「存立危機事態」と「重要影響事態」に関する致命的な論理矛盾

「存立危機事態」は武力攻撃事態法の改正案で追加される概念で、「重要影響事態」は周辺事態法の改正案で「周辺事態」から地理的制約を削除して変更された概念です。
審議開始直後からこれについてかなり揉めたのですが、修正されることなく自民党公明党による強行採決衆院通過しています。

四 存立危機事態 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。

http://www.cas.go.jp/jp/houan/150515/siryou3.pdf

そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(以下「重要影響事態」という。)

http://www.cas.go.jp/jp/houan/150515/siryou4.pdf

周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律

第一条
そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(以下「周辺事態」という。)

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO060.html

「重要影響事態」の元となっている「周辺事態」との違いは「我が国周辺の地域における」という地理的制約の有無のみでそれ以外は同じです。そして、この「周辺事態」について、1998年2月26日 第142回国会衆院予算委員会の日本政府答弁で、高野紀元・外務省北米局長が「周辺事態が我が国の平和と安全の関係において判断されることにかんがみますと、我が国に対して軍事的な観点からの影響を与え得る可能性は全くないような事態、これは周辺事態には該当しないものと考えます」*1と答えています。
そして、2015年5月28日、岸田外務大臣は「(軍事的な波及のない事態は周辺事態には該当しないという1998年見解)は現状も維持されている」と答えています。当然、この「周辺事態」に対する認識は、「重要影響事態」に引き継がれるか質問されています。

○後藤(祐)委員 (略)軍事的な波及のない事態というのは重要影響事態でないとはっきり言ってみてください。(略)
○岸田国務大臣 軍事的な影響のない、経済面のみの影響が存在することのみをもって重要影響事態となることは想定はしておりません。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/189/0298/18905280298004c.html

岸田外相はニュアンスを変えて逃げようとしていますが、要するに日本に対して「軍事的な影響」が波及しなければ、「重要影響事態」にはならない、ということです。
そして次に中谷防衛相が「概念といたしましては、存立危機事態は重要影響事態になるということでございます。」と答弁します。

つまり、「重要影響事態」というのは「周辺事態」の政府見解を引き継いで「我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれ」と言った軍事的な影響・波及が成立の要件であって、そういったおそれがない場合は「重要影響事態」とは呼べない、ということになります。
そして、「存立危機事態」とは「重要影響事態」に内包される概念であるということになります。

そうすると「我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれ」と言った軍事的な影響・波及が無ければ、「存立危機事態」は成立しえないわけですが、安倍首相がよく使ったホルムズ海峡の機雷掃海の根拠はこの「存立危機事態」です。実際、2015年5月27日の衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会でこう答弁しています。

安倍内閣総理大臣 (略)
 仮に、我が国が輸入する原油の八割、天然ガスの三割が通過する、エネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路であるホルムズ海峡に機雷が敷設された場合には、我が国に深刻なエネルギー危機が発生するおそれがあります。我が国に石油備蓄はもちろん六カ月あります。しかし、機雷の除去ができなければ、ずっとそこには危機があり続けるのも事実でありまして、誰かが機雷を除去しなければならないということであります。
 存立危機事態については、あくまでも我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生を前提とするものでありますが、(略)国民生活に死活的な影響、すなわち国民の生死にかかわるような深刻、重大な影響が生じるか否かを総合的に評価して、状況によっては存立危機事態に該当する場合もあり得ると考えるわけでございます。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/189/0298/18905270298003c.html

しかしながら「存立危機事態」の認定に「我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれ」と言った軍事的な影響・波及が条件とされるならば、ホルムズ海峡に機雷を敷設しても「我が国に対する直接の武力攻撃」ではありませんので、「存立危機事態」になり得ず、安倍首相の答弁と矛盾するわけです。この矛盾に対して安倍政権はろくな説明が出来ないまま、強行採決に至っています。
このあたりのやり取りは、以下の審議議事録にありますので、興味があればどうぞ。
衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第4号 平成27年5月28日
衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第5号 平成27年5月29日
衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第6号 平成27年6月1日

「重要影響事態は存立危機事態を抱合する」*2という矛盾

結局、安倍政権は「重要影響事態は存立危機事態を抱合する」という説明をせざるを得なくなりますが、これはこれで不自然な解釈です。

その理由は、周辺事態法の今回の改正案では改正されない以下の条文にあります。

第二条2 対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO060.html

つまり「重要影響事態」である限り武力行使は出来ないわけで、「存立危機事態」に至ったとしても「存立危機事態」が「重要影響事態」の一部である以上、武力行使は重要影響事態法(改正周辺事態法)(案)第二条2(上記引用)に違反することになります。
ところが、改正武力攻撃事態法案 第二条8ハ(1)では、「存立危機事態」への対処措置として「武力の行使」が規定されています。
中谷防衛相の答弁のように「存立危機事態は重要影響事態になる」のであれば、重要影響事態法(改正周辺事態法)(案)と改正武力攻撃事態法案は矛盾するとしか言いようがありません。
これの整合性を取るには「存立危機事態」になった場合は、重要影響事態法(改正周辺事態法)ではなく改正武力攻撃事態法が適用されるようにする必要があります。具体的には重要影響事態法(改正周辺事態法)(案)にその旨明記する必要があるでしょうが、そのような説明は見当たりません。

仮に、「存立危機事態」になった場合は重要影響事態法(改正周辺事態法)ではなく改正武力攻撃事態法が適用される、としても、今度はその違いが不明瞭になります。
定義上、「存立危機事態」は「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」た場合を指し、「存立危機事態」ではない「重要影響事態」では、「他国に対する武力攻撃」が発生していない、と解釈できそうではありますが、その場合、重要影響事態法(改正周辺事態法)で規定されている「合衆国軍隊等」に対する後方支援活動をしている場所で「戦闘行為が行なわれるに至った」に活動を一時休止・回避する旨(第六条5)の条文が意味不明となります。

要するに「重要影響事態」における後方支援活動中に戦闘行為が勃発した場合は後方支援を停止し撤収するというのが、重要影響事態法(改正周辺事態法)第六条5の意味するところですが、その場合、後方支援活動の対象である「合衆国軍隊等」が戦闘行為に巻き込まれている蓋然性が極めて高いわけで、それはつまり、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」であって、「存立危機事態」になってしまい、改正武力攻撃事態法の適用範囲となし、重要影響事態法(改正周辺事態法)が適用される余地がなくなるわけです。

結局のところ、安倍政権が提出してきた戦争法案は「重要影響事態」と「存立危機事態」の整合性がきわめて杜撰であって「解釈が困難になる部分や矛盾する箇所」が数多く存在する欠陥法案だと言えます。これらの矛盾点・問題が全く解決されていないにもかかわらず、安倍政権は法案修正もなしに原案のまま、60日ルール優先で強行採決したわけです。

安倍政権の戦争法案が強行採決じゃないとか、手法はまずかったがあれは必要な法案だったとか主張する連中には、上記矛盾・問題点を整合的に説明してもらいたいものです。


ちなみにこの戦争法案は閣議決定されていますので、自称・平和の党である公明党もこの杜撰極まる法案に賛成したことになります。政権にしがみつく為なら平和破壊にも目をつぶるのが学会の教えなんですかね。