韓国政府が落とし所を探っている感じ

この件。
韓国外交部当局者「日本、10億円で慰安婦合意の義務を果たしたわけではない(中央日報日本語版 1/26(木) 8:58配信 )
ポイントは、(1)“10億円払ったことで日本政府の義務が完了したわけではない”、(2)“財団の事業は元慰安婦らの意向を尊重して行っている”、(3)“外交公館前に造形物を設置するのは礼譲上・慣行上望ましくない”、(4)“少女像の設立そのものには反対すべきでない”、(5)“10億円は少女像移転の対価ではない”の5点です。

(1)は日韓政府間合意の文言をそのまま解釈しただけの内容ですが、改めて日本政府に釘を刺し、韓国国内向けにも合意の価値を訴える内容です。
(2)は韓国国内向けに合意に基づく財団の事業の元慰安婦らの意向に沿ったものであると主張する内容です*1
(3)は日本側に対する配慮で、韓国政府として日本側に譲歩できる限界の表現です。日本大使館・領事館に限定せず、慰安婦像に限定せずの一般論として、それも礼譲上・慣行上の問題としていますので、ウィーン条約違反だという日本側の主張を受け入れたわけでもありません*2。当然、公権力による強制撤去もできません。
(4)は少女像の設置そのものには韓国政府として反対しないという立場を韓国国内向けに表明した内容です。日韓政府間合意は、過去の人権問題を歴史の闇に葬るための合意ではありませんし、韓国政府は当然その立場を維持しています。日本政府と日本社会にとっては過去の人権蹂躙行為を抹殺するための合意という理解になってますが。
(5)は10億円と少女像はリンクしないという韓国国内向けの説明であると同時に、日本側に対する指摘でもあります。まあ、強姦しても後で金払えば無罪という風潮の日本社会では受け入れられないとは思いますが。

政治的にはこれ以外の落とし所は考えにくく、仮に合意破棄を主張する候補者が次期大統領となってもこれ以外の対応は難しいと思います。
慰安婦像撤去が10億円の対価ならば10億円を日本に返す”といった潘基文*3が大統領になった場合は、おそらく現在の韓国政府の方針をそのまま踏襲するでしょうね。慰安婦像撤去が10億円の対価でないのなら返還の必要はありませんので、形式を整えた上で韓国国内関係者同意の下での移転を時間をかけて行うという方針を採るのではないかと思います。
したたかに対応するのなら日本国内で妄言が続く限り、「被害者の名誉と尊厳を回復し、心の傷を治癒する」という事業が完了していないとして、慰安婦像を移転できないと主張することだってありえますね。

そもそも韓国政府が慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」には前提条件があります。

(1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

「日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提」でそれは以下の内容です。

(2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

日本政府は「全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」必要があり、「全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこと」が合意上、義務付けられています。日本国内で元慰安婦らを侮辱する妄言が続く限り、「名誉と尊厳」は回復しませんし「心の傷の癒やし」にもなりません。
それらが「着実に実施」されてはじめて韓国政府としては「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」できます。

韓国外交部当局者「日本、10億円で慰安婦合意の義務を果たしたわけではない」

中央日報日本語版 1/26(木) 8:58配信
韓国外交部当局者が25日「慰安婦問題に関する12・28合意の目標は慰安婦被害者が満足できる名誉回復や心の傷の治癒であり、日本政府が10億円を拠出したからといって義務を果たしたわけではない」と話した。
この当局者は、記者会見で「合意は韓国が財団を設立し、日本が資金を拠出して両国政府が協力することで、被害者の名誉と尊厳を回復し、心の傷を治癒するために取り組むことにした。生存している被害者に支援するための事業もまだ終わっておらず、象徴的な事業も残っているため、日本の義務は続いている」と述べた。また「10億円が少女像移転の対価という話を聞くが、これに関しては事実と違うと数回明らかにしており、日本でもそのような発言がなされているのは残念」と話した。
慰安婦合意に対する韓国の反対世論が依然として存在することについては「色々な原因があるだろうが、日本政府の真正性に問題があると思う。様々なルートを通じてこのような立場を(日本に)伝えており、その部分が補完されるように努力する」と説明した。最近、慰安婦被害者の支援に向けた「和解・癒し財団」が金福得(キム・ボクドゥク)さんなど被害者の意思に反して現金を支給したという主張があるが、この当局者はこれに対して「外交部で金福得さんを数回訪ねて話を伝え、(支援金を受け取るという)本人の意志を明確に確認しただけでなく、唯一の家族であるおいの立場も数回にわたって確認した」と反論した。
日本側が釜山(プサン)日本総領事館の前に少女像を設立したことに対する対抗措置として駐韓日本大使を一時帰国させた期間が長引いていることについては「現在、特に進展したことはない。この問題は日本政府が決めることであるだけに、韓国としては毅然と日本側の措置を見守りたい」と説明した。また「慰安婦被害の歴史的事実を忘れないという趣旨から少女像の設立に対しては反対する必要もなく、反対してもならないと思う」としながらも、「ただ、単に日本総領事館であるためでなく、他のどの国でも外交公館の直ぐ前に造形物を設置するのは国際礼譲上、外交公館の保護に対する慣行上、望ましくない」と既存の立場を繰り返した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170126-00000009-cnippou-kr

*1:事実関係について双方の主張が異なっているのは、元慰安婦側の翻意の可能性、韓国政府側の欺瞞の可能性、コミュニケーションでの齟齬の可能性があり、今のところ断定は難しいと思います。個人的には齟齬の可能性が高いと思いますが。(官僚用語で人権問題の調整をする場合によくある話だと思うので)

*2:この発言を日本側が“韓国政府がウィーン条約違反であることを認めた証拠”にすりかえるのは容易に想像できますが。

*3:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170114/1484407113