「存立危機事態」において捕虜が発生しうるのだろうか?

安倍政権が衆院特別委員会(7月15日)と衆院本会議(7月16日)に強行採決した戦争法案に以下の文言があります。

平和安全法制整備法案要綱(5)第五 武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律の一部改正(第五条関係)

三 定義
1 この法律において「存立危機事態」とは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいうものとすること。

上記は、現行の武力攻撃事態対処法を改訂するための文言ですが、その中で「存立危機事態」を定義している部分です。
ちなみに現行の武力攻撃事態対処法では以下のような定義があります。

武力攻撃事態対処法

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
二 武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。
三 武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。

http://www.cas.go.jp/jp/hourei/houritu/jitai_h.html

「武力攻撃」は「武力攻撃事態」に含まれ、「武力攻撃事態」と「武力攻撃予測事態」をあわせて「武力攻撃事態等」と呼んでいます。
さて、現行の武力攻撃事態対処法では「武力攻撃」を「我が国に対する外部からの武力攻撃」と限定しているため、法律が適用される空間的範囲は「武力攻撃」に関する限り日本周辺に自動的に限定され、特に「周辺」という文言は必要なかったわけですが、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」なるものが含まれると空間的な限定が極めて曖昧になりますね。これはこれでかなり問題ですが、それはさておき。

「存立危機事態」はあくまでも「他国に対する武力攻撃」であって日本に対する武力攻撃ではありません。
日本に対する武力攻撃が行われ、それに対する自衛措置がとられた場合、武力攻撃を行った側の軍人を捕虜にすることは当然にあり得ます。そのため、武力攻撃事態対処法では、「捕虜の取扱いに関する措置」の法律を整備するよう求めています。

武力攻撃事態対処法

(事態対処法制の整備)
第二十二条 政府は、事態対処法制の整備に当たっては、次に掲げる措置が適切かつ効果的に実施されるようにするものとする。
 二 武力攻撃を排除するために必要な自衛隊が実施する行動が円滑かつ効果的に実施されるための次に掲げる措置その他の武力攻撃事態等を終結させるための措置(次号に掲げるものを除く。)
  イ 捕虜の取扱いに関する措置

http://www.cas.go.jp/jp/hourei/houritu/jitai_h.html

これに基づいて成立したのが「武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律」です。

ところで今回強行採決した違憲の戦争法案には以下の文言もあります。

第九 武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律の一部改正(第9条関係)

一 この法律の題名を「武力攻撃事態及び存立危機事態における捕虜等の取扱いに関する法律」に改めること。
二 存立危機事態における捕虜等の拘束、抑留その他の取扱いに関する所要の規定の整備を行うこと。

「存立危機事態における捕虜等の拘束」とありますね。捕虜取り扱いに関する現行法はこうなっています。

武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律

   第二章 拘束及び抑留資格認定の手続
    第一節 拘束
(拘束措置)
第四条  自衛隊法第七十六条第一項 の規定により出動を命ぜられた自衛隊自衛官(以下「出動自衛官」という。)は、武力攻撃が発生した事態において、服装、所持品の形状、周囲の状況その他の事情に照らし、抑留対象者に該当すると疑うに足りる相当の理由がある者があるときは、これを拘束することができる。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16HO117.html

つまり「他国に対する武力攻撃が発生し」た場合に自衛隊が上記のように捕虜を拘束する場合が考えられているわけですが、安倍政権の説明ではこういう状況にあっても自衛官のリスクは変わらないそうです。ちょっと信じがたい話です。
少なくとも、日本に対する武力攻撃が発生していなくとも、他国に対する武力攻撃が発生した段階で自衛隊が捕虜を取り得る地域まで派兵されることが前提になっていることは間違いなさそうですね*1

*1:もっとも、自衛隊自身が拘束するのではなく、他国軍が拘束した捕虜を受け取った場合の対応という解釈もできなくは無いですが、この文面からそう解釈するのは自然ではないでしょう