白燐弾は化学兵器ではないと断言している人はちゃんと条約を読んでいないようだ。


白燐弾国際法上、合法か非合法かという議論があります。

で、その論点の一つに、白燐弾化学兵器か否か?というのがあります。

某氏を筆頭に、化学兵器じゃねーよ、と主張している人たちは、以下の表に白燐が含まれていないことを理由にしているようです*1

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/cwc/hyozai.html

この表は、化学兵器禁止条約に付属する「化学物質に関する附属書」から作成したものですが、この附属書には表のほかに以下のような文言があります。

B 化学物質の表
次の表には、毒性化学物質及びその前駆物質を掲げる。この条約の実施上、これらの表は、検証附属書に従って検証措置を実施するために化学物質を特定する。これらの表は、第二条1(a)に規定する化学兵器の定義を構成するものではない。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19930113.T2J.html

えー、つまり「化学兵器禁止条約に規定された表剤 」なるものは別に化学兵器の定義を示したものではないんですね。なので、この「化学兵器禁止条約に規定された表剤 」に白燐が含まれていないからと言って、白燐が化学兵器ではないと断言できないわけです。


化学兵器の条約上の定義は、「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」第2条1にあります。

1 「化学兵器」とは、次の物を合わせたもの又は次の物を個別にいう。
(a) 毒性化学物質及びその前駆物質。ただし、この条約によって禁止されていない目的のためのものであり、かつ、種類及び量が当該目的に適合する場合を除く。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19930113.T1J.html

んで、「毒性化学物質及びその前駆物質」とは何かと言うと・・・

2 「毒性化学物質」とは、生命活動に対する化学作用により、人又は動物に対し、死、一時的に機能を著しく害する状態又は恒久的な害を引き起こし得る化学物質(原料及び製法のいかんを問わず、また、施設内、弾薬内その他のいかなる場所において生産されるかを問わない。)をいう。
3 「前駆物質」とは、毒性化学物質の生産(製法のいかんを問わない。)のいずれかの段階で関与する化学反応体をいうものとし、二成分又は多成分の化学系の必須成分を含む。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19930113.T1J.html

となってます。
この定義に従うと、重大な火傷を生じさせ、その蒸気も有毒性である白燐も「毒性化学物質」に含まれますね。

ま、これは誰も否定しないでしょう。

すると、白燐弾化学兵器かどうかを判断するのは、白燐の使用が「この条約によって禁止されていない目的のためのものであり、かつ、種類及び量が当該目的に適合する場合」かどうかということになります。

「かつ」とありますから、仮に、白燐を発煙目的*2に使用した兵器であったとしても、その種類と量が発煙目的に適合していなければ、化学兵器として判断されますね。

したがって、「化学兵器じゃねーよ」と主張するには、そもそも白燐が発煙目的に適合していること及び、白燐弾に使用されている白燐の量が発煙目的に適合していることを示す必要がありますが、そういう主張は見かけませんね。
現実問題として、白燐弾には焼夷効果があるわけですから*3、白燐が発煙目的に適合しているか、という点で疑問符がつきますし、焼夷効果があるにもかかわらず、人を殺傷できるような使い方をすれば、化学物質の毒性を戦争の方法として利用”した”軍事的目的使用として化学兵器禁止条約に抵触します。
あ、言うまでもないですけど、白燐が発煙効果を持っているからと言うだけでは発煙目的に適合しているとは言いませんよ。でないと、どんな毒ガスでも有色の場合、発煙目的と言えば、化学兵器でないことになりますからね。よほどのバカ以外はこんな主張をしないでしょうけど。

ま、そんなわけで、「化学物質の表」だけ示して「化学兵器じゃねーよ」と主張しているのは、どーもその辺を理解していないようでなんともねえ・・・。


もちろん、「化学物質の表」に示されていない物質については、締約国に検証・管理などの義務は基本的にありません*4が、それは別に禁止されていないことを意味するわけじゃありませんので。



まとめると、こうなります。

1.白燐は、化学兵器禁止条約上の「毒性化学物質」に該当します。
2.白燐を用いた兵器を人に対して用いれば、名称の如何によらず、「化学兵器」に該当します。
3.白燐を用いた兵器が、「化学兵器」に該当しないのは、その焼夷効果が人を殺傷しない程度に弱めたか、あるいは人のいない場所に用いた場合のみです。


こう考えると、2005年11月にイタリアのRAI(Radiotelevisione Italiana:イタリア放送協会)が、ファルージャで米軍が使用した白燐弾を「Chemical weapons」と呼んだのも別段、間違いともいえず、ましてデマなどではありません。
Chemical weapons used in Iraq by US military, says Italian documentary - Wikinews, the free news source

ちなみに、白燐弾化学兵器とみなす場合、民間人のみならず敵兵士に対する使用も化学兵器禁止条約に抵触します*5


米国やイスラエルが、白燐弾の使用を認めたがらない、認めても対人殺傷目的使用ではないと主張する、のは、ひとつには白燐弾を「化学物質の毒性を戦争の方法として利用」した場合、化学兵器禁止条約に抵触するからと考えられますね。米国政府やイスラエル政府の思惑を断定するわけにはいきませんが、少なくとも”米国政府やイスラエル政府が、単なる煙幕を非人道兵器と呼ばれて当惑している”なーんてことはないでしょう*6

