2010年度予算要求見直しと防衛費の今後について
2009年9月29日の閣議で鳩山内閣は、前麻生政権が策定した概算要求基準*1を撤廃することを決定しました。
与野党政権交代が成った以上、新政権が前政権の予算案を踏襲する方がおかしな話ですから時間の制約という問題を除けば、概算要求基準の撤廃自体は当然のことです。
鳩山由紀夫首相は28日、与党3党の党首らによる「基本政策閣僚委員会」で、10年度予算編成の基本方針を明らかにした。前政権が7月に策定した概算要求基準(シーリング)を撤廃、各閣僚に対し、10月15日までに新たな予算要求を出すよう指示する。29日の閣議で正式決定する。
http://mainichi.jp/select/biz/news/20090929k0000m010087000c.html
(毎日新聞2009/9/28)
政府は29日朝の閣議で、10年度予算の基本方針を決定した。前政権が策定した予算の大枠となる概算要求基準(シーリング)を廃止し、各省庁が10月15日までに新たな予算要求を提出する。
http://mainichi.jp/select/today/news/20090929k0000e020045000c.html
(毎日新聞2009/9/29)
今年7月に財務省が作成した概算要求基準が撤廃され、当然それを基準にして8月に作成された各省庁の概算要求も見直しすることになります。
この閣議を受けて各大臣が会見し予算関連の質問も当然されています。新たな予算要求提出の期限が10月15日でわずか2週間ほどですから気になる点です。
とは言え、大臣たちもなったばかりですから、何を減らすとか具体的なことはほとんど言えませんし、増やすとも減らすとも明言していません。ただ「見直す」といってる程度です。現時点で会見内容がWEBで公開されている総務省・農水省・財務省・外務省・厚労省・防衛省の大臣会見のいずれも似たような内容です。
ところが、北沢防衛大臣が「防衛費減額の考えはない」と断言したと報道されたようで嬉しそうにしている人たちがいます*2。
JSF氏のところで引用されている報道内容は以下の通り。
鳩山総理が来年度予算の概算要求の見直しを各省庁に指示したことに関連して、北澤防衛大臣は「減額する考えは私の頭の中に無い」と述べ、防衛予算の削減に消極的な姿勢を示しました。
http://obiekt.seesaa.net/article/129133521.html
防衛省では北澤防衛大臣が幹部を集め、来年度予算の概算要求の見直し作業を進めるよう指示しました。
北澤大臣は会見で、7年連続で削減されている防衛省関連の予算を、概算要求のおよそ4兆8000億円から削減することに消極的な姿勢を示しました。
北朝鮮の弾道ミサイルに対応するための地対空誘導弾=PAC3の配備を増強するなど、新たな装備についても北澤氏は「トータルの額に影響がないよう工夫されている」と述べました。
一方、沖縄の普天間基地の移設など、アメリカ軍再編に関連する予算が前の年度と同額で仮置きの形で要求されていることについては、「極めて微妙で、十分協議していく」と述べるに留まりました。(29日13:10)
何だか北沢防衛大臣が防衛費削減に反対しているかのような感じで、ちょっと不審に思ったので防衛省のサイトを直接確認してみました。
「減額する考えは私の頭の中に無い」という発言は確かにあるんですけど、ニュアンスは違うようです。
Q(引用者註:記者):鳩山政権として、無駄を見直していくという大方針があると思うのですけれども、一方で防衛予算は7年連続で削減を続けている中で、対外、国際的に見た上で、これ以上減らすことに関しては、対外的なメッセージとしてマイナスがあるという指摘もあると思うのですけれども、防衛予算が4兆8千億円の総額についても無駄を見直すという方向性において、減額するというお考えは現時点でお持ちでしょうか。
A(引用者註:北沢大臣):今、減額するという考えは私の頭の中にはないです。ただ、米軍再編とか、基地の有り様とかそういうものについて、今後新しい事態は当然、発生してくると思います。この間の沖縄視察で感じたことは、沖縄に大変過重な負担を掛けていると。これは米軍との連携の中で、我が国の防衛のあり方にも繋がる大きな問題でありますから、そういう意味で米軍に頼っていたものが、我が国で肩代わりをするというような交渉が仮に成立するとすれば、また大きな変化には繋がってくるのだろうなと思いますが、今、直近のところで予算にそれを反映することはないと思います。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/09/29.html
「減額するというお考えは現時点でお持ちでしょうか。」という質問に対して「今、減額するという考えは私の頭の中にはないです。」という回答ですから、”はっきりと予算削減に反対する姿勢を示した”*3と言うのは言いすぎでしょう。
