国籍法改正に関するネット上の大騒ぎで誰が得をしたか


国籍法改正反対運動については、マスコミの隠蔽にもかかわらず、ネット世論が政治を動かしたような意見を散見するのだが・・・

ちょい調べたところでも、そうではなさそうな感じですね。

きっかけとなった裁判の最高裁判決が出たのが2008年6月4日。

これを受けて、政府が国籍法改正案の作成を始め、8月には骨子がまとまるのだが、既に8月17日の読売新聞で「虚偽の認知」の懸念が報道されている。

読売新聞(国籍法改正案まとめWIKIからの転載)
国籍法から婚姻要件を除外…改正案骨子固まる
2008年8月17日
  日本人と外国人の間の非嫡出子(婚外子)が日本国籍を取得することを認めない国籍法を違憲とした最高裁判決を受け、政府がまとめた同法改正案の骨子が16日、明らかになった。
  〈1〉父母の婚姻を国籍取得要件からはずし、日本人の親に認知されることだけを要件とする〈2〉偽装認知に1年以下の懲役か20万円以下の罰金を科す――ことが柱だ。与党の了承を得た上で、臨時国会に改正案を提出する方針だ。
  判決のケースでは、母が外国人で、子どもは生後、日本人の父から認知されていた。しかし、現在の国籍法は父母の婚姻か、日本人の親の出生前認知を要件としているため、国籍取得が認められなかった。判決では婚姻要件を、「合理的な理由のない差別」とした。
  また、判決が「遅くとも(原告が国籍取得届を提出した)2003年当時には、婚姻要件は憲法に違反するものであった」としたため、改正案でも、03年1月までさかのぼって婚姻要件を満たさなくても国籍取得を認めることを付則で定める。
  ただ、認知だけを要件とした場合、外国に住む女性が日本人男性に虚偽の認知をさせて子どもの日本国籍を取得し、自らも在留資格を得るなどの「偽装認知」が横行する恐れが出てくる。
  現在は、偽の親が子どもの国籍取得届を法務局に提出しても罪に問われない。改正ではこうした行為に罰則を新設する方針だ。
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/mixnews/20080817ok02.htm

もし、マスコミが改正案を隠蔽し、ネット有志が改正案の問題点を見つけ騒ぎを起こし、政治家・マスコミがこれを取り上げざるを得なかった、とするならば、この8月17日より前にネット有志が改正案骨子を入手していなければならない。
マスコミ報道、政府与党の発表以外に、入手する方法としては関係者からのリークしかないのだが、リークするとすれば源は改正反対派の議員・官僚となる。反対派のリーク情報でネット民が騒いだとすれば、むしろネット民が反対派に踊らされたと言う方が適切だろう。

しかしまあ、色々検索してみても、国籍法改正反対の意見が出始めるのは11月になってからのようで、現在反対している方々は8月17日の読売報道を見逃していたようだ*1

もう一点、この時点で既に「偽装認知」の話が出ているわけだが、どうも改正反対派の閣僚の抵抗ではなかろうか*2


で、次の報道(その間も報道があったかもしれないが)は10月10日の毎日新聞

毎日新聞(国籍法改正案まとめWIKIからの転載)
国籍法改正:婚姻要件除外へ…認知偽装は罰則も 法務省
2008年10月10日 20時58分
  法務省は10日、結婚していない日本人の父と外国人の母の間に生まれた子が日本国籍を取得する条件から、両親の婚姻要件を外す国籍法改正案を自民党法務部会のプロジェクトチームに提示し、了承された。婚姻を必要とする国籍法の規定を違憲とした最高裁大法廷判決(今年6月)を受けた措置。法改正により父親の認知だけで国籍取得が可能になる。
  認知の偽装が広がる恐れもあるため、法務省は偽装に対して1年以下の懲役か20万円以下の罰金を科す罰則規定も盛り込み、早期の法案提出を目指す。
  未婚の日本人父とフィリピン人母の間に生まれた子供が日本国籍の確認を求めた訴訟で、大法廷は「遅くとも原告が国籍取得を届け出た03年には、合理的理由のない差別を生じさせた」との判断を示した。このため、改正法は03年以降の届け出については、さかのぼって婚姻要件の除外を認める。【石川淳一
http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2008/10/10/20081011k0000m010074000c.html


ここでも偽装認知の話が出ており、罰則追加の記事まで出ている。

ここから判断するに、政府部内には最初から改正反対派がいて、色々ゴネて罰則などの改正賛成派からの譲歩を得たのだろう*3
罰則の追加は、実質的な意味がほとんどないことを考慮すると、賛成派が反対派の顔を立てたものと考えられるのではなかろうか。

