日韓通貨スワップ協定拡大措置不延長

決定しましたね。

日韓通貨交換協定:延長せず、打ち切り 韓国と合意
毎日新聞 2012年10月09日 12時56分(最終更新 10月09日 13時11分)

 城島光力財務相は9日、10月末に期限を迎える日韓通貨交換(スワップ)協定の拡大措置を延長せず、打ち切ることで韓国と合意したと発表した。スワップ協定の規模は11月以降、700億ドルから130億ドルに縮小する。また、城島財務相は11日に韓国の朴宰完(パク・ジェワン)企画財政相と東京都内で日韓財務相会談を行うことも発表した。
 スワップ協定の拡大措置をめぐっては、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領の島根県竹島上陸や天皇陛下に対する謝罪要求発言を受けて、安住淳財務相が8月、打ち切りも視野に「白紙で考える」としていた。城島財務相は「今回の決定は純粋に経済、金融面の要素に基づいた判断で政治的なものではない」と強調した。
 日韓両政府は昨年10月、欧州危機の影響で韓国の通貨ウォンが急落したことを受け、経済危機時などに相手国通貨との交換でドルなど外貨を融通し合うスワップ協定の規模拡大で合意した。【永井大介、和田憲二】

http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e020163000c.html

正直言うともう少し議論するかと思いましたが、まあ韓国の方から愛想を尽かされた感じですね。
何度も言っていますが、拡大措置を終了したところで現状の経済情勢では韓国経済に打撃にはなりませんし大した痛手でもないでしょう。それに近い将来、仮に欧州情勢が急激に悪化して韓国に通貨危機が起きたとしたら、結局は再度拡大措置を講じる必要が生じるでしょう。その時は次期韓国政権と日本側は安倍内閣かも知れませんが。
しかし、やはり可能性としては低いですね。

直接的な影響はありませんが、「城島財務相は「今回の決定は純粋に経済、金融面の要素に基づいた判断で政治的なものではない」と強調」したのは誰が見ても嘘で、明らかに政治マター*1ですから、アジア全体の通貨対策に対する日本の姿勢に対し、特に東南アジア各国は不審の目を抱くことになるでしょうね。ただし、不信感のようなものは表面化しにくいので、明らかな影響を見て取るのは難しいでしょうが。

とは言え、「経済、金融面の要素に基づいた判断」というのは強ち間違いでもありません。現実問題として韓国経済に対する打撃にならないからこその停止です。

二国間通貨スワップの時限的な増額部分の終了について
2012年10月9日
日本銀行

今般、財務省及び日本銀行は、韓国企画財政部及び韓国銀行との協議の上、日韓通貨スワップの時限的な増額部分(注)を2012年10月31日に予定通り終了することとした。
日韓両財務当局、中央銀行は、これまでの時限的な増額がグローバルな金融不安の両国経済への波及を抑え、また、韓国の為替市場や地域の金融市場の安定確保にも大きく貢献してきたと認識している。
足下では、両国の金融市場が安定し、マクロ経済の状況も健全であるとの認識の下、日韓両国は日韓通貨スワップの増額部分の延長は必要がないとの結論に至った。同時に、日韓両国は、日韓及び世界経済の状況を今後注意深くモニターし、必要が生じた場合には適切に協力することにも合意した。
(注) 日本銀行と韓国銀行は、2012年10月末まで有効な時限措置として二国間通貨スワップの上限を30億ドル相当から300億ドル相当に増額。日本財務省と韓国銀行は、チェンマイ・イニシアティブの下での100億ドルの二国間スワップに加え、2012年10月末まで有効な300億ドルの新しいドル・自国通貨のスワップを設定している。

http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/rel121009f.htm/

貿易規模に応じた対応、あるいはアジア経済の中での日本のプレゼンスを示すために拡大措置を延長することはそれなりに意味のあることですが、”純粋に”経済、金融面の要素に基づいた判断で拡大措置を終了するなら、それはそれで問題ありません*2。問題なのは、政治マターに絡めたことです。領土問題や歴史認識問題と絡めた発言を日本政府がしたことで、純粋な経済、金融面の要素に基づいた判断とは見えなくなったことが問題なのです。


