北朝鮮が2009年4月5日に打ち上げたロケットが、弾道ミサイル実験だったのか人工衛星打ち上げだったのか、今のところ確定してはいません。
個人的には、人工衛星打ち上げだったと思いますけどね。
理由としては、もし弾道ミサイル実験だったとしたら、対外的に人工衛星打ち上げを公表した北朝鮮は、最初から対外的には人工衛星打ち上げ失敗という結果に終わることを予定していたことになりますので。弾道ミサイル技術の輸出などは北朝鮮にとって外資獲得の手段になるかと思うのですが、対外的公的に失敗となると仮に弾道ミサイル実験として成功であっても商売に差し障るとも思えます。そういうデメリットを上回るメリットが、弾道ミサイル実験にあったかというと、ちょっと疑問な気がします。
仮に弾道ミサイル実験だったとしても、弾道ミサイル落着時の爆発まで含めた実験ならともかく、推進装置の実験であるのなら、捨てるつもりで初歩的な人工衛星を積んどいた方が言い訳にも使えていいでしょうから、落下物を回収しても弾道ミサイル説を強化する情報は得られないとも思います。
おそらくは、普通に初歩的な人工衛星を積んで、軌道投入を狙った人工衛星打ち上げ実験であって、弾道ミサイル開発にも資するデータ獲得、国際的な技術誇示をも狙ったものと考えます。
成功してれば、弾道ミサイル技術を示す宣伝にもなりますし、将来的には人工衛星打ち上げビジネスに進むこともできたかも知れませんね。
実際には、2段目以降は切り離し失敗で落下したとのことなので、北朝鮮にとっては”弾道ミサイル開発にも資するデータ獲得”のみの成果しか得られていないでしょうが。
と、前置きが長くなりましたが、日本の国内政治的には、弾道ミサイルか人工衛星か、というのは重要な論点になっているようです。
現在のところ、日本政府は「飛翔体」と呼んでますが、普通に「ロケット」でも良かったんじゃないかな?とも思います。
ただ、どうも日本語の語感では、
ロケット→平和目的
ミサイル→軍事目的(特に爆発物兵器)
のイメージが強いんですよね。特にミサイルは軍事目的の爆発物兵器を指す場合がほとんどで、辞書でも「通常、軍事目的のため、爆発物を遠距離に放擲(ほうてき)するための飛翔(ひしょう)体。」*1となってます。逆に爆発物兵器以外のものをミサイルと呼ぶことはほとんどないと思います。
これはおそらく、「ミサイル」という語が日本に入ってきたときに、主として”ロケット推進の爆発物”を指す語として使用されたからではないかな、と思います。余談ですが、辞書上での定義ではありませんが、イメージ的に”ロケット推進”というのは切り離せないのではないでしょうか*2。マンガの影響かもしれませんけどね。
なんにせよ、この「ミサイル」と言う用語が問題になっているんですが、この中で産経がおかしな主張をしてます。
北朝鮮による長距離弾道ミサイル発射を受け、麻生太郎首相は「挑発的行為」と激しく非難しているが、政府の公式呼称は今も「飛翔(ひしょう)体」のままだ。ミサイルと断定できる証拠がなお見つかっていないためだが、いつまでもあいまいな表現を使っていれば、新決議採択に向けた国連安保理での折衝に影響が出かねない。与党側は「政府はもっと強いメッセージを出すべきだ」(自民幹部)といら立ちを募らせている。
(略)
一方、飛翔体というあいまいな表現では国民に強いメッセージが出せないと考えた自民、公明両党は早々と「ミサイル」の呼称に統一した。発射3時間後に発表した与党声明では「北朝鮮がミサイル発射を行った」と断定。細田博之幹事長は6日の政府・自民協議会で「なぜ政府は『飛翔体』なんて言っているんだ。日本に対する脅威なんだから、『人工衛星が飛んでいませんね』とか『音楽が聞こえていない』などと言っていてはダメだ」と強く迫った。
だが、ミサイルとロケットは、先端部に弾頭を積むか人工衛星を積むかの違いだけで構造は同じだ。違いを証明するには先端部分を回収するしかないが、太平洋に沈んだとみられ回収はほぼ不可能。そうなれば発射角度や最高速度、弾道などを割り出し、「人工衛星の軌道投入は不可能で、最初からミサイルの発射実験だった」という結論を導き出すしかない。
このため、防衛省はイージス艦のレーダーなどのデータ解析を急いでいるが、ミサイルと結論づける報告書をいつ提出できるか、メドは立っていないという。
しかし、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)は5日の段階で「テポドン2号ミサイル」と断定し、「いかなる物体も衛星軌道に進入しなかった」と公表している。このまま政府があいまいな表現を続けていれば、国連安保理での折衝に影響が出かねないとの見方も出ている。(田中靖人)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090407/plc0904072239020-n1.htm
最初の段落
日本政府が「飛翔体」呼称を使っているのは、「ミサイルと断定できる証拠がなお見つかっていないため」であり、まあ妥当な判断と言えるでしょう。
2番目*3の段落
これに対して、自民党・公明党は、国民に対し強いメッセージを出したいという政治的な思惑から、断定できる根拠がないにもかかわらず、「ミサイル」呼称を使用してます。
政治的な思惑が、理性的な判断を狂わせている実態がありありと伝わってきますね。
実際にミサイルだったかどうかは関係ない!北朝鮮に強い態度で臨む姿勢を有権者に示すためにはミサイルと決め付けた方が都合がいい。
という、まあ、自民党らしい判断ですね。
3・4番目*4の段落
実際、先端部分の回収は事実上不可能でしょうねぇ。
発射角度や最高速度、弾道などからの推測にしても、2段目切り離しに失敗している以上、失敗時点以降の情報は根拠にならないわけで*5、断定するのは困難だと思いますね。
記事には「ミサイルと結論づける報告書をいつ提出できるか」とありますが、いかにも結論先にありきな書き方ですね。データ解析の結果”人工衛星と結論づける報告書”になる可能性もあるわけで。
最後の段落
「北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)は5日の段階で「テポドン2号ミサイル」と断定し」ってのは、ちょいと問題。
NORADの元記事はこれ。
NORAD and USNORTHCOM monitor North Korean launch
April 05, 2009
PETERSON AIR FORCE BASE, Colo. — North American Aerospace Defense Command and U.S. Northern Command officials acknowledged today that North Korea launched a Taepo Dong 2 missile at 10:30 p.m. EDT Saturday which passed over the Sea of Japan/East Sea and the nation of Japan.
