ウィーン条約法条約に従うなら「裏合意」自体、当初が無効になると思いますけどね

緒方林太郎氏(元希望の党衆院議員*1)による「慰安婦合意(国際法的アプローチから)(2017年12月29日 09:49)」という記事について。
一言で言えば、日韓政府間合意を条約になぞらえて破棄出来る根拠などない、と主張し韓国側を侮蔑するだけの、まあ中身のない記事です。

 まず、これは「合意」です。日韓双方が「合意」という言葉を使っています。条約(国際法)としての合意とまで言えるかといえば、憲法第73条における内閣の条約締結権に基づくものではなく、国会承認や閣議決定を経ているわけではないので、条約ではありません。しかし、国家間の合意であるため、かなりそれに近いものだという事は出来ると思います。
 という前提に立ちつつ、近似的にではありますが、条約を作る時のルールであるウィーン条約法条約になぞらえてみても問題は無いと思います。

http://blogos.com/article/268258/

こんな感じで始まっています。
ただ、裏合意の存在を暴露した今回の検証にあたってウィーン条約法条約になぞらえるなら、第80条の規定を無視すべきではないでしょう。

第八十条 条約の登録及び公表
1 条約は、効力発生の後、登録又は記録のため及び公表のため国際連合事務局に送付する。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/mt/19690523.T1J.html

緒方氏が言うように、日韓政府間合意が条約に近いものだとしてそれになぞらえるのなら、裏合意なんか存在しようがありません。登録され公表されるものですから当然ですよね。
緒方氏は裏合意についてこう書いています。

 あと、「裏合意」の存在ですが、そういう文書が存在しているのか、単に交渉中にそういうやり取りがあっただけなのかの違いが分かりません。交渉中のやり取りを「裏合意」と呼んでいるのではないかと思える部分があります。もっと言うと、裏合意と言われているものの大半は「合意を実施していけば当然そうなる。」という類のものばかりであり、それを付随的に確認しただけに過ぎないのだろうと思います。百歩譲って、仮に「裏合意」なるものが文書としてあったとして、それを破棄するというのであれば、その事自体はあり得ると思いますが、だからといって「書いてない事は何をやらかしても構わない。」とはなりません。あくまでも合意の精神に反する行為は控えるべきだというのは当然の事です。

http://blogos.com/article/268258/

「仮に「裏合意」なるものが文書としてあったとして、それを破棄するというのであれば、その事自体はあり得ると思います」とか言ってますが、「ウィーン条約法条約になぞらえ」るなら裏合意なんて最初から無効でしょうよ。

「合意の精神に反する行為は控えるべき」

まあ、それはその通りだと思いますよ。ただ、日本側がまず「合意の精神に反する行為は控え」てないですよね。

(1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

少女像・慰安婦像・碑の設置にあらゆる妨害行為を政府主導で行い、慰安婦を性奴隷と呼ぶなと国際社会で主張し、海外メディアを恫喝し、挙句、日本国内での元慰安婦を売春婦扱いで侮辱する言動については黙認する「合意の精神に反する行為」ばかりなんですけどね。
また、元慰安婦へのおわびの手紙を言下に拒絶するのも「合意の精神に反する行為」ですよね。

慰安婦への「おわびの手紙」、首相「考えていない」

2016年10月3日17時55分
 慰安婦問題をめぐる日韓合意に基づき、韓国政府が設立した財団内で、首相による元慰安婦への「おわびの手紙」など追加的な措置を求める意見が出ていることについて、安倍晋三首相は3日の衆院予算委員会で、「我々は毛頭考えていない」と否定した。民進党の小川淳也氏の質問に答えた。
 首相は「合意内容を両国が誠実に履行していくことがいま求められている。(手紙は合意)内容の外だ」と語った。日韓両政府は昨年末、韓国政府が元慰安婦を支援する財団を立ち上げて日本政府が10億円を拠出し、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認することなどで合意した。手紙の送付は、合意事項には含まれていない。

http://www.asahi.com/articles/ASJB34TL9JB3UTFK00H.html

この時、日本社会は「手紙の送付は、合意事項には含まれていない」と言って拒絶を正当化しましたが、それでいて韓国に対しては「だからといって「書いてない事は何をやらかしても構わない。」とはなりません」とか主張できる神経の図太さにはあきれるほかありません。

ソウルの少女像撤去は裏合意でも確約されていない

公開部分ではこうなっています。

(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

韓国政府はあくまでも日本政府の懸念を「認知」したにすぎず、「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」という義務しかありません。「可能な対応方向について関連団体との協議を行」ったが撤去・移転はできなかった、と言っても韓国政府としては合意違反にはなりません。そして、裏合意でも韓国政府は、撤去・移転を確約してはいません。

慰安婦合意検証報告書の要旨

(2)非公開部分
(略) 一、日本側は(1)今回の発表により慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決され、挺対協など団体が不満を表明する場合にも、韓国政府としては同調せず、説得するよう望む。少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画を聞きたいと言及(略)
 一、これに対し、韓国側は(1)韓国政府は日本政府が少女像について、憂慮している点を認識し、韓国政府としても可能な対応に関し、関連団体などとの協議を通じ、適切に解決されるよう努力する(略)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2017122700836&g=pol

ほぼ公開部分と同じ内容をなぞっているだけです。

あと、もちろん、韓国政府は日本側の懸念を「認知」しただけで、少女像がウィーン大使館条約違反であることを認めたわけでもありません。

ちなみに、日中共同声明で日本政府は、中共政府を「中国の唯一の合法政府であることを承認」した上で、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中共の立場を「十分理解し、尊重し」ているわけですよね。

日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html

韓国政府は日本側の懸念を「認知」しただけで、少女像がウィーン大使館条約違反であることを認めたというならば、「十分理解し、尊重し」た日本政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であること」を認めたともいえるでしょうね。
実際にはいずれも外交的な修辞であって、都合のいい時だけ「合意の精神」を合意内容の拡張に利用しようするのは不誠実なポジション・トークという他ありませんね。