さて通貨危機というのは既に一国だけで防衛するのが難しいのですが、それは国際的な金融規模がそれだけ巨大化していることを意味しています。これは1997年のアジア通貨危機*3の時には既に教訓とされ、これに対抗するために当時アジア通貨基金(AMF)構想が生まれました。アジア通貨基金は結局流産しましたが、複数の二国間通貨スワップ協定の集合体という形のチェンマイ・イニシアティブ(CMI)が2000年に誕生します。IMFリンクなど機動性に制約があるものの、CMIは東・東南アジア地域全体での通貨防衛のための枠組みです。
ここで重要なのは、CMIは通貨危機という”共通の敵”に対する”共同防衛”であるという点です。そのため通貨防衛力の弱い多くの国は通貨の共同防衛に頼るところが大きく、ヨーロッパでも従来のヨーロッパ金融安定化基金(EFSF)をヨーロッパ安定化機構(ESM)へと発展させる*4など積極的に動いています。
もっとも通貨防衛力の強い国にとっては、通貨の共同防衛はそれほど魅力的な概念ではありません。巨大な外貨準備を誇る日本がまさにそれですが、アジア通貨基金構想の際に日本やアメリカと同じく共同防衛に消極的だったのが中国です。2000年当時の中国は外貨準備が1656億ドル*5と微々たるものでしたが、人民元を厳しく管理していたため通貨危機の可能性自体が低く、通貨の共同防衛の必要性を感じなかったのでしょう。
2000年当時のアジアにおいて日本の通貨防衛力は突出しており、閉鎖的な中国を別にすると韓国はじめ他の諸国はその他大勢に過ぎませんでした。そのため、日本・中国以外のアジア各国は通貨の共同防衛体制の構築とそれへの日本の協力を求めたわけです。
日韓通貨スワップ協定について、日本による韓国への「支援」であるとする思考は、この日本の突出した通貨防衛力が背景にあります。CMIにしても、”日本は単独で円を防衛できるが、諸外国にも通貨防衛力の傘を恩恵として与えよう”という認識が強いわけです。こういった自大な自意識に韓国差別の感情が連動し、”日韓通貨スワップ協定を破棄しても困るのは韓国だけ、例え韓国経済が崩壊しても日本にはほとんど影響ない”という誤った認識を生んでいます*6
しかし、仮に韓国経済が崩壊した場合、日本への直接的な影響が少なくてもASEAN諸国などに影響が生じ通貨危機が波及する可能性が高いわけです。ASEAN諸国の経済が悪化した場合、現地に進出している日本企業が影響を受け、結果として日本にも多大な影響が出るわけです。韓国だけが崩壊して他に影響を与えない、なんてことはあり得ません。日本の経済力に比べれば韓国は小国ですが、それはあくまで日本と比較した場合であって、国際的には無視できるような経済規模の国ではありません。この単純な事実が、韓国差別に目を曇らせている人にはどうしても理解できないようです。
いずれにせよ、今回の拡大措置終了で韓国経済が混乱する可能性はほとんどありません。にも関らず、わざわざ領土問題や歴史認識問題を絡めたことで、日本は通貨の共同防衛に当たって政治的な見返りを要求する国と見られることになりました。つまりは外交的な汚点を残した民主党政権の失策です。
繰り返しますけど、終了するなら粛々と静かに終了し「両国の金融市場が安定し、マクロ経済の状況も健全であるとの認識の下、日韓両国は日韓通貨スワップの増額部分の延長は必要がないとの結論に至った」と言えば良かったのです。

ただ、国内向けのパフォーマンスとしては成功したかもしれませんね。それに何の意味があるのかわかりませんが、「韓国への報復」だとか浮かれている人たちが多いようです。とてもおめでたい人たちだと思います。

ところで、一方の中国ですが2000年以降着々と外貨準備を増やし、2008年時点で1兆8000億ドルを超えています*7。8年前に比べて10倍以上に増えており、外貨準備高だけを見れば通貨防衛力は日本を凌駕しています*8。通貨・人民元を開放しても防衛できる自信を持って2005年頃から徐々に通貨の開放を進め、2008年以降は通貨スワップ協定の形で国際化を進めています。
2011年に日本が日韓通貨スワップ協定の規模を拡大した1週間後に、中国も中韓通貨スワップ協定を拡大しています*9
中国の進めている通貨スワップ協定は、通貨の共同防衛という消極的な目的から一歩進んで貿易決済にも利用し、為替リスクを減らすなどして貿易促進を狙う積極的なものになっています。通貨スワップ枠が外貨準備を積み増すものという発想から、人民元との通貨スワップ=事実上の人民元建て外貨準備、として利用するわけで、人民元の国際化に向けた動きと言えます。

通貨スワップ協定に積極的な意義と見いだし経済・外交に利用する中国と比べると、排外差別の声に振り回され隣国との通貨スワップ協定すら満足に利用できない*10日本の外交はとても情けないと思いますね。

*1:軍事に政治が介入するのを嫌うのはネット上や戦史ものではよく聞く話ですが、金融・外交に政治が介入するのは気にならない人が多いようです。軍事だけは高級・高等なものだと思い込んでいる人が多いからなぁ・・・

*2:とは言え、CMIの枠組みでは増額はそのまま続けていますので微妙な判断とはいえますが。

*3:ちなみに日本の銀行はアジア通貨危機の際、いち早くアジアへ投資していた資金を回収しています。これに対して欧米系の銀行は日本のような露骨な回収を行なっていません。http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_03_06.pdf しかし、結果としてアジア通貨危機後の日本の影響力は低下しました。

*4:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/k10015600461000.html

*5:http://www.brics-jp.com/china/gaika_jyunbi.html

*6:嫌韓一辺倒な人はとかく、日本が韓国に対して比較優位であることばかり強調して韓国を切り捨てて構わないと言った、ゼロサムな思想に染まっていることが多いのですが、日本が比較優位なんてのは大前提で話をしていますのでまるっきり的外れなんですよね・・・

*7:http://www.brics-jp.com/china/gaika_jyunbi.html

*8:実際には外貨準備の構成や資本の流出入の状態などによるため、外貨準備高だけで一概に判断できるものではありません。

*9:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111031/1320065157

*10:スワップの発動という意味ではなく