Stage one of the missile fell into the Sea of Japan/East Sea. The remaining stages along with the payload itself landed in the Pacific Ocean.
No object entered orbit and no debris fell on Japan.
NORAD and USNORTHCOM assessed the space launch vehicle as not a threat to North America or Hawaii and took no action in response to this launch.
This is all of the information that will be provided by NORAD and USNORTHCOM pertaining to the launch.
http://www.norad.mil/News/2009/040509.html
読めばわかりますが、別に今回北朝鮮が打ち上げたロケットをNORADが弾道ミサイルと断定したわけじゃありません。
まず、「テポドン2号」という名称はそもそも西側がつけた名前で、2006年に打ち上げたテポドン2号と同一の推進装置であると米軍が判断しているため、今回も「テポドン2号」と呼んでいるだけです。北朝鮮での名称は、運搬ロケット「銀河2号」です。
で、「missile」という表現ですが、英語でも”missile=軍事目的”、”rocket=平和目的”的な語感はあるんですが、日本の場合よりも緩やかです。
例によって英英辞典を見てみましょう。
1. an object or weapon for throwing, hurling, or shooting, as a stone, bullet, or arrow.
http://dictionary.reference.com/browse/missile
2. guided missile.
3. ballistic missile.
2,3の意味は軍事用のミサイルそのものですが、1の意味は、石や弾丸、矢のように、投げたり撃ったりするための物体、あるいは武器、ですね。
その意味では、古くは投石器などで飛ばした石なども”missile”なわけです。実際、catapult(投石器などの射出装置の意)の説明などを見ると、”missile”の語はよく出てきます。
もちろん、こういう投石器は軍事用なので”missile=軍事目的”という語感が英語圏でも今も残っているわけですが、日本の場合と違って爆発物というイメージはありません*6。このため運搬用ロケットでも”missile”と表現することがあります*7。
このため、NORADが「a Taepo Dong 2 missile」と表現したからといって、北朝鮮の発射したものが(日本語の意味での)「ミサイル」と断定したとは言えません。
まあ、「a Taepo Dong 2 missile」と記載している後に、「the space launch vehicle」*8とも記載しているので、語感云々以前の問題ですが。
まとめると、産経の田中靖人記者の書いている「北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)は5日の段階で「テポドン2号ミサイル」と断定」というのが、”米国が弾道ミサイルと断定した”という意味ならば、それはデマ、ということ。
産経がデマを飛ばすのは今に始まったことではないが。
裸の魔王様ならこう↓言って怒ってもよさそうだが、どうなのかな?
アメリカ側が言ってもいないことを捏造する行為は、アメリカに対する名誉毀損以外の何物でもないでしょう、嘘を吐いたのは産経新聞なのに、訂正報道が行われなければアメリカが嘘を吐いたと誤解されてしまいます。
産経新聞は責任を持ってアメリカへの謝罪と訂正報道を行って下さい。
まさか、「衛星軌道投入に失敗した北朝鮮の衛星を、事実と正反対の「軌道に乗った」と報道する事は」*10、「利敵行為」、「日本国への裏切り行為」だから許せないが、”米国が弾道ミサイルと断定した”と報道することは、「利敵行為」、「日本国への裏切り行為」じゃないから許せるってわけでもないでしょうけど。
*1:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB&stype=1&dtype=0
*2:もちろん、巡航ミサイルの元祖と言えるV-1はロケット推進ではないので、あくまで一般人の持つイメージとしての話だが
*3:略した段落を除いた番号
*4:略した段落を除いた番号
*5:弾道ミサイルとして軌道を取っていたとしても意図的か事故のためか判断できないでしょうし
*6:missileの中に、石とか矢が含まれることからもわかりますね。
*7:例えば、NASAなどの公的機関ではありませんが、http://www.aviation-central.com/space/usm50.htm では、アポロ計画で使ったサターン5型をmissileと書いてますね。”missile”に対する一般的な語感の違いがわかります。
*8:運搬ロケットの意
*9:http://obiekt.seesaa.net/article/116965945.htmlを参照のこと。時事通信の誤訳に対して同様の主張を行っている。ちなみに時事通信の誤訳はすぐ修正されその後は正しい内容で繰り返し報道されている。誤訳の内容が一般に広がっているとは言えず社会的影響は小さいと思われる。現状ではネット上のキャッシュ以外で誤訳の内容を知ることは困難。