8月になって尖閣近海に中国漁船が集まっている基本的な背景と応用的な事情

応用的な事情や意図もありますが、押さえておくべき基本的な背景を。

中国は海洋資源保護のため禁漁期間を設けています。東シナ海については、北緯26度30分から35度までの海域を6月16日から9月15日まで禁漁期間としています。尖閣諸島(釣魚島)を含む北緯26度30分より南の東シナ海海域については6月1日から8月1日までが禁漁期間です。

一、海洋伏季休渔制度
海洋伏季休渔制度,简称伏季休渔。是为保护中国周边海域鱼类等资源在夏季繁殖生长而采取的措施。经国务院于1995年批准,属中国管辖一侧的黄海、东海在6~9月实施休渔制度。后扩大到12°N以北的南海海域。2003年起,35°N以北的海域休渔期为7月1日至9月1日,35°N~26°30’N为6月16日至9月15日,26°30’N以南的东海海域为6月1日至8月1日,在上述海域内禁止拖网和帆张网作业;12°N以北的南海海域,包括北部湾为6月1日至8月1日,除刺网、钓具、笼捕外的其他作业都被禁止。

http://news.xinhuanet.com/politics/2016-08/09/c_129214340.htm

日中間で漁業協定が結ばれているのは北緯27度以北であって尖閣諸島(釣魚島)を含む北緯27度以南については協定が存在しない状態です。

8月1日になって漁が解禁になった北緯26度30分より南の東シナ海海域は日中間で何の協定もありませんので中国の国内法上何の問題もなく漁ができるわけです。中国漁船は北緯26度30分以北に入らないように気をつけていればいいわけですが、北緯26度30分線は尖閣諸島(釣魚島)の北方100キロ足らずですから、基本的に尖閣諸島(釣魚島)のEEZ内での操業となります。
北緯26度30分以北は9月15日までは禁漁区域ですから、中国公船は中国漁船が禁漁区域で操業しないように監視する必要があります。

もう一つ重要な背景があり、それは北緯26度30分以北も含む東シナ海の禁漁期間はエビ・カニに対しては8月1日で解禁になるという点です。

【关注】东海的虾兵们注意:浙江1万多艘渔船开捕!

2016/8/2 15:01
 8月1日12时起,我省拖虾、笼壶、刺网等作业方式渔船结束伏季休渔,全省近10400艘海洋捕捞渔船、近500艘渔业辅助船可开赴渔场生产。
 根据7月26日沿海伏休执法视频会议要求,全省各地严格执行“检查一艘、承诺一艘、开捕放行一艘”的检查标准,全面完成渔船开捕检查工作,严防提前出海等违规行为发生。特别是临近8月1日开捕节点期间,我局按照“两学一做”学习教育要求,结合百名党员干部“五进五送五宣传”活动,对沿海四市及有关重点县(市、区)开展第三次执法督查,重点严查严打拖虾渔船从事拖网作业、使用禁用渔具等生产行为。
 据了解,此次结束伏季休渔的三种作业方式中,拖虾作业方式主要捕捞的是滑皮虾、红虾、竹节虾等;笼壶作业方式主要捕捞的是梭子蟹、章鱼;刺网作业方式主要捕捞的是梭子蟹、小黄鱼、虾潺等。
 拖网、帆张网等作业方式渔船尚未结束伏休,全省仍将继续严查,确保开捕秩序。

http://www.yangzhu6.com/v-men-760745.html

エビ・カニ漁については北緯26度30分線に関係なく東シナ海全域で8月1日で解禁になっていますので、尖閣諸島(釣魚島)周辺も含めて中国のエビ・カニ漁船が操業できることになります。
しかしながら北緯26度30分以北の海域で解禁になっているのはエビ・カニ漁だけですから、中国公船は北緯26度30分以北の海域で操業している漁船がエビ・カニ以外の漁を行なっていないか取締る必要があるわけです。

こういう報道が出ています。

中国公船と漁船を乗員が移動 尖閣周辺、海保が確認

2016年8月10日 00時40分
 海上保安庁は9日、沖縄県尖閣諸島周辺の接続水域の外側にある排他的経済水域EEZ)で、中国海警局の船に搭載された小型船と漁船の間で乗員が乗り降りしているのを、巡視船で少なくとも2度確認した。
 第11管区海上保安本部(那覇)によると、1度目はまず、小型船の乗員数人が漁船に横付けして乗り移った。次に小型船は別の海警局船まで移動し、乗員を受け入れた後、元の船へ戻った。海保は乗員の所属は不明だと説明している。
 尖閣周辺では9日、接続水域や領海を航行する中国公船が一時、13隻に上るなど活発化する一方、中国漁船も200〜300隻が確認され、緊張が高まっている。
(共同)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016080901002473.html

