数字の見方、あるいは普通に警察白書を読めば6400人の子どもが性犯罪被害を受けたと解釈して当然の件

こういう記事があります。

室橋祐貴 Platnews編集長

CNN「年間6400人以上の子どもが性犯罪被害」は本当か?

投稿日: 2016年02月05日 11時15分 JST 更新: 2016年02月05日 11時15分 JST

警察庁が発表した14年の白書によると、虐待の被害にあった子どもは11〜12年にかけて20%増加。13年には、6400人以上の子どもが性犯罪の被害に遭った。この中には児童ポルノ関連1644件と児童買春709件が含まれているという。(太字加工はPlatnews編集部)

http://www.cnn.co.jp/world/35077115.html

年間で6400人、つまり1日に20人近くが性犯罪の被害に遭っているという。しかし、本当だろうか?「援助交際」という言葉が流行語入賞となった1996年(20年前)であれば別だが、今でも1日20人近くが性犯罪の被害に遭っているというのは違和感を覚える。
そこで実際にソースとなっている警察白書を見たが、確かに2013年度の福祉犯の被害少年数は6412人となっている。だが、「福祉犯」には未成年者飲酒や喫煙、労働基準法なども含まれており、ソースとしては適さないだろう。

http://www.huffingtonpost.jp/yuki-murohashi/cnn-child-clime_b_9155844.html

室橋氏の主張は、CNN記事の「13年には、6400人以上の子どもが性犯罪の被害に遭った」という表現に対して、警察白書の「「福祉犯」には未成年者飲酒や喫煙、労働基準法なども含まれており、ソースとしては適さない」として否定するものです。
確かに「福祉犯」に未成年者飲酒や喫煙、労働基準法違反が含まれているのなら、「福祉犯」の被害少年数6412人を「性犯罪の被害に遭った」と表現するのは間違っているように思われますが、警察白書の記載はこうなっています。

(4)少年の福祉を害する犯罪への対策と有害環境対策
(1) 少年の福祉を害する犯罪への対策
インターネットの普及等により、福祉犯(注)の中でも、特にインターネットの利用に起因する被害が深刻な問題となっていることを踏まえ、警察ではその取締り、被害拡大防止及び被害少年の発見・保護を推進している。
福祉犯の検挙件数は図表2-10のとおりであり、近年緩やかな増減があるも、ほぼ横ばいで推移している。

注:少年の心身に有害な影響を与え、少年の福祉を害する犯罪をいう。例えば、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童買春・児童ポルノ禁止法」という。)違反、児童福祉法違反(児童に淫行をさせる行為等)、労働基準法違反(年少者の危険有害業務等)等が挙げられる。

https://www.npa.go.jp/hakusyo/h26/honbun/index.html

この「福祉犯(注)」の例として、児童買春、児童買春・児童ポルノ禁止法違反、児童福祉法違反、労働基準法違反が挙げられています。児童買春、児童買春・児童ポルノ禁止法違反、児童福祉法違反が性犯罪事件であることは容易にわかりますが、労働基準法違反(年少者の危険有害業務等)は一見、性犯罪とは関係ないように思えます。
しかし、例えば、少女を働かせていたガールズ居酒屋やJKリフレ、JKコミュなどは、労働基準法違反(年少者の危険有害業務等)で摘発されています*1
また、警察白書の「少年の福祉を害する犯罪への対策」は「ア 悪質性の高い福祉犯」と「イ 児童ポルノ」の二つの類型を挙げていますが、いずれも性犯罪に関するものです。

要するに警察白書の「福祉犯」に関する記述を素直に読めば、CNN記事の「13年には、6400人以上の子どもが性犯罪の被害に遭った。」という理解は妥当だとしか言いようがありません。警察白書の記載は明らかに子どもに対する性犯罪を主眼とした「福祉犯」であるにも関わらず、「未成年者飲酒や喫煙、労働基準法なども含まれており、ソースとしては適さない」という室橋氏の判断は理解に苦しみます。

