北沢防衛大臣の手腕・概算要求段階での防衛費削減
実は今回の概算要求見直しで、前年度当初予算を下回る額にまで絞るとは全く予測してませんでした。
せいぜい8月の概算要求である4兆8460億円から少し削った程度でお茶を濁すものと思ってました。
それがここまで切り込んでくるとは意外でした。
防衛関係費が8年連続減…概算要求・防衛省
防衛省は、09年度当初予算より19億円削った。防衛関係費が8年連続で減少する形だ。
8月に提出した概算要求は当初予算比3%増の4兆8460億円だったが、燃料費や修理代などの「一般物件費」を774億円削減した。
また、艦船や航空機など大型装備の分割払いにあたる「歳出化経費」で、10年度予算での支払いを11年度以降に繰り延べ、678億円削減した。繰り延べには、メーカー側との再契約や金利負担が必要となる。榛葉賀津也副大臣は15日の記者会見で「繰り延べの増加は健全ではないが、やむをえない」と述べた。
(2009年10月16日00時59分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20091015-OYT1T01131.htm
もちろん、多少の問題もあります。
懸念
例えば、「修理代を削った」ということは、「戦力の見掛け倒し化が進む」ということです。これはいざ実戦となった場合に数ほどの働きをしてくれない可能性が高くなることを意味します。ただし、プレゼンスとしてはそれほど低下しないので、抑止力はほぼそのまま維持されると見てよいでしょう。
これに関する北沢防衛大臣の会見での質疑は以下の通り。
Q:昨日、概算要求の見直しの発表が副大臣からありましたけれども、8年連続の防衛省関連予算の削減ということになりまして、(略)この概算要求について大臣は、「国の防衛に支障がないように」というような話を縷々されていましたけれども、この金額、この細目でご満足なさっているのか、これについて率直な意見をお願いいたします。
A:まず最初に、満足する状況にはありませんけれども、(略)国の防衛という大きな使命の中で、継続性も極めて大きいわけでありますから、何とか無駄がどこかにはないかというようなことで、ちまちまと探し歩くというのは、極めて寂しい思いをしながら、概算要求を政府方針に合わせてやったという心境を是非、ご理解いただいたいと思います。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/10/16.html
もうひとつは、分割払いの次年度繰り延べ、です。これははっきり言って、ローンの支払いを先送りしただけですから事実上は何も削っていないのに等しく、むしろ後々苦しくなる、と言う意味でマイナスです。ただし、これも今回の概算要求作成まで政権交代からわずか1ヶ月しかないという特殊事情*1を考慮するなら、来年度以降に吸収できるのではないかと思います。来年も同じことを繰り返すようなら民主党の予算編成能力には大きな疑問符がつくことになるでしょうが、今回については許容範囲内と思います。
これに関する北沢防衛大臣の会見での質疑は以下の通り。
Q:繰延額が増えています。いわゆる借金の先送りということで、将来の財政高騰化を招くかと思うのですけれども、この件については如何お考えでしょうか。
A:過去にも2度、3度あった話ですから、民間の協力もギリギリのところにきているのではないかと思いますし、決して健全な話ではないので、この辺りが限界かなと思っておりまして、今回は、新内閣としての初仕事でありますから、民間にもご協力をお願いするべく丁寧に説明をしてまいりたいと思っておりますが、今後は健全な財政、予算の執行、これを行っていかないといけないと思っております。
http://www.mod.go.jp/j/kisha/2009/10/16.html
防衛費
財務省のサイトからここ10年ほどの概算要求と当初予算を防衛費について抽出したのが以下です(SACO・米軍再編関連含む)。
年度 | 概算要求額 | 当初予算 | 前年度当初予算比 | 概算要求比*2 |
---|---|---|---|---|
1998 | - | 4,939,387 | - | - |
1999 | 4,947,599 | 4,931,913 | 0.2% | -0.3% |
2000 | 4,998,443 | 4,935,503 | 1.3% | -1.3% |
2001 | 4,998,264 | 4,954,996 | 1.3% | -0.9% |
2002 | 4,987,456 | 4,955,693 | 0.7% | -0.6% |
2003 | 5,020,451 | 4,952,662 | 1.3% | -1.4% |
2004 | 4,986,140 | 4,902,618 | 0.7% | -1.7% |
2005 | 4,959,697 | 4,856,006 | 1.2% | -2.1% |