白燐弾が実際に人口密集地で使用されている可能性が高い*7以上、その使用を国際法違反として非難するのは、国際人道法の精神に則れば当然のことです。それを根も葉もない誹謗だとするのなら、使用者側(米国やイスラエル)の方にこそ、白燐弾の殺傷力・その被害が大したものではないことを示す道義的な義務があるでしょうね。何せ、その兵器について最もよく知っているのは使用者側ですから。
白燐弾が条約違反なんてデマだ。デマはやめろ。」なんて、一軍オタがいちいち応援する必要もありません。軍オタより遥かに豊富で信頼性の高い情報を使用者は握っているのですから。
ま、「白燐弾には焼夷効果はない」とか「白燐弾で死亡した犠牲者はいない」とか言うなら別ですが、そんな情報を握っている軍オタはいます?


白燐弾国際法上合法かどうかは、確定判決にあたるものが出されたことがないので現状ではグレーとしか言えません*8。しかし、白燐弾で殺された可能性の高い犠牲者が少なからずおり、その一方で白燐弾が無害であることを示す証拠は一切ない状況下で、当事者以外の第三者が、白燐弾を不法と主張するか、白燐弾は合法だと主張するか。

その選択は、その主張をする人の知識や理性を示すものではなく、人間性を示していると思います。

(追記2009/1/20)
まー、一応返答できる量的範囲(註:オレ基準)については返しておこう。


皆、判で捺したように同じようなコメントなので、まとめて返すと、

>toriさん、hareさん、1科学者としてさん
私は、白燐弾で発生する煙(五酸化二燐)が有毒とは書いてません。勝手に置換せずに、エントリーをよーく読んでください。私は「煙」と書いてますか?



>1科学者としてさん
>また、火傷については、そもそも「生命活動に対する化学作用」による害ではないですよね。

酸化未了の白燐が皮膚に付着しても、化学反応を起こさないとでも?



>突っ込み一つさん
>今回のガザにおける白燐弾による被害がそれを証明していると思いますが。
>死者1名、負傷者100名でしたっけ?

ほう、イスラエル軍が自軍の用いた白燐弾によるパレスチナ人被害者の実態調査を行って、死者1名、負傷者100名と公式発表したわけですか?
ソースをお願いします。
(追記2)
ソース、こっちで調べた。
これね。

エルサレム=井上道夫、古谷祐伸】イスラエル軍は11日も、イスラム過激派ハマスが支配するパレスチナ自治区ガザへの攻撃を続けた。先月27日の攻撃開始からの死者数は、AFP通信によると計885人、負傷者は3620人に達した。国際的に批判されている「白リン弾」の使用も指摘され、イスラエル非難の声は強まっている。

 同通信によると、ガザの病院の医師が11日、「白リン弾で少なくとも民間人55人がやけどをした」と証言。AP通信は女性1人が死亡、100人以上が負傷したと伝えた。

http://www.asahi.com/international/update/0111/TKY200901110133.html

戦闘継続中の11日時点でのAP通信による被害報告ですが、この時点で正確な被害実態が把握できると考えるほど、突っ込み一つさんの頭がおめでたいことはよくわかりました。


(追記3)
白燐弾で発生する煙の五酸化二燐には毒性が無いです

これも調べたぞ。

化学名:酸化りん(Ⅴ)
別名:五酸化二りん、 無水りん酸

3, 危険有害性の要約
分類の名称
◇腐食性物質。
危険性 ― 危険度を0〜4 の5 段階で表示
火災0(危険無)
人体2(危険)
反応3(危険大)
◇不燃性である。
◇有毒である。
◇禁水性である。
◇可燃性ではないが、他の物質の燃焼を助長する。

有害性
吸入した場合…
◇粉塵を吸入すると鼻腔、口腔、のど及び気管支に極度の刺激作用を起こす。

皮膚に触れた場合…
◇強い刺激、やけど、粘膜を腐食する。
◇発赤、皮膚熱傷、痛み。

眼に入った場合…
◇強い刺激があり火傷を起こす。
◇発赤、痛み、重度の熱傷。

飲み込んだ場合…
◇腹痛、下痢、吐き気、嘔吐。

http://junsei.ehost.jp/productsearch/msds/30075jis.pdf

こういうのを毒性がないって表現するか?普通。

*1:http://obiekt.seesaa.net/article/9465205.html 「まず白燐は化学兵器では有りません。化学兵器禁止条約(CWC)で規定されている毒性化学物質とその前駆物質の中に、白燐は含まれていないのです。」

*2:第2条9(c)「化学兵器の使用に関連せず、かつ、化学物質の毒性を戦争の方法として利用するものでない軍事的目的」に該当。

*3:これも誰も否定してませんよね?よほどレベルの低い人以外は

*4:第6条3、4、5。但し、第6条7には表以外の有機化学物質の規定あり。

*5:化学兵器禁止条約では「人」とのみ書かれてますからね。それに第2条9 「この条約によって禁止されていない目的」にも敵兵攻撃のための使用は含まれてません。

*6:単なる煙幕なら、使用を認めない意味がありませんから。

*7:ま、確定でよいと思うのだが。

*8:米国やイスラエルが対人殺傷目的使用について否定しているという状況を考えれば、限りなく不法に近いと言えるでしょうが。