「福祉犯」

平成26年警察白書では「福祉犯」の内訳を明示していませんが、平成23年警察白書には法令別の内訳が記載されています。
「福祉犯」として検挙された人数は以下の通り

法令          検挙人員 割合
青少年保護育成条例   2993人 38.9%
児童買春・児童ポルノ 1627人 21.1%
未成年者喫煙禁止法   1178人 15.3%
風営適正化法      570人 7.4%
出会い系サイト規制法  402人 5.2%
児童福祉法       389人 5.1%
未成年者飲酒禁止法   182人 2.4%
覚せい剤取締法     113人 1.5%
毒物及び劇物取締法   66人 0.9%
その他         64人 0.8%
労働基準法       51人 0.7%
売春防止法       32人 0.4%
職業安定法       30人 0.4%
合計          7697人 100%

室橋氏は「未成年者飲酒や喫煙、労働基準法なども含まれており、ソースとしては適さない」等と言ってますが、検挙人員中、20%弱が喫煙や飲酒で検挙されています。但し、CNN記事が「6400人以上」と言っているのは、被害者数であって検挙人員じゃありません。
未成年者喫煙禁止法*2では未成年者喫煙を不制止と未成年者への知情販売が検挙されるわけですが、未成年者喫煙禁止法での検挙件数は、2008年から急速に増えています*3。2007年以前には年間100件に満たなかった検挙件数が、2010年には年間1000件を超えるようになります。これはtaspoの導入を機に未成年者に対する対面販売などで検挙される事例が増えたためです*4。この場合においても未成年を被害者とみなすことは出来なくはありませんが、「福祉犯」の被害者としてカウントすべきかは疑問です。
警察白書での統計上での取り扱いは明確ではありませんが、福祉犯の検挙人員数が2007年から2010年で900人程度増加し、うち未成年者喫煙禁止法での同期間の検挙人員数増加も1000人程度であること、一方で同期間の福祉犯被害者数が変わっていないこと*5を踏まえると、少なくとも2010年以降の福祉犯被害者統計において、未成年者喫煙禁止法での喫煙者を被害者としてカウントしてはいないように思います。
つまり、警察白書の統計上の「福祉犯」被害者とは、まず性犯罪事件の被害者であるということになります。

ならば、CNN記事における「13年には、6400人以上の子どもが性犯罪の被害に遭った」という表現は正確だということになり、これにケチをつけてる論者の理解の方がおかしいと言えます。

検挙人員数の比較

2013年と1995年の福祉犯の法令別検挙人員数を比較すると以下のようになります。

法令          平成25年(2013) 平成7年(1995)
青少年保護育成条例   2993人 3384人
児童買春・児童ポルノ 1627人 -- 
未成年者喫煙禁止法   1178人 5人
風営適正化法      570人 1503人
出会い系サイト規制法  402人 -- 
児童福祉法       389人 828人
未成年者飲酒禁止法   182人 59人
覚せい剤取締法     113人 823人
毒物及び劇物取締法   66人 1839人
その他         64人 44人
労働基準法       51人 281人
売春防止法       32人 321人
職業安定法       30人 234人
大麻取締法       --  44人
合計          7697人 9365人

法令を、直接的な性犯罪として「青少年保護育成条例」「児童買春・児童ポルノ法」「児童福祉法」「売春防止法」をまとめ、間接的な性犯罪として「風営適正化法」「労働基準法」「職業安定法」「出会い系サイト規制法」をまとめ、飲酒・喫煙・薬物関係として「未成年者飲酒禁止法」「覚せい剤取締法」「毒物及び劇物取締法」「大麻取締法」をまとめると以下のようになります。

法令          平成25年(2013) 平成7年(1995)
直接的な性犯罪     5041人 4577人
間接的な性犯罪     1053人 2018人
飲酒・喫煙・薬物関係  1603人 2770人
合計          7697人 9365人


さて、室橋氏は「「援助交際」という言葉が流行語入賞となった1996年(20年前)であれば別だが、今でも1日20人近くが性犯罪の被害に遭っているというのは違和感を覚える。」といってますが、性犯罪と呼んで当然の「青少年保護育成条例」「児童買春・児童ポルノ法」「児童福祉法」「売春防止法」違反の検挙人員数は、警察の統計上でも20年前と変わらず、増えているとすら言えます。
「1日20人近くが性犯罪の被害に遭っているというのは違和感」などと言うのは、室橋氏個人の感覚的な話に過ぎず、それも性犯罪問題に詳しい専門家の感覚なら傾聴する価値もありますが、「1996年(20年前)であれば別」などという性犯罪問題に関する知識の欠如を示す発言を考慮すれば、無知な素人の感覚という他なく、無価値と言っていいでしょう。