2006 | 4,911,616 | 4,813,577 | 1.1% | -2.0% |
2007 | 4,886,525 | 4,801,306 | 1.5% | -1.7% |
2008 | 4,836,970 | 4,779,650 | 0.7% | -1.2% |
2009 | 4,881,979 | 4,774,135 | 2.1% | -2.2% |
一見してわかるように少なくともここ10年間、防衛省*9は前年度当初予算を下回る概算要求を出したことがありません。そして概算要求額を上回る予算が成立したこともありません。
ところが今回の見直し概算要求額は4兆7008億円*10。麻生政権下での8月の概算要求では4兆8460億円*11でしたから、1500億円近く削ったことになります。
それどころか、前年度当初予算4兆7028億円*12すら下回る額です。
前年度当初予算を下回る概算要求は、上記の通り少なくともここ10年間なかったことです。
概算要求を上回る予算がつくことはまずあり得ませんから*13、北沢防衛大臣は鳩山政権での予算面での職責をよく果たしたと言えます。しかも”たった”1ヶ月です。
正直これは評価すべきことと思うんですが、概算要求総額90兆半ば、のニュースで大騒ぎしていてあまり評価の声が聞こえてこないのが残念です*14。
別のエントリで書くつもりですが、「概算要求総額90兆半ば」ってのは早くから予測できたことで、鳩山政権にとっても想定の範囲内ですから、特に大騒ぎするようなことではありません。
「8年連続の防衛省関連予算の削減」という表現が多用されてますが、確かにそれは間違いではないでしょうが*15、それよりも前年度当初予算を下回る概算要求を作成したことの方が大きなトピックだと思います。
概算要求額から増える可能性
一般的に概算要求を超える予算がつくことはありませんが、例外があります。2003年〜2005年度のように裁量的経費を概算要求とは別枠にしていることもありますが、今回の予算で起こりそうなのは、米軍関連です。現在のSACO関係112億、米軍再編成関係602億というのは、前年度額そのままになってます。
そして、普天間関連での米軍との調整はまだまだこれからになります。その中で概算要求と別枠として防衛関連費要求額に加算される可能性は少なからずあります。
そういうわけで、やはり政府案が完成する12月ごろまでは予断を許さない状況であることは変わらないでしょう。
その意味で、これからが面白いと言えます。
北沢防衛大臣は予算削減に反対していた?
さて、”日本最大の軍事系ブロガー”を自称するJSF氏は9月29日の北沢防衛大臣の会見内容を以下のように評しました。
もちろんこれは北澤防衛大臣の考え方であって、鳩山首相(あるいは小沢幹事長)の鶴の一声で吹き飛ぶ可能性もあります。ですが、防衛大臣がはっきりと予算削減に反対する姿勢を示した以上、かなり大きな望みが出てきました。
http://obiekt.seesaa.net/article/129133521.html
現時点での概算要求を見る限り、JSF氏の「かなり大きな望み」は潰えた、と言っていいでしょう。
そもそも「はっきりと予算削減に反対する姿勢を示した」と言えるかどうかも疑問ですが。
*1:本来なら概算要求は5月から8月にかけて3ヶ月以上かけて作成する。
*2:同年度内での概算要求額に対する当初予算の増減割合
*3:2000年度防衛庁概算要求額は4,092,799百万円だが、この他に新設省庁(3ヶ月分)に相当する905,644百万円があり、それを加算すると4,998,443百万円となる。http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sy054a.htm
*4:2002年度の概算要求額は8月末の4,724,527百万円に、構造改革特別要求額262,929百万円を加算した4,987,456百万円とした。
*5:2003年度は概算要求額4,401,343百万円に、裁量的経費重点化措置要望額619,108百万円を加算した5,020,451百万円とした。
*6:2004、2005年度は概算要求額に裁量的経費要望額を加算。
*7:2006年度の当初予算は、2007年度との比較のため組替えされた額を使用。組替え以前の額は4,813,918百万円
*8:2008年度概算要求には重点施策推進要望額1,518百万円を除く
*10:SACO関係112億、米軍再編成関係602億を除いた額
*11:同じく、SACO関係112億、米軍再編成関係602億を除いた額
*12:同じく、SACO・米軍再編関係を除いた額
*13:ただし、これまでも構造改革特別要求額、裁量的経費要望額などの名目で追加されたことがあるので可能性が皆無というわけではない。
*14:防衛省に限りませんが、今回の予算編成までの動きは、今後、官僚機構が政権交代の可能性を踏まえた物に変わっていく契機になると思います。
*15:まず間違いなく概算要求額以下で当初予算が成立するでしょうから