ともあれ、この頃までは特にネット民が騒ぐこともなかったようだ。

この後、11月4日に閣議決定され、この頃からようやくネット民が騒ぎ始めた様子。

朝日新聞(国籍法改正案まとめWIKIからの転載)
国籍法改正案を閣議決定
2008年11月4日12時2分
  日本人と外国人の間の非嫡出子(婚外子)が日本国籍を取得することを認めない国籍法を違憲とした最高裁判決を受け、政府がまとめた同法改正案の骨子が16日、明らかになった。
  母親が外国人で、結婚していない日本人の父親から出生後に認知された「婚外子」が日本国籍を取得できるようにする国籍法改正案が4日、政府で閣議決定された。今年6月にあった最高裁違憲判決を受けた改正で与野党ともに異論はなく、臨時国会での成立を目指す。
  最高裁は6月4日、結婚していないフィリピン人の母と日本人の父の間に生まれ、出生後に父親から認知された10人の子が日本国籍を求めた訴訟の判決で、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法の規定を違憲と判断。法務省が改正に向けて動いてきた。
  改正により、両親が結婚しているかどうかに関係なく、出生後に認知された子供も出生前に認知された子供と同様、日本国籍の取得が認められる。最高裁判決を踏まえ、03年1月以降に届け出をしていた人はさかのぼって取得を認める。
  「偽装認知」による不正な国籍取得を防ぐため、うその届け出には罰則(1年以下の懲役か20万円以下の罰金)を新設する。(延与光貞)
http://www.asahi.com/politics/update/1104/TKY200811040114.html

まあ、朝日で報道されたから朝日チェックを怠らない一部ネット民が騒ぎはじめたとも深読みできるのだが、政府部内検討の段階で反対派が策動していたこと(罰則の新設など)を考えると、閣議決定前後を契機として反対派がネットで煽り始めたと見るほうが自然だと思う。
実際、11月4日の閣議の直後、平沼赳夫議員に反対派閣僚から改正反対の協力を求められた、との話がある*4

ゴネ得で罰則を追加させた反対派が、さらなるゴネ得を狙ってネット世論を煽った、というのが真相でしょう。


ところで、この時点での反対派は何を考えて反対したのでしょうか?

可能性1・偽装認知を真剣に憂慮した。

→ちょっと考えにくいですね。認知については民法や戸籍法での取扱いですから、本当に偽装認知を憂慮するのなら国籍法改正以前から主張していないと理に反します。国籍法改正を契機として問題意識を持った可能性もないではないですが、それなら戸籍法改正を主張すべきです。国籍法改正に反対する意味がありません。

可能性2・とにかく外国人(日本人ハーフを含む)に日本国籍をやりたくない。

→まず、この可能性が高いでしょう。戸籍法の改正による偽装認知防止の場合(例えばDNA鑑定)、日本人間の認知でもDNA鑑定などを行わなければならなくなります。おそらくは結婚していてもDNA鑑定が必要となるでしょう。その場合、離婚後300日問題などは解消しますが、反対派の多くはこれにも反対でしょうし、それ以外にも様々な問題が発生すると容易に想像できます*5
しかしまあ、実際そこまですら考えてはいないでしょうね。とにかく、国籍法改正による取得条件緩和の幅を狭めようと、あわよくば緩和そのものをなくしてしまおうとしている、そんな感じではないでしょうか。

可能性3・票田である民族原理主義団体*6に対し、自分は反対したというポーズを見せたい。

→議員の場合*7は、この可能性がかなり高いだろう。実際、ウヨク議員・稲田朋美は偽装認知防止目的のDNA鑑定の義務化は難しいと認識しているが、改正には反対のような立場をとっている。彼女の票田たる民族原理主義団体を無視できないのだろう。


というわけで、閣議決定までの反対派は、つまるところ外国人差別を維持したいと考えているレイシストか、あるいはそれに阿った人たちと言えるでしょう。



さてさて、現実問題として最高裁違憲判決が出ている以上、国籍法改正は遅かれ早かれやらねばならない政治課題です。

また、最高裁まで争ったのが、本人には何の落ち度もない日比ハーフの少女だったという事実*8も、国籍法改正を支持する世論形成に有効に働いたことは間違いないでしょう。近々の衆院選を控え支持率が低迷している麻生政権としては、この改正を先延ばしにして不人気に拍車をかけたくないのも確かでしょう。
麻生本人がどう思っているかはわかりませんが、政権維持を狙うならここで失点を重ねるわけにはいきません。

しかし、ここで身内の民族原理主義者に足を引っ張られます。
ネット民を煽って、国籍法改正反対の運動を作り出し、それを背景として反対や慎重姿勢を示して自らの支持母体にアピールを始めたわけです。

