日本の法制でも強制撤去は難しいのに、韓国では簡単にできると思ってる根拠は何なのかと。

例の像に対して“違法だから撤去せよ”と当事国でない隣国が騒いでる件。

私は前記事でこう書きました。

“公道上に慰安婦像を置くことは違法だから撤去せよ”と主張してる人たちが韓国のどのような法に基づき撤去せよと主張しているのかちょっとよくわかりません。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170114/1484407113

さて、日本の道路法ではこうあります。

(道路に関する禁止行為)
第四十三条  何人も道路に関し、左に掲げる行為をしてはならない。
一  みだりに道路を損傷し、又は汚損すること。
二  みだりに道路に土石、竹木等の物件をたい積し、その他道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為をすること。

(違法放置等物件に対する措置)
第四十四条の二  道路管理者は、第四十三条第二号の規定に違反して、道路を通行している車両から落下して道路に放置された当該車両の積載物、道路に設置された看板その他の道路に放置され、又は設置された物件(以下この条において「違法放置等物件」という。)が、道路の構造に損害を及ぼし、若しくは交通に危険を及ぼし、又はそれらのおそれがあると認められる場合であつて、次の各号のいずれかに該当するときは、当該違法放置等物件を自ら除去し、又はその命じた者若しくは委任した者に除去させることができる。
一  当該違法放置等物件の占有者、所有者その他当該違法放置等物件について権原を有する者(以下この条において「違法放置等物件の占有者等」という。)に対し第七十一条第一項の規定により必要な措置をとることを命じた場合において、当該措置をとることを命ぜられた者が当該措置をとらないとき。
二  当該違法放置等物件の占有者等が現場にいないために、第七十一条第一項の規定により必要な措置をとることを命ずることができないとき。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27HO180.html

仮に銅像設置が「道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある」とか「交通に危険を及ぼし、又はそれらのおそれがある」とかの条件を満たし上記条文に違反しているとします。

(道路管理者等の監督処分)
第七十一条  道路管理者は、次の各号のいずれかに該当する者に対して、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定によつて与えた許可、承認若しくは認定を取り消し、その効力を停止し、若しくはその条件を変更し、又は行為若しくは工事の中止、道路(連結許可等に係る自動車専用道路と連結する施設を含む。以下この項において同じ。)に存する工作物その他の物件の改築、移転、除却若しくは当該工作物その他の物件により生ずべき損害を予防するために必要な施設をすること若しくは道路を原状に回復することを命ずることができる。
一  この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反している者
二  この法律又はこの法律に基づく命令の規定による許可又は承認に付した条件に違反している者
三  詐偽その他不正な手段によりこの法律又はこの法律に基づく命令の規定による許可、承認又は認定を受けた者

44条の2にも道路管理者が「自ら除去」できるとありますし、上記71条でも「改築、移転、除却」できるとあります。
これに従えば、道路管理者は堂々と銅像を撤去できるように思えますが、そう簡単ではありません。
なぜなら、行政代執行法には以下の条文があるからです。

第二条  法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO043.html

つまり道路管理者が銅像を撤去するには、撤去しないことが「著しく公益に反すると認められるとき」という条件が必要なわけです。
実際、不法占有物件に対して必ずしも行政代執行できるわけではないことは国土交通省も認めています。

突出看板や日除け等の固着した不法占用物件については、行政指導に従わない場合には監督処分に進むことは可能であるが、行政代執行の要件を充足することは困難であり、行政代執行ができない。

https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/senyou_bukai/pdf/2.pdf

銅像が交通の支障を及ぼさないように設置され、その設置が「著しく公益に反する」とまではいえない場合、所有者が撤去を拒絶すれば公的機関が行政代執行で撤去することは困難です。
もちろん抜け穴がないわけではなく、所有者不在の隙を狙って道路法44条の2の二を適用するという手段はありえますし、他の条文解釈で強行することもできるでしょう。ただ、そういう手段に対して抗議されると強行した公的機関側の責任を問われかねず、簡単に踏み切れるものではありませんし、本来行政機関としてやるべきことでもないでしょうね。


韓国でも同じような法制になっています。
例えば、日本の道路法32条(道路の占用の許可)に対応するのが、韓国の道路法第40条になりますし、日本の第43条(道路に関する禁止行為)に対応するのが韓国の第47条です。
韓国道路法

