がネトウヨ的空気に染まっているため、それを用いて構築した言説もネトウヨ的になっています。
“若者の右傾化”というのはこういった現象の一側面といった感じですね。
自民を支持し野党を拒否する心性は、野党はバカにして構わない存在、なんだかんだ言っても自民は強い、というネット上の空気の上澄みを共有することで生じています。それを指摘されても、ネット上には第一世代・第二世代が残した根拠モドキが山ほどありますから、指摘を受け入れたりもしません。
右翼的だという自覚もおそらくなく、自らは左右の対立を俯瞰しているつもりになっています。
第三世代のリアルは普通の若者です。
彼らには差別用語が誰かを傷つけるという認識を育てるための機会がありません。ネット上での差別反対とは左翼的で嘲笑される対象でしかありませんでした。