海保が確認した「中国海警局の船に搭載された小型船と漁船の間で乗員が乗り降りし」た「尖閣諸島周辺の接続水域の外側にある排他的経済水域EEZ)」というのが、北緯26度30分以北であれば、中国国内法における違法操業の取締り活動の可能性がありますから、それを踏まえていない共同記事は不十分でしょう。と言うより、おそらくは“漁船の活動が中国政府の命令によるものであって、漁民は海上民兵である”というように読者を誘導するための意図的なミスリードな気がします。
漁業の禁漁期間やその範囲、対象としている魚種といった中国側漁民の動向を検討するための基本的な情報を、日本側ではほぼ全く報道しないというのは最早メディアの役割を放棄しているというほかありませんね*1

応用的な事情

漁業の禁漁期間やその範囲、対象としている魚種というのは基本的な背景です。現状の200隻規模の漁船が尖閣諸島(釣魚島)附近に展開している理由は、この基本的な背景が基礎となっていますが、それだけで説明できるものでもありません。そこには中国政府の意図もあると考えられます。但し、日本で報じられているのとはちょっと違う経緯ですが。

漁業は経済活動ですから、禁漁期間が明ければ多くの漁船が好漁場に集まって操業するのは経済上は当然という他ありません。尖閣諸島(釣魚島)周辺はエビの好漁場という話もありますし、エビ・カニ以外の魚種についても、北緯26度30分以南であれば中国国内法に抵触しません。

马尧:中国公务船为啥进入钓鱼岛海域?

2016/8/8 14:50
(略)
  最后是渔业生产的需要。海洋捕捞大多在渔场进行。从全球范围看,世界著名渔场多存在于温带地区,沿海大陆架附近。这是因为,温带地球温度适宜鱼类生长,水下植物生长为鱼类的繁殖提供充足的氧气和饵料,且大陆架附近海水浅,阳光充足,能够照射到海底,更利于水下植被生长。沿海地区有河流注入,也会带来丰富的饵料。钓鱼岛就符合上述大多数条件,其海域大陆架宽广、阳光充足、生物光合作用强、附近有日本暖流经过,寒流和暖流交汇的地方海水会发生搅动,从海底带来了丰富的营养盐类,从而滋养了浮游生物,吸引了鱼类和虾类来此觅食,因此拥有丰富的渔业资源。据台州渔业协会主席余建华先生分析,8月1日开始捕虾船开始出海作业,如果该消息属实,那么进入钓鱼岛附近海域的中国渔船应该是去捕捞红虾。红虾是一种经济价值很高的虾类,味道极其鲜美。在笔者的家乡江苏沿海地区,这种虾是用来款待贵宾的上品。由此看来,中国渔船进入中国领土附近的传统渔场进行传统的捕捞作业,日方的指责显得既蛮横无理又荒唐可笑。

http://opinion.huanqiu.com/opinion_world/2016-08/9280230.html

ですから、8月1日以降に中国漁船が尖閣諸島(釣魚島)周辺に集まるのは経済の原理上当然ですが、過去はそういうことはほとんどありませんでした。日中双方とも係争海域である尖閣諸島(釣魚島)周辺では漁船が操業しないように自粛させており、日中台の活動家を乗せた船が時折騒がす程度でした。事実上、日中双方の政府が、尖閣諸島(釣魚島)の主権について“棚上げ”していたわけです。
この“棚上げ”合意という紳士協定が壊れたきっかけが、2010年9月7日(菅政権時)の中国漁船の拿捕と翌8日の逮捕という中国漁船公務執行妨害等被疑事件です*2
領有権争いを“棚上げ”していた海域において、一方の当事国が警察権を行使したのですから他方は対抗措置を取らざるを得なくなったわけです。それが中国側からの漁業監視船の派遣です。
日本側による中国漁船逮捕(警察権行使)という形の領有権主張に対して、中国側は漁民保護のための漁業監視船の派遣という形で領有権主張を行なったわけです。
尖閣諸島(釣魚島)を巡る領土紛争を本格化させる恐れのあったこの事件は、中国漁船船長を不起訴とすることで日中間の外交上はある程度収まりましたが、日本国内が右翼勢力が猛烈な反政府キャンペーンを張って中国との対立を煽り民主党政権を弱体化させ、日本国内の右傾化を促進することになりました。
鎮火しそうでなかなか鎮火せずくすぶり続けた日中関係にさらに油を注いだのが、石原慎太郎都知事(当時)です。2012年に東京都が尖閣諸島の地主から買い取り施設を建設する運動を起すという形の領有権主張を行い、対応に窮した野田政権は東京都による施設建設だけは阻止すべく、先に国有化させるという対応を採りました(2012年9月11日)。しかし、これは中国側から見れば、国有化という形での領有権主張に他なりません。ここにおいて、“棚上げ”合意という紳士協定は完全に壊れることになります。

2012年の禁漁期間が明けた9月16日、多くの中国漁船が尖閣諸島(釣魚島)周辺で操業するようになり、漁民保護・取締りのために漁業監視船も多く派遣されるようになりました。