日本の第71条(道路管理者等の監督処分) に対応するのが、韓国の第74条と言え、日本と同じく道路管理者に撤去権限を認めています。
ただし、韓国の行政代執行法も日本と同じく「著しく公益に反すると認められるとき」という条件があります。

제2조 (대집행과 그 비용징수)
법률(법률의 위임에 의한 명령, 지방자치단체의 조례를 포함한다. 이하 같다)에 의하여 직접명령되었거나 또는 법률에 의거한 행정청의 명령에 의한 행위로서 타인이 대신하여 행할 수 있는 행위를 의무자가 이행하지 아니하는 경우 다른 수단으로써 그 이행을 확보하기 곤란하고 또한 그 불이행을 방치함이 심히 공익을 해할 것으로 인정될 때에는 당해 행정청은 스스로 의무자가 하여야 할 행위를 하거나 또는 제삼자로 하여금 이를 하게 하여 그 비용을 의무자로부터 징수할 수 있다.

機械翻訳
第2条(代執行とそのコスト徴収)
法律(法律の委任による命令、地方自治団体の条例を含む。以下同じ。)により直接命令されたか、または法律に基づく行政庁の命令による行為として他人が代わって行うことができる行為を義務者が履行しない場合は、他の手段として、その履行を確保することが困難、かつ、その不履行を放置することが深く公益を害するものと認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者がなければならない行為をしたり、または第三者をしてこれにして、その費用を義務者から徴収することができる。

http://www.lawkorea.com/client/asp/lawinfo/law/lawview.asp?type=l&lawcode=a434096

少女像・慰安婦像について

では、韓国の慰安婦像について“道路法上違法だから韓国政府は撤去できる”のでしょうか?

まず、どの条文に違反するかが問題になります。
韓国道路法第47条はどうでしょうか?

제47조 (도로에 관한 금지행위)
누구든지 정당한 사유없이 도로에 관하여 다음에 게기하는 행위를 하여서는 아니된다.
1. 도로를 손궤하는 행위
2. 도로에 토석, 죽목, 기타의 장애물을 적치하는 행위
3. 기타 도로의 구조 또는 교통에 지장을 끼치는 행위

機械翻訳
第47条(道路に関する禁止行為)
誰もが正当な事由なく道路について次に掲げる行為をしてはならない。
1.道路を損潰する行為
2.道路に土石、竹木、その他の障害物を積置する行為
3.その他の道路の構造又は交通に支障を及ぼす行為

http://www.lawkorea.com/client/asp/lawinfo/law/lawview.asp?type=l&lawcode=d419717

釜山領事館前のように慰安婦像が通行の邪魔にならないように設置されている場合にこの条文が適用でれるかはかなり怪しいでしょうね。裁判で争われた場合に行政側が負ける可能性があります。

では韓国道路法第40条はどうでしょうか。(日本の第32条に相当)

제40조 (도로의 점용)
(1) 도로의 구역안에서 공작물 · 물건 기타의 시설을 신설 · 개축 · 변경 또는 제거하거나 기타의 목적으로 도로를 점용하고자 하는 자는 관리청의 허가를 받아야 한다.

機械翻訳
第40条(道路の占用)
(1)道路の区域内において工作物・モノその他の施設を新設・改築・変更、または削除したり、他の目的で道路を占用しようとする者は、管理庁の許可を受けなければならない。

(※:丸内数字は括弧書きに変更)

http://www.lawkorea.com/client/asp/lawinfo/law/lawview.asp?type=l&lawcode=d419717

こちらについては許可を得ていないのならば違法状態ということになるでしょう。
ですが、この条文に違反するということで撤去が可能かというと、今度は行政代執行法の条文上難しくなります。
韓国の行政代執行法第2条を再掲します。

제2조 (대집행과 그 비용징수)
법률(법률의 위임에 의한 명령, 지방자치단체의 조례를 포함한다. 이하 같다)에 의하여 직접명령되었거나 또는 법률에 의거한 행정청의 명령에 의한 행위로서 타인이 대신하여 행할 수 있는 행위를 의무자가 이행하지 아니하는 경우 다른 수단으로써 그 이행을 확보하기 곤란하고 또한 그 불이행을 방치함이 심히 공익을 해할 것으로 인정될 때에는 당해 행정청은 스스로 의무자가 하여야 할 행위를 하거나 또는 제삼자로 하여금 이를 하게 하여 그 비용을 의무자로부터 징수할 수 있다.