邪推

また、福祉犯は被害少年数の数字を引っ張ってきているが、「児童ポルノ関連1644件」は検挙件数で引っ張ってきており、実際の被害者数646人とは大きく異なる。福祉犯の検挙件数は7687件で、いかに児童ポルノや児童買春が多いかを伝えようとしたと思われる。

http://www.huffingtonpost.jp/yuki-murohashi/cnn-child-clime_b_9155844.html

ここに至っては邪推でしかありませんね。被害者数の規模を示す場合に「被害少年数の数字を引っ張」り、児童ポルノ関連事件がどの程度起きているかを示す場合は頻度である「検挙件数で引っ張」るのが当然でしょう。
ところで室橋氏は別の記事では、「3日に1人程度児童が虐待によって亡くなっている」と言ってますが、「1日20人近くが性犯罪の被害」には違和感を覚えて、「3日に1人程度児童が虐待によって亡くなっている」というのには違和感を覚えないのはどういうことなんでしょうか。
ちなみに警察白書では2013年の虐待死した児童は25人、2014年は20人*6、「3日に1人程度」ではなく、15日に1人程度ですかね。いかに児童虐待が多いかを伝えようとして、別の数字を持ってきたんでしょうか?
もちろん、「3日に1人程度」だろうが15日に1人程度だろうが、児童虐待は問題であって改善すべきなのは言うまでもありませんし、室橋氏が「3日に1人程度」だと主張する根拠となる数字もあるのでしょう。大事なのは、揚げ足を取って揶揄することではないと私は考えていますので、「日本のイメージが悪化する」などといった問題のすり替えをするつもりはありません。

警察白書の記載

警察白書で「(1) 少年の福祉を害する犯罪への対策」の事件事例としてあげているのが以下の記載です。普通に白書のこういった記載を読めば、「福祉犯」を性犯罪と認識して当然だと思うんですけどね。

ア 悪質性の高い福祉犯
近年、出会い系サイト等を利用して組織的に児童買春の周旋を行う事犯や、飲食店、マッサージ店等の合法的な営業を装いながら児童に卑わいな言動等で接客させる事犯等、児童を組織的に支配し、性的な有害業務に従事させ、児童の心身に有害な影響を与える事犯が出現している。
このような悪質性の高い福祉犯は、暴力団の資金獲得活動としても行われることから、警察では、実態把握の推進と情報の分析、積極的な取締りや、有害業務に従事する児童の補導と被害児童の立ち直り支援を推進している。

イ 児童ポルノ
児童ポルノ事犯の検挙件数は近年増加傾向にあり、25年中の検挙件数は1,644件、被害児童数は646人と、いずれも過去最多を記録した。また、事件検挙を通じて同年に新たに特定された小学生以下の児童のうち、約7割が強姦・強制わいせつの手段により児童ポルノを製造されているほか、スマートフォンの使用を通じて被害に遭った児童数が増加しているなど、児童ポルノをめぐる情勢は引き続き深刻な状態にある。

警察では、このような情勢を踏まえ、同年5月の犯罪対策閣僚会議で取りまとめられた「第二次児童ポルノ排除総合対策」等に基づき、関係機関・団体等と緊密な連携を図りながら、取締りの強化、広報啓発活動、流通・閲覧防止対策等を推進している。
また、警察庁では、国際会議への参加や、東南アジア各国の捜査官等を招いた児童の商業的・性的搾取犯罪対策に関する会議の開催等により、国際捜査協力や情報交換の強化に努めている。
さらに、プロバイダによる児童ポルノの閲覧防止措置(ブロッキング)について、アドレスリスト作成管理団体に情報提供や助言を行うなどの取組を推進している。
26年6月には、盗撮による児童ポルノの製造や自己の性的好奇心を満たす目的での児童ポルノの所持の禁止等を内容とする児童買春・児童ポルノ禁止法の一部を改正する法律が成立し、同年7月から施行された。

https://www.npa.go.jp/hakusyo/h26/honbun/index.html