政治犯の定義に関する資料の紹介

韓国の高裁が靖国放火犯を政治犯として日本に引き渡さず中国に引き渡したことで、ネット上でも色々言われていますが、何をもって政治犯罪とみなすか、について踏まえた意見が見当たらなかったので、資料提示。

 政治犯不引渡が国際法上の問題となって以来、さまざまな方法で政治犯罪の概念を定義しようとする試みがなされてきた。たとえば、一は、犯罪人の動機をとりあげ、二は、犯罪の目的に着目し、三は、犯行の際の事情に注目し、四は、大逆罪、大逆未遂罪のごとき特別の犯罪にその意味を限定するなどである。確かに政治犯罪の概念は定義しやすいものではないが、今日の支配的な見解によれば、少なくとも『国家の権力関係、および国家の機構に対する攻撃』は、すべて政治犯罪であるとされている。この点については、ローターパクト(H. Lauterpacht)が政治犯罪の概念を定義することの困難さを指摘し、不可能であると結論づけているように、右のような純粋な政治犯罪についての困難さは、実際にはその概念自体についてではなく、その概念を定義するときにあらわれるだけである。したがって、政治犯罪の概念の困難さは、純粋な政治犯罪について生ずるのではなく、まさに相対的政治犯罪についてのみ言われるべきである。
 相対的政治犯罪とは、絶対的政治犯罪、すなわち、純粋な政治犯罪が、国家に対して向けられたものであって、普通犯罪の要素を全く示さないのにたいし、それが政治的行為と密接に関連しているため、通例政治犯罪とみなされる普通犯罪であるとされている。したがって、相対的政治犯罪は、政治犯罪の要素と普通犯罪の要素のいずれをも含ことになる。問題は、この両方の要素のどこに一線を画して、政治犯罪であると普通犯罪であるとを判断し分けるかにあるのであって、その際の規準が、相対的政治犯罪の概念を定義する問題と密接に関わり合っているのである。実際、相対的政治犯罪については、その概念の定義のみならず、その概念自体についてさえもなかなか見解が一致していないのが現状である。

http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6284/1/A05111951-00-021000001.pdf

 1 ワシリエフ事件 (スイス連邦裁判所、一九〇八年七月一三日判決)
(略)
その行為が相対的政治犯罪であるためには、その政治犯罪的要素が普通犯罪的要素を凌駕していなければならないとしたのである。これが、いわゆる優越理論と言われる所以である。同裁判所は、さらに、この理論について次の三つの要件に分けて説明している。
 右のような相対的政治犯罪の要件を備えるためには、まず第一に『その行為が、純粋な政治犯罪、つまり、国家の政治的秩序または社会的秩序に対して向けられた犯罪を準備し、もしくはその成功を惹起する目的で行われ』たものでなければならない。第二に『国家機関の変革に向けられた党の最終目的と問題になっている犯罪との間に、直接的な関係が存在』しなければならない。第三に『このような狭義の政治的最終目的が存在する場合であっても、その行為は、選ばれた手段の忌わしさに応じて政治犯罪の性質よりも普通犯罪の性質を優越的に(vorwiegend)有しうるという、それ以上の制限が加えられなければならない。』、『「人間性にとって、個人の生命よりも価値のある利害関係が賭けられている」という前提のもとにおいてのみ、連邦議会は、優越的に政治犯罪であるとの、暗殺の法律関係の性質決定を正当とみなしたのである。』
 以上を整理すると、普通犯罪が相対的政治犯罪であるとみなされるための、すなわち、犯罪の政治的要素が普通的要素をうわまわるための要件は、次のようになる。

 (1)その行為が、純粋な政治犯罪の成功を準備または確保する目的で行われたものであること
 (2)行われた犯罪とそれによって追求された目的との間に直接的な関係が存在すること
 (3)行われた犯罪は、追求された政治目的との釣合いを失した残虐行為を含むものではないこと

http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6284/1/A05111951-00-021000001.pdf


上記はスイスの事例ですが、相対的政治犯罪の定義についてはある程度普遍性があると見ていいと思います。

で、靖国放火犯ですが、明らかに目的は政治的であり、戦争賛美の神社の建築物破壊のための放火で目的と直接的な関係があり、現住建造物放火のように無関係の人を巻き込むような犯罪ではなく追及された政治目的との釣り合いを失した残虐行為を含まない、とみなすことができます。

したがって、韓国高裁が政治犯罪とみなしたこと自体は不当とは言えないように思います*1

特に(3)の条件である「釣合いを失した残虐行為を含むものではない」というのは、今回の場合重要なのではないでしょうか。

*1:とは言え、冷え込んだ日韓関係や安倍極右政権に対する評価などが、少なくとも高裁の判断を受け入れた韓国政府側で考慮されたことはまず確かでしょうね。