機械翻訳
第2条(代執行とそのコスト徴収)
法律(法律の委任による命令、地方自治団体の条例を含む。以下同じ。)により直接命令されたか、または法律に基づく行政庁の命令による行為として他人が代わって行うことができる行為を義務者が履行しない場合は、他の手段として、その履行を確保することが困難、かつ、その不履行を放置することが深く公益を害するものと認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者がなければならない行為をしたり、または第三者をしてこれにして、その費用を義務者から徴収することができる。

http://www.lawkorea.com/client/asp/lawinfo/law/lawview.asp?type=l&lawcode=a434096

管理庁の許可を受けていないというだけで、「他の手段として、その履行を確保することが困難」「その不履行を放置することが深く公益を害するものと認められる」という二つの条件をクリアするかと言えば、相当に無理があります。
単純な話として、道路管理者が正式に許可を出せば違法状態が解消されてしまうからです。
後付で許可を出す事例は珍しくありません。日本でも福岡の屋台は元々道路占有の許可を取っていませんでしたが、2000年頃に後付で占用許可を出しています。
また、そもそも道路管理者が明確な理由も示さずに許可を出さないということ自体にも問題があります。他の場所で設置が認められているにもかかわらず、交通上同様な当該場所で認められないというのは、不平等な行政運用となる恐れがあり乱発できるものではありません。

このため、韓国政府が慰安婦像を撤去しようにも道路管理者に慰安婦像の正式な許可を先延ばしさせることくらいで、行政代執行による強制撤去は事実上不可能なわけです。

もちろん、道路管理者が裁判に訴えると言う手はありますが、その場合の争点は、道路管理者が正式な許可を出さないことの妥当性や慰安婦像が深く公益を害するか否かの判断、となり、政府側が負ける可能性も少なくありません。もし政府側が敗訴した場合、慰安婦像はほぼ半永久的に動かせなくなります。

一応、日本の大阪で市有地を20年以上にわたって占有していたたこ焼き屋に対する市側の立ち退き要求が裁判に至った事例があり、第一審では市側が敗訴しています(上級審で市側が逆転勝訴)。不法占有であったとしても、裁判なしで容易に代執行できるわけでもなければ、裁判でも必ず勝てるとも言えないわけです。
韓国の判例がどうなのかの判断も必要ですが、普通の民主主義国家では行政側の強制手段に相当の制約が課せられることくらいは、日本が民主主義国家であるべきと思うのなら知っておくべきでしょう。

それ以外に裁判できない(しにくい)理由もあります。
日韓政府間合意の存在です。

(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

韓国政府は、慰安婦像の適切な解決のために「関連団体との協議を行う」ことが合意に明記されています。裁判に訴えるのは「関連団体との協議を行う」とは普通言いませんので、日韓合意を遵守するなら韓国政府は裁判も控えるしかありません。

実際のところ、釜山では少女像を一度撤去していますが、法律的には撤去という措置はかなり無理をしています。上述した通り、“行政による撤去”という措置を正当化する法的根拠が極めて薄いからです*1。まして所有権自体は設置した団体にありますから、返還されるのも当然です*2
少女像が再び設置された後、行政側が再度撤去できなかったのは、市民らによる監視・抗議もあるでしょうが、何より撤去を正当化する法的根拠がないからと見るべきでしょう。

韓国政府に圧力をかけることで日本にメリットはあるか

日本国内での嫌韓感情を煽り、政権支持率を加算する以外のメリットはまあありませんね。
韓国政府にはそもそも撤去する法的権限がありません。

慰安婦像設置が未許可だからと言って行政代執行は無理がありますし、日本政府が圧力をかけることで逆に許可を出す可能性もあります(許可を出さない正当な理由が存在しませんので)。

逆の立場で考えるとわかりやすいんですが、例えば、沖縄の辺野古や高江の基地建設についてアメリカ政府がさっさと行うよう公言した場合どうなるか。間違いなく反対運動は拡大し、基地建設推進強行派の安倍政権でさえ“今、そんなことを言われると困る”と思うでしょう。

まあ、韓国政府に対して撤去せよと迫っている連中は、自国政府が自国民に対して行う強制は当然受容するのでしょうけどね。

行政代執行が簡単に濫用できるようであれば、その方が恐ろしい社会だという認識が平和ボケしすぎてわからないのかもしれませんが。

*1:原則として事前通知が必要な行政代執行ではなかったと思われ、その場合、行政側に慰安婦像を押収する法的根拠があったのか極めて疑問です

*2:放置自転車は撤去されても所有権が消滅するわけではないのと同じ