2013年からの就業者数の増加はアベノミクスとは関係ありません

松尾匡氏や野口旭氏など就業者数の増加をアベノミクスの成果とみなしている人は多いんですが*1、これは根拠がありません。

同様の主張をしているいくつかの記事を見ても、第二次安倍政権成立と就業者数増加のタイミングが同じだったから関係あるに違いない、くらいの根拠しか書かれておらず、アベノミクスのどのような施策が具体的にどのように作用して就業者数増加をもたらしたかを、論理的に説明している記事は見当たりませんでした。

ですので、一応こちらでアベノミクスが2013年からの就業者数増加に寄与するメカニズムを仮定してみます。

仮説:アベノミクスへの期待から企業が雇用を増やし、結果として就業者数が増えた

円安傾向と株価上昇が始まったのは野田政権下の2012年9月ですが、これが予想される安倍政権での金融緩和を見据えた動きであることは容易に理解できます。これに伴い企業が需要増を予測し、それに備えるために雇用を増やす方向に動き、結果として就業者数が増えた、という仮説です。
それなりに説得力はある仮説だと思います。

では、この仮説が正しいかを検討してみましょう。
企業が近い将来の需要増を見据えて雇用を増やす場合、普通に考えれば新卒や中堅の年齢層を対象とするはずです。すなわち、15歳~44歳くらいまでの年齢層で就業者が増えていれば、この仮説の傍証になります。

しかし、これが実は成立しません。

就業者数(万人)
時期 全体 15-64歳 15~24歳 25~34歳 35~44歳 45~54歳 55~64歳 65-歳
2011年10月 6314 5740 472 1211 1536 1286 1236 574
2012年10月 6332 5703 481 1181 1528 1320 1194 629
2013年10月 6383 5712 480 1168 1539 1346 1180 671
2013-2012年差分 +51 +9 -1 -13 +11 +26 -14 +42
2013/2012年増減率(%) +0.81 +0.16 -0.21 -1.10 +0.72 +1.97 -1.17 +6.68

就業者数の実数だけで見ると15~34歳の年齢層では就業者数が減っています。アベノミクスは少なくとも2013年の時点では若年層の雇用創出に成功していないわけです。
しかし、就業者数だけを見ると35~54歳では増えており55~64歳では減っているものの65歳以上では大きく増えているとも言えます。実数だけ見れば、それは間違いではありませんが、この場合は年齢階級別人口を考慮するべきです。

人口(万人)
時期 全体 15-64歳 15~24歳 25~34歳 35~44歳 45~54歳 55~64歳 65-歳
2011年10月 11116 8133 1243 1529 1908 1560 1893 2983
2012年10月 11114 8024 1230 1490 1894 1594 1815 3090
2013年10月 11113 7914 1222 1454 1879 1619 1739 3199
2013-2012年差分 -1 -110 -8 -36 -15 +25 -76 +109
2013/2012年増減率(%) -0.01 -1.37 -0.65 -2.42 -0.79 +1.57 -4.19 +3.53

この2012年から2013年の人口増減率を就業者数増減率と並べてみます。

2013/2012年増減率(%)

項目 全体 15-64歳 15-24歳 25-34歳 35-44歳 45-54歳 55-64歳 65-歳
人口増減 -0.01 -1.37 -0.65 -2.42 -0.79 +1.57 -4.19 +3.53
就業者数 +0.81 +0.16 -0.21 -1.10 +0.72 +1.97 -1.17 +6.68
PT差分 +0.80 +1.53 +0.44 +1.32 +1.51 +0.40 +3.01 +3.15
就業者数差分 +51 +9 -1 -13 +11 +26 -14 +42

この見方ですが、就業者数が減っていても人口の減少率よりも減少率が小さければ雇用が改善していることになり、逆に就業者数が増えていても人口の増加率よりも低い増加率なら雇用は悪化していることになります。そうしてみると、2012年から2013年については全ての年齢階級で雇用は改善していることがわかります。
これがアベノミクスの効果と言えるかどうかは、どの年齢階級で一番雇用が改善しているかを見るとわかります。就業者増加率が人口増加率より3ポイント以上大きいのは、55歳以上の年齢階級です。
55~64歳の年齢層は就業者数は減少しているもののそれ以上に人口が減少しているため、相対的に雇用が大きく改善しています。
65歳以上の年齢層は人口が増加していますが、それ以上に就業者数が増えているため、こちらも相対的に雇用が大きく改善しています。

55~64歳の年齢層は2013年4月から開始された年金支給開始年齢の段階的引き上げの影響が考えられます。60歳定年で退職した後に非正規で再雇用されるなどして、就業者から非労働力人口へ移行しなかった人たちがいたため、本来の人口増減を考慮すればならもっと減少したはずの就業者数がそれほど減らず、そのために就業者数を押し上げたと考えられます。この場合、アベノミクスとはほとんど何の関係もありません。
65歳以上の年齢層は団塊世代がこの年代に達したため、人口が急速に増えています。団塊世代は就業意欲が高く65歳になっても就業を続けることが多く、結果として就業者数を押し上げています。団塊世代の65歳以上への流入民主党政権時代から見られ、就業者数の押し上げ要因になっていますので、これもアベノミクスの成果とは言いがたいところです。

もちろん人口増減率と就業者数増率減の差分を見てもわかるとおり、2012年から2013年にかけて全年齢階級において雇用が改善しており、これ自体は否定できません。ただし、それがアベノミクスと直接的に結びつかないだけです。

2012/2011年増減率(%)

項目 全体 15-64歳 15-24歳 25-34歳 35-44歳 45-54歳 55-64歳 65-歳
人口増減 -0.02 -1.34 -1.05 -2.55 -0.73 +2.18 -4.12 +3.59
就業者数 +0.29 -0.64 +1.91 -2.48 +0.52 +2.64 -3.40 +9.58
PT差分 +0.30 +0.70 +2.95 +0.07 +0.21 +0.46 +0.72 +5.99
就業者数差分 +18 -37 9 -30 -8 +34 -42 +55

実際、民主党政権期間の2011年から2012年にかけても、人口増減率と就業者数増率減の差分は全年齢階級において改善しています*2

では、就業者数は2013年からなぜ増加したか、というと、それに最も貢献したのは55~64歳の年齢階級の就業者数であろうと考えられます。2011年から2012年にかけて42万人も就業者数を下げていた55~64歳の年齢階級が、2012年から2013年にかけては14万人しか下げておらず、その差は28万人分です(2011年から2012年の就業者数増加は18万人、2012年から2013年の就業者数増加は51万人、その差は33万人です。)。なお、この年齢階級の人口の減少幅は2011年から2012年にかけて78万人、2012年から2013年にかけて76万人で同等です。
したがって、55~64歳の年齢階級の就業率改善が、2013年からの就業者数増加の大きな要因であろうと考えられるます。

仮説:「アベノミクスへの期待から企業が雇用を増やし、結果として就業者数が増えた」は棄却せざるを得ない

企業がアベノミクスに期待して雇用を増やそうとしたのならば、55~64歳の年齢階級での雇用を増やす(定年後再雇用)という選択肢を取るか、という問題が生じます。もともと高年齢者雇用促進法では、定年退職者で希望する者は再雇用しなければいけないことになっており、ここに企業サイドの選択の余地がありません。
安倍政権開始と共に企業が雇用を促進したという形跡は、統計データからは見出すことが出来ず、2013年からの就業者数の増加をアベノミクスと結びつけるのは、根拠が無いといわざるを得ません。