何せ閣議で見直しを指示された当日の会見ですから、基本的に「減らす」とか「増やす」とか明言できません。”結論先にありき”の批判を避けるためにも、現時点で言えるのは「見直しします」ということだけで、結果として減らすか増やすか10月15日に発表します、という方針でしょう。
ちなみにJSF氏が引用した報道内容に関る会見内容を以下に示します。
ニュアンスの違いを感じ取ってもらえれば幸いです。
Q:大臣自身の頭の中に、新規の予算の中で、大型予算の中で、こういったものは必要ないのではないかというものを具体的にイメージしているものは何かありますか。
A:今、定数というのは、防衛計画の大綱の中に示されていて、そこは少し下がるようなところで推移していまして、これを大きく変えるというような発想はありません。ただ、これから策定しなければならない中期防衛力整備計画について、それを策定していく段階で、もし新しい提案があって、「どうするか」というようなことがあれば、今、おっしゃったような検討に入りますが、今のところはなかなかそういうことを想定するところまではないと思います。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/09/29.html
基本的に今後策定する中期防衛力整備計画で検討する、という程度の内容ですね。検討次第で、増額も減額もあり得ると解釈するのが自然でしょう。
次は「北朝鮮の弾道ミサイルに対応するための地対空誘導弾=PAC3の配備を増強するなど、新たな装備についても北澤氏は「トータルの額に影響がないよう工夫されている」と述べました。」に対応する箇所です。
Q:前政権下で決めてある防衛省の概算要求の中で、陸・海・空自衛隊の新規装備で新しい大型のものが幾つかあるわけです。例えば、陸上自衛隊であったら、新戦車を58両、4年間でまとめ買いをすると。海上自衛隊なら、ヘリコプター空母のような護衛艦を1隻造ると。航空自衛隊だったら、PAC−3の追加配備をやると。これらが陸・海・空のかなり大型の新規予算だと思います。これらについて、大臣はどのようにお考えになっていますか。
A:まだ、私自身がそこまで詳らかではないので、今どうこう言うことはできませんが、ただ防衛省の予算は、今おっしゃったような新しいものが予算計上され、それが、ポコンと上に乗るのではなくて、提言してきたものを見て新しいものを投入していくということであり、私が説明を受けている範囲では、バランスの取れた時期を見て新しいものを投入していき、トータルでの額に影響がないように、今までも努めているようですから、私は賢明な考え方だと思っております。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/09/29.html
「新たな装備について」というよりは、防衛省の予算計上の仕方について「工夫されている」と解釈するのが自然でしょうね。どうも記事が変です。
軍オタの不安は終わらない
今回の北沢防衛大臣の会見内容をJSF氏は以下のように評しています。
もちろんこれは北澤防衛大臣の考え方であって、鳩山首相(あるいは小沢幹事長)の鶴の一声で吹き飛ぶ可能性もあります。ですが、防衛大臣がはっきりと予算削減に反対する姿勢を示した以上、かなり大きな望みが出てきました。
http://obiekt.seesaa.net/article/129133521.html
私としては、「防衛大臣がはっきりと予算削減に反対する姿勢を示した」ようには見えないのですが、そこを譲ったとしても彼らの脳裏から防衛費削減の悪夢は去らないでしょう。
そもそも、まだ概算要求です。
予算の流れは、以下のようになってます。
財務省による概算要求基準の策定
↓
概算要求基準の閣議決定
↓
防衛省による概算要求の策定
↓
財務省主計局による予算案作成
↓
財務省原案の閣議提出
↓
財務省と防衛省間での復活折衝
↓
政府案の閣議決定
↓
予算案の国会提出
↓
衆議院・参議院の可決による予算成立
仮に北沢防衛大臣が概算要求額をほとんどそのまま提出したとしても、財務省に削られる可能性は高く、さらに政府案の段階で指摘される可能性も高く*4、最後に国会、特に社民党の協力を必要とする参議院を通過させられるかどうかも問題です*5。
参考までに記者会見の関連部分。
Q:今年に限って言えば、今までの防衛費に対して3%の上乗せ、約1000億円分が追加になってきて、8年目に逆にプラスに転じるような積極予算になっているのですが、この予算の姿についてはどうですか。