釣魚島周辺海域の中国漁船200隻、順調に操業

 中国農業部(農業省)は、東中国海(日本名・東シナ海)の禁漁期間が今月16日に終了して以降、多くの漁船が続々と同海域に向かい、操業を開始していることを明らかにした。解禁後一週間が経った現在、中国漁船は東中国海海域で秩序立った操業を順調に行っており、うち約200隻が釣魚島(日本名・尖閣諸島)付近の海域で操業しているという。人民日報が伝えた。
 農業部は、海上の漁業生産秩序を維持し、漁業資源の管理を強化し、中国漁民の生命・財産・安全を確保する目的で、法律にもとづき、東中国海・釣魚島周辺海域など中国の管轄下にある海域において、巡視活動の常態化を堅持する方針。現在、釣魚島付近の海域では、10隻の漁業監視船「漁政」が、中国漁船の保護や不法操業の取り締まりなどの管理任務を行っている。(編集KM)
 「人民網日本語版」2012年9月25日

http://j.people.com.cn/94475/7959771.html

日本側の尖閣国有化という形での領有権主張に対して、中国側は尖閣諸島(釣魚島)周辺での漁業操業という形の領有権主張で対抗したわけです。但し、“中国政府が漁民に尖閣諸島(釣魚島)周辺での操業を命じた”とか“漁民に扮した海上民兵を使って侵略を意図した”とかいう話ではなく、漁業の禁漁期間やその範囲というのは基本的な背景での経済活動を“認めた”という話です。
つまり、これまで“棚上げ”合意という紳士協定の下で中国政府は漁民たちに自粛させていたものの、“棚上げ”合意が壊れたことを契機に“自粛させなくなった”ということです。
中国公船の数は漁船規模に比例するものと思われますが、実際2013年、2014年、2015年の接続水域・領海進入件数は禁漁期間となる6月・7月あたりで減る傾向が見られます*3 *4

2016年になって中国側は公船を15隻程度派遣しているようですが、漁船保護という意味では不足していたのか、分散した漁船にあわせて公船も散らばったのか*5、衝突事故を起こした中国漁船の救出は日本側の手によって行なわれています。

東中国海漁船事故、外交部報道官が捜索救難の状況について説明

人民網日本語版 2016年08月12日09:50
外交部(外務省)の華春瑩報道官は11日、東中国海漁船事故の捜索救難の進捗状況について記者の質問に答えた。
【記者】本日東中国海海域で中国漁船と外国籍貨物船が衝突した事故の捜索救難の最新の進展について教えていただきたい。
【華報道官】8月11日夜、日本側が救助した中国人船員6人はすでに順調に中国側に引き渡されたという。中国側公船は依然事故海域で他の人員の捜索救難を続けている。今回の海難救助事件で日本側が示した協力及び人道主義の精神を中国側は称賛する。(編集NA)
人民網日本語版」2016年8月12日

http://j.people.com.cn/n3/2016/0812/c94474-9099275.html

海上保安庁は第11管区に15隻の巡視船を配備していますが*6尖閣警備目的で動いている以上、事故海域附近では海保艦艇の方が密度が高く配備されていた可能性はあるかもしれません。場所的に中国側が航空機を飛ばしにくいところでもありますしね*7

日本側では中国側公船を“海上民兵”たる漁船が護衛してまるで中国官民が一体となって侵略行動を起しているかのようなトーンの報道が多いですが、実態としては“棚上げ”が反故になったため漁船が尖閣海域に向かうようになり公船は尖閣諸島(釣魚島)の領有権を主張しつつも、漁船が暴走しないようにコントロールもしなければならない、という複雑な状態になっていることを踏まえるべきでしょうね。
ちなみに、日本側も予備自衛官を乗せた漁船が釣名目で尖閣諸島(釣魚島)の領海内に入ろうとすることがしょっちゅうありますから、中国から一方的に挑発されているかのような日本側の自己認識も事態を誤認し、判断を誤らせる危険な状態ではあります。

*1:ちなみに共同は、以前も中国軍が演習地域を公表せずに実弾演習をやっているとデマを流しています。

*2:http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/report2011/html/tokushu/p018_02_01.html

*3:http://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.htmlhttp://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/report2015/html/tokushu/toku15_02-2.html

*4:禁漁期間も不法操業の取締りが必要なためゼロにはならないものの監視する対象漁船数が減るので、件数も減っているものと考えられる。

*5:NHK報道では「11日になって漁船の数は大幅に減った」との情報。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160811/k10010631361000.html

*6:那覇海上保安部5隻(巡視船りゅうきゅう、巡視船おきなわ、巡視船くだか、巡視船うるま、巡視船もとぶ)、石垣海上保安部7隻(巡視船はてるま、巡視船いしがき、巡視船よなくに、巡視船たけとみ、巡視船なぐら、巡視船ざんぱ、巡視船みずき)、中城海上保安部1隻(巡視船くにがみ)、宮古島海上保安署2隻(巡視船みやこ、巡視船のばる)http://www.kaiho.mlit.go.jp/11kanku/04sentei/s&a.htm

*7:尖閣諸島に近いため、自衛隊がすぐさまスクランブルをかけてくる可能性が高く、状況を悪化させる可能性が高い。