適菜収氏の認識が誤っている点について

この件。
安倍政権と歴史認識について~適菜収と清水忠史が語る~

この中にこういう部分があります。

適菜  ただ、河野談話が作られた経緯はかなり怪しい。要するに、自民党と韓国政府が政治的判断で歴史を確定させたという経緯があります。慰安婦の強制連行はなかったとネトウヨみたいなことを言いたいわけではないですよ。ないことの証明はできませんし。もっと違う次元の話です。当時河野洋平は韓国側とのすりあわせはしていないと大嘘をついていた。自民党が調査した結果、証拠は出てこなかった。証拠がないということと、強制がなかったことは別の話ですから、それこそ検証を続ければいいだけの話です。しかし、証拠がないのに河野談話を通してしまったわけです。これは政治の越権です。歴史に対する罪です。歴史修正主義がどうこうと騒ぐ左翼に限って、こうした歴史の修正には口をつぐんだりする。日韓合意で一〇億円を韓国に流した件についても、時の政権が不可逆的に歴史を確定させようとしたわけで、強い違和感があります。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191018-00010740-besttimes-pol

「当時河野洋平は韓国側とのすりあわせはしていないと大嘘をついていた」という点については、当時の日本国内の右翼勢力による反発を考慮した政治判断としか言いようがありません。まあ、本来なら当時の日本政府が誠実に自らの犯罪行為について認めて謝罪する方向で談話を作成していれば、韓国側と調整する必要も無かった話ですけどね。
当時の日本政府は慰安婦問題における日本の責任を可能な限り回避したいという邪な欲求から、韓国側が許容しうる最低限の謝罪にしようとして韓国側に文言の確認を要請したわけですから。

安倍政権や右派メディアの煽動と誘導の結果、現在の日本社会は“日本政府には本来何の責任も無かったのに韓国に配慮して謝罪するための論理を無理やり作った”みたいに認識しているようですが(適菜氏含め)。

そこで適菜氏のいう「自民党が調査した結果、証拠は出てこなかった」と言う部分ですが、これは何の証拠なのか明記されていませんが、文脈から判断するに「慰安婦の強制連行」の証拠を指していると思われます。

すなわち、“自民党が調査した結果、「慰安婦の強制連行」の証拠は出てこなかったが、「証拠がないのに河野談話を通してしまった」”という主旨でしょう。
では、そもそも河野談話当時に「慰安婦の強制連行」の証拠は出てこなかったのでしょうか?

私自身も以前は「河野談話発表までに「強制連行を直接示す資料」は見つけられなかった、しかし、その後見つかった」と認識していましたが、これは認識不足であって、実際には河野談話発表時点に既に「強制連行を直接示す資料」は見つかっています。


以下は以前も言及した共産党赤嶺政賢衆院議員の質問主意書です。

平成二十五年六月十日提出
質問第一〇二号

強制連行の裏付けがなかったとする二〇〇七年答弁書に関する質問主意書

提出者  赤嶺政賢
(抜粋)
六 一九九三年八月四日、政府は、いわゆる河野談話とともに「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」を発表した。これは、「同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料」の概要を明らかにしたものである。そこには、〔法務省関係〕(バタビア臨時軍法会議の記録)があり、「一九四四年二月末ころから同年四月までの間、部下の軍人や民間人が上記女性(「ジャワ島セラマンほかの抑留所に収容中