「正社員になりたい非正規は7.6%」という詐術表現の読解

少し古いですが、この件です。

「非正規=悪」と野党叫ぶも正社員になりたい非正規は7.6%

2014.12.15 07:00
 第3次安倍晋三政権がスタートする。本稿は投開票日前に執筆しているが、与党圧勝が確実な情勢である。アベノミクスは信認されたとはいえ、まだ道半ばだ。とりわけ農業、医療と並んで岩盤規制といわれる雇用分野の規制改革は、これからが本番である。
 政策の中身に入る前に、選挙戦で野党が声高に指摘した非正規雇用の現状について確認しておきたい。野党は「非正規が雇用の4割を占めるのは異常」と唱えて、あたかも非正規=悪といったイメージをまき散らしたが、実態はどうなのか。
 総務省非正規雇用者(総数1952万人)を対象に「なぜ非正規を選んだか」アンケート調査している。それによると「自分に都合のよい時間に働きたいから」という回答が全体の25.4%でトップを占めた。
 次に「家計の補助・学費等を得たいから」が20.6%、「家事・育児・介護等と両立しやすいから」が12.2%、「専門的な技能等をいかせるから」が8.6%、「通勤時間が短いから」が3.7%だ。以上で全体の7割である。
「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由はどれくらいかといえば、実は17.1%にすぎない。
 非正規雇用者のうち転職希望者は22.9%に過ぎず、そのうち「正規の仕事がないから」非正規に就いていて転職希望となると148万人、全体の7.6%にとどまっている(2014年7〜9月期平均)。
 これらの数字が示しているのは、非正規雇用の大部分は自己都合であり「本当は正規で働きたい」という人は世間が思うほど多くはない、という現実である。
 安倍政権は2014年度に従来の雇用調整助成金を半額以下に減らした代わりに、労働移動支援助成金を150倍以上に増やした。前者は一時的にリストラせざるを得なくなった事業主が雇用を維持した場合に支給するのに対して、後者は社員の再就職を支援した場合に支給する制度だ。
 どちらが前向きかといえば、後者である。
 左翼勢力は正社員の首切り反対一辺倒だった。非正規が増えたのは、その反動だ。この2年間で就業者は増え、失業は減った。次はフレックスタイム制など多様さの拡大、成果主義の導入、それに同一労働・同一賃金の確保が課題である。
■文/長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年 新聞は生き残れるか』(講談社
週刊ポスト2014年12月26日号

http://www.news-postseven.com/archives/20141215_292531.html

まず、長谷川氏の解釈をそのまま受け入れるとしても、非正規雇用者(総数1952万人)のうちの7.6%は、148万人であり決して無視できる数字ではありません。この148万人は、転職を希望しているものの「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たちの数です。2014年衆院選での民主党小選挙区得票数が1200万票程度であったことを考えれば、一割に相当し無視できない票田と言えます。さらに転職希望の有無を問わない「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たちの数について、長谷川氏は「実は17.1%にすぎない」といかにも少ないように言っていますが、人数にすれば313万人に達します。
ちなみに非正規雇用者1952万人とは、933万人のパート、402万人のアルバイトを含めた数で、派遣社員だけなら116万人、契約社員なら293万人という規模になります。雇用形態別の転職希望者数が不明なので何とも言えませんが、転職希望者の多くは、派遣社員契約社員に偏っていることが推定されます。
したがって、長谷川氏が7.6%という数字の母数として出している1952万人という数字は、問題となっている「非正規雇用の現状」を語る上で適切と言えるか相当に疑問です。
第1−3表 現職の雇用形態についた主な理由,転職等希望の有無別非正規の職員・従業員数(エクセル:387KB)

また、長谷川氏が“非正規雇用は本人の選択”であるかのように誘導している「「自分に都合のよい時間に働きたいから」という回答が全体の25.4%でトップ」「「家計の補助・学費等を得たいから」が20.6%」ですが、この回答の多くは、933万人のパート、402万人のアルバイトの回答であろうと推認できます。「「家事・育児・介護等と両立しやすいから」が12.2%」というのも契約社員派遣社員よりもパートやアルバイトの回答であると考えるのが自然でしょう。
このパート・アルバイトの1300万人を除いた非正規雇用者650万人を母数とし、「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たちが全てこれらに含まれると考えると、その比率は48%に達します。転職希望者148万人に限定しても23%です。もちろん、「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たちの中にはある程度のパートやアルバイトも含まれるでしょうから、この比率はより小さくなる可能性はありますが、「非正規雇用の大部分は自己都合」という長谷川氏の指摘に疑問符をつけるには十分でしょう。

 これらの数字が示しているのは、非正規雇用の大部分は自己都合であり「本当は正規で働きたい」という人は世間が思うほど多くはない、という現実である。

http://www.news-postseven.com/archives/20141215_292531.html

「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たちは313万人、そのうち転職希望を表明している人だけでも148万人。世間がどう思っているのかわかりませんが「多くはない」と言えるような規模ではないと思います。

 安倍政権は2014年度に従来の雇用調整助成金を半額以下に減らした代わりに、労働移動支援助成金を150倍以上に増やした。前者は一時的にリストラせざるを得なくなった事業主が雇用を維持した場合に支給するのに対して、後者は社員の再就職を支援した場合に支給する制度だ。
 どちらが前向きかといえば、後者である。

http://www.news-postseven.com/archives/20141215_292531.html

こういう指摘をするのなら、パートやアルバイトも含めた「非正規雇用者(総数1952万人)」を母数とした割合を示して議論するのはおかしいでしょう。

 左翼勢力は正社員の首切り反対一辺倒だった。非正規が増えたのは、その反動だ。この2年間で就業者は増え、失業は減った。次はフレックスタイム制など多様さの拡大、成果主義の導入、それに同一労働・同一賃金の確保が課題である。

http://www.news-postseven.com/archives/20141215_292531.html

非正規が増えたのは左翼のせいだと言わんばかりの記述ですが、非正規が増えたのは直接的には企業側の選択の結果であり政治がそれを許したからです。それをスルーして、非正規が増えたのは左翼が正社員の首切りに反対したせいだとするのは悪質な責任転嫁でしょう。
「この2年間で就業者は増え、失業は減った」と言っていますが、ちなみに同期間の完全失業者数は238万人です。「正規の仕事がないから」非正規労働者をせざるを得ない人たち313万人、うち転職希望を表明している人148万人は、完全失業者数に匹敵する規模であることがわかります。
「「非正規=悪」と野党叫ぶも正社員になりたい非正規は7.6%」というタイトルが実態にそったものとはちょっと思えませんね。