2009年9月27日、ドイツで行われた総選挙の結果、社民党が大敗し大連立が解消することが決定しました。
キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)という左右の大政党による大連立が否定されたことになります。CDU/CSUのメルケル首相は続投し、CDU/CSUと自由民主党(FDP)による中道右派連立政権となる予定です。
欧州全体が保守化するとも言われますが、実際にはそう単純な話でもないようです。
左派の迷走?
ヨーロッパ政治史・政治学を専門とする野田教授*1によると、むしろ大政党が破れ「「5党態勢」が本格化したと見るべき」とのこと。
◇「5党態勢」本格化−−野田昌吾・大阪市立大教授(ヨーロッパ政治)
今回の独総選挙では「大政党が敗れた」印象が強い。惨敗した社会民主党の陰に隠れているが、キリスト教民主・社会同盟も戦後2番目に低い得票率だった。かつては民主・社会同盟は自営業者や農民、社民党は労働者といった固定支持層があったが、今は階級の差も不明確で、必ずしも票を得られなくなった。一方、他の3小政党がすべて得票率を10%台にしたのも歴史的だ。大連立への批判ももちろんあるが、社会の多様化に合わせて「5党態勢」が本格化したと見るべきだ。
実は民主・社会同盟と自由民主党の連立は世論調査では「良くない」という人も少なくない。規制緩和や大幅な減税など新自由主義路線で社会保障レベルが下がることを有権者は望んでいない。
メルケル首相は新自由主義路線を打ち出した前回総選挙で票を減らした。その教訓を得て、大連立政権では社民色の濃い政策を実施し、世論の支持を得た。今後、首相がどのような政権運営をするのかが注目される。
保守政権の誕生で、欧州全体の「保守化」が指摘される。だが、「保守」の中身は必ずしも明確ではない。サルコジ仏政権も、新自由主義的な路線を唱えたが実行できていない。むしろ左派が方向性を見失った結果、保守が票を得ているのが欧州の実情ではないか。【聞き手・斎藤義彦】
(毎日新聞2009/9/28)
http://mainichi.jp/select/world/europe/archive/news/2009/09/28/20090928dde007030014000c.html
実際、今回の選挙ではFDPが躍進した他、左派党も緑の党も躍進しています。*2
一方で、勝ったCDU/CSUも得票率では戦後2番目に低かったわけで新自由主義的な政策が必ずしも支持されたわけではないと言えます。CDU/CSUとFDPの勝因には両党が減税を主張していたこと、SPDが減税に反対していたことが大きいように思えます。*3。不況の中での減税という争点は有権者にとって大きかったでしょう。
選挙結果
政党名 | 2009年9月議席数 | 得票率 | 2005年議席数 | 得票率 | 議席数増減 |
---|---|---|---|---|---|
CDU/CSU*4 | 239 | 33.8% | 226 | 36.8% | +13 |
SPD*5 | 146 | 23% | 222 | 36.2% | -76 |
FDP*6 | 93 | 14.6% | 61 | 9.9% | +32 |
左派党 | 76 | 11.9% | 54 | 8.8% | +22 |
緑の党/同盟90 | 68 | 10.7% | 51 | 8.3% | +17 |
無所属 | - | - | - | - | - |
合計 | 622 | - | 614 | - | - |
ちなみに外務省のサイト*7では今回の選挙前議席数について、CDU/CSUは222、SPDは221、左派党は53、無所属が3となっていますが、2005年選挙後に無所属となったか、党籍の判定基準が違うのか、議員辞職があったのか、ちょっとわかりません。外務省のサイトでは2009年9月現在となってます*8。
ドイツの選挙制度
ここまで単にドイツの議会と言ってきましたが、これは連邦議会のことです。これとは別に連邦参議院というものがありますが、これは州政府の代表から成りますので今回はあまり関係ありません。
で、連邦議会ですが議席定員は598議席です。ところが前回の選挙でも今回の選挙でも、議席数がオーバーしていますね。これを「超過議席」と呼びます。
ドイツの連邦議会選挙は小選挙区比例代表併用制です。日本と似ているようですが、日本の場合は小選挙区の議席数は300、比例代表の議席数は180、とあらかじめ割り振られています。これに対し、ドイツではまず598議席全てが比例代表に割り振られています。そして政党の得票率に応じて議席が配分されます*9。一方で小選挙区については299の選挙区があり、第1位の候補者が必ず当選するようになっています。多くの場合、小選挙区の当選者は比例代表で議席を獲得した政党の所属であるので重複はしないのですが、たまに比例代表の選挙区配分では当選者を得られなかった政党候補が小選挙区当選者になることがあり、これが「超過議席」となります。