A:10月15日までにまとめることになりますが、総理の発想の中には、「なるべく減らせ」と、それから国家戦略局の菅大臣も、「予算が削減されることが、本来の目的であるので、鋭意努力してほしい」とおっしゃっています。それに対して、どうしても必要なものは、むしろ積極的にやるべきだという意見も閣僚懇の中でもありましたので、それはメリハリを付けて国民に積極姿勢を示しても十分理解できるようなものが、できれば、それで理解が得られるのではないかという気がします。まだ漠然としたお話しかできませんが、申し訳ございません。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/09/29.html
参考:2009年度防衛費予算の成立過程
参考までに自民党政権下で行われた予算編成の流れを防衛費について見てみましょう。
ニ 防衛関係費
前年度当初予算における防衛関係費に相当する額に100 分の99を乗じた額。
ちなみに2008年度の防衛費予算は47426億円ですから、1%減というと約500億円減の46951億円です。
↓
- 防衛省による概算要求の策定
「我が国の防衛と予算−平成21年度概算要求の概要−」*6によると、防衛省の概算要求額は48449億円。対前年比2.2%増、金額で1023億円の増額要求になってます。
財務省の概算要求基準から比べると、約1500億円オーバーです。言ってみれば、概算要求なんてこんなもんです。
↓
- 財務省原案の閣議提出
「平成21年度予算財務省原案」*7によると2009年度の防衛費予算の財務省原案は、47740億円(SACO・米軍再編関係費を除くと47028億円)。
概算要求基準からは若干譲歩してますが、防衛省の概算要求はばっさり切り捨てて結果としては減額になってます。
↓
- 政府案の閣議決定
「平成21年度一般歳出概算」*8によると2009年度の防衛費予算の政府案は、47741億円(SACO・米軍再編関係費を除くと47028億円)。
復活折衝で若干増額したのか、丸め誤差がよくわかりません。その程度の変化です。
↓
2009年度予算は政府案通り国会を通ってますから、2009年度の防衛費予算は47741億円(SACO・米軍再編関係費を除くと47028億円)で確定しました。
以上、見てきたように、防衛省が概算要求で前年度比増額要求をするのも、財務省がほぼ概算要求基準通りに概算要求を削って予算案を作成するのも普通のことでした。
2010年度防衛費予算はどうなる?
実は今年7月に策定された財務省による概算要求基準でも、防衛費は前年同様「前年度当初予算における防衛関係費に相当する額に100 分の99を乗じた額。」とされていました。そして防衛省も前年同様、概算要求基準をオーバーした概算要求を提出したわけです。概算要求額は前年とほぼ同様の48460億円。前年が減額だったため、前年度比では3%増という大きな要求になりました。
仮に自民党政権が続いていたとしても、この防衛省の概算要求は財務省によって概算要求基準レベルに削られていたことでしょう。
で、北沢防衛大臣ですが10月15日までの2週間程度で、どの程度概算要求に切り込めるかは不明ですが、おそらくそれほど深く切り込むことはしないでしょう。民主党の方針に明らかに反するような項目があれば削るでしょうが、個々の数量についての吟味は時間的に不可能でしょうから、ほとんど変わらない金額で出してくる可能性が高いでしょう。
その上で、財務省主計局で概算要求額を大幅に削減した財務省原案に対して、12月上旬ころには見直しが終わっているであろう中期防衛計画を基に、場合によっては大胆な復活折衝をやって例年並かあるいは、前年度比1〜2%減となるかも知れません。
そんな感じで、(一部の)軍オタの不安はまだまだ終わらないであろうなあ、と予測してます。
*1:http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h22/sy210701press.htm (参考)平成22年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について(閣議了解)
*2:http://obiekt.seesaa.net/article/129133521.html
*3:http://obiekt.seesaa.net/article/129133521.html
*4:閣内に社民党がいますし、そもそも予算削減を望んでいる鳩山内閣が防衛費の増額をすんなり通すとは考えにくいです。財務省原案の閣議提出は例年通りなら12月ごろで、その頃には防衛大綱や中期防衛計画の見直しがある程度進んでいるでしょうから遠慮なく削られる可能性がありますね。
*5:もちろん、自民党などと協力する可能性はありますが、参院選を考えるとそのような手は取らないように思います。
*6:http://www.mod.go.jp/j/library/archives/yosan/yosan.html