これがネット上での国籍法改正反対運動の真相でしょう。


有色人種・移民差別に最も熱心なのがPoor Whiteであるように、外国人*9差別に最も熱心なPoor Japanese*10がこの煽りに簡単に乗っかり、「中国人に乗っ取られる」的な現実的でない脅威を示して反対運動を展開していったと言えそうです。

この煽動を行っているのが、水間だとか阿比留だとかですね。バリバリのウヨクです。彼らはこの政治活動によって売名することができました。彼らにとっては、万一改正案が撤回されれば最高の売名になりますし、そのまま改正案が成立しても民族原理主義者として売名しつつ、今後発生する瑣末なトラブルを針小棒大に騒ぎ立てればよいだけです。無責任な立場から強硬論を述べるだけでいいのですから楽な物です。


ネットからの国籍法改正反対運動は効果があったの?

本来の目的としては、2008年12月5日に改正国籍法が成立したわけなので効果なかったと言えます。せいぜい審議時間の延長と付帯決議をつけたくらいでしょうか。付帯決議にしても不正のないように気をつけるという至極当然の内容で、DNA鑑定を義務付けたわけでもなんでもありません*11から、反対意見の顔を立てたくらいに過ぎませんね。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/170/f065_120401.pdf


ところが、何の効果もなかったかというと、そうでもありません。

元々、この国籍法改正は、2008年6月裁判での日比ハーフ少女のような現行法下で差別され苦しんでいた子供たちを救済するためのものでした。ネットにはまってない一般人の認識としても、そうだったでしょう。
つまり、国籍法改正には差別されていた人を救済すると言う良いイメージのものだったのですが、この大騒ぎによって(現実にはほとんどありえないような)ネガティブ・イメージが刷り込まれることになったわけです。まあ、それほどでもないでしょうが、国際的にも問題視されていた婚外子差別の解消という日本のイメージアップにつながることに泥を塗ったのが今回の国籍法改正反対運動だったと言えます。あまつさえ、民族差別を前面に押し出したような「中国人による日本乗っ取り」などという妄想で、日本にはなお民族差別意識が健在であることを示したわけですね。

結局成立

なんと言うか当たり前ですが、国籍法改正案は2008年11月18日に衆議院を通過し、2008年12月5日に参議院を通過し、成立しました。

ネットを中心とした国籍法改正反対運動は、国会審議にさほど影響を与えなかったものの*12、改正国籍法のイメージや日本人のイメージを低下させただけで、結局得をしたのは売名行為ができた民族原理主義者たちだけという結果に終わりました。

散々ばら撒かれた「中国人による日本乗っ取り」というデマは、主にネット民に民族差別意識を植え付けた挙句、デマそのものはいつまでも実現しない架空の脅威として消え去りますが、植えつけられた差別意識は残り続けるでしょう。

民族原理主義者のばら撒く新たなデマや架空の脅威を餌として、差別意識は徐々に成長し、いつしかかつて日中戦争の勃発に歓喜した愚民のレベルに日本人を貶めるかも知れません。

*1:ある意味、ネット民が自分で考えた結果として改正反対なのか疑問に思わせる事象ではある

*2:11月4日の閣議決定後に平沼赳夫に電話したと、平沼自身が語っていた閣僚。誰?

*3:改正国籍法に罰則を追加しても実質的な意味がほとんどないことは既に多くの人に指摘されている。認知届、国籍取得届の虚偽に十分な罰則が課せられているため。

*4:平沼本人の談

*5:最も簡単に想定できるのは、強姦で出来た子はどうするのか、ということ。子供には何の罪もないのに法的に父が存在しないことになります。

*6:排他的で狭量な民族主義に対して勝手に命名。ま、全部ではないだろうが、日本会議関連の団体などはそれにあたる。

*7:ジャーナリストもね。

*8:加えて、彼女を応援、救済を求める声も多数聞かれた

*9:日本の場合ではアジア人、とりわけ中国・朝鮮人に対して

*10:Poor Japaneseがなぜアジア人差別に熱心なのかというと、「日本人>外国人(特に中国・朝鮮人)」という認識が根底にあるからですね。生活レベルが、外国人と同レベル以下の場合、彼らの自尊心を守るのは国籍の違いだけです。「奴らが成功したのは不正行為のせいだ。外国人を優遇するな!」と言った感じで、自尊心を守ろうとするわけです。もしこの違いがなくなると、同じ日本人という同条件なのに自分が格下となってしまい、著しく自尊心が傷つけられます。このため、金持ちに比べて、Poor Japaneseの方が差別に熱心になる傾向にあります。

*11:もし義務付けたとしたら、またしても違憲となりますから、無理なんですけどね

*12:罰則はネットで盛り上がる前から新設されているので、せいぜい付帯決議を行う際の後方支援くらいか