2005年の選挙では16議席、今回2009年の選挙では24議席の「超過議席」が発生しています。ちなみにこの超過議席の制度ですが、ドイツ連邦憲法裁判所からは違憲とされており*10、2011年6月までに改正するように求められています。なので、おそらく次回の連邦議会選挙では超過議席はなくなっているはずです。*11
恥ずかしいコメント
ヤフーニュースのコメント欄に多くを求めるのが間違っていると言えばそれまでですが。
fj1*****さん
韓国といい、ドイツといい、フランスといい、各国では政治的左派による運営の限界が明らかになって中道右派政権への回帰が進んでいるのに、日本だけが少なくとも一周遅れの左派政権にこれから乗り出そうとしている。国際的な空気の読めなさというものを感じざるを得ない。だいたい、新自由主義への転換も日本は欧米より20年は遅かった。小泉政権の誕生は、1980年代にあってもおかしくなかったのだ。時代遅れの左派の思想に執着する日本。将来の行方が本気で心配になる。
http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20090928-00000005-jij-int&s=points&o=desc
どうも勘違いしているようですが、2007年に当選したフランスのサルコジ大統領が右派として目立っていたためそれまで左派政権であったかのように思われがちですが、サルコジ以前のシラク大統領も右派ゴーリストですよ。1995年から右派UMP*12主導の政権が続いています。
当のドイツにしても2005年からCSU/CDUのメルケルを首相とした大連立政権ですから「政治的左派による運営の限界が明らかになって」という表現はおかしいですね。そもそもドイツは戦後大体10年程度で政権交代を行っています。「運営」の問題というより、経済問題や社会問題に原因を求める方が正道でしょう。
で、韓国の場合はそもそも政党の離合集散が激しい上に地域主義の問題もあって簡単に右派・左派言えるかどうか微妙。また、李明博政権支持率は最近回復しているものの長く低迷していた点も考慮すると、左派の「運営」の問題に帰着させるのは無理筋に思えます。
もっともそれ以前に民主党政権を左派と呼べるかどうか激しく疑問ですが。
私見(日本の話)
私見ですが、今回の選挙での自民党vs民主党の対立は新旧保守の対立でしかなかったのではないでしょうか。
結果としては、旧保守(民主・国民)+革新(社民)の連立政権ができたと。社民の要素を鑑みて、中道左派政権とは呼べるかもしれませんが、民主単独では贔屓目に見ても辛うじて中道ではないでしょうかね。
なので、私としては自民党は極右と保守に分裂して保守は民主党に合流。一方で民主党から革新が抜けて革新政党と合流して、保守と革新の二大政党に育つのが理想かなぁ、と思ってます。
まあ、自民党の分裂・消滅は可能性が高いとは思いますが、革新政党が育つかどうかは難しいように思いますけど*13。
*1:http://www3.osaka-cu.ac.jp/researchers/researchers/view/588
*2:ある意味では日本で社会党が自民党と連立後に衰退したのと同じような状況かも知れませんが、そう言い切るには調査不足。
*3:http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20090916k0000m030088000c.html ドイツ総選挙:減税が争点に浮上 【ベルリン小谷守彦】ドイツ総選挙(27日投開票)に向けて14日、野党3党代表がテレビ討論を行い、メルケル首相のキリスト教民主・社会同盟と新たな連立を目指す自民党のウェスターウェレ党首は、景気対策のために所得税減税が必要だと強調した。民主・社会同盟も「減税による経済成長」を公約に掲げており、減税問題が総選挙を左右する争点の一つに浮上した。
*7:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/germany/data.html
*8:全議員数が612議席とあったり611議席とあったりで、記載に不整合が見られる。
*9:得票率5%未満の政党は除外される。
*10:2008年判決
*11:http://mainichi.jp/select/world/news/20090924k0000m030080000c.html?inb=yt 毎日新聞「超過議席を認めた選挙法については、昨年、連邦憲法裁判所が違憲と判決し、11年6月までの改正を求めたが改正されていない。 ドイツは小選挙区比例代表併用制で有権者は2票を持ち、第2票が比例代表に投票され、598ある基本定数の議席配分全体を決定する。一方で、第1票は基本定数の半分(289)に設定された小選挙区で投票され、第1位の候補は必ず当選する。選挙区によっては、比例代表の議席配分より小選挙区での当選者の方が多くなるが、そのまま「超過議席」として認められる。このため定数が増えることがあり、現状では基本定数より13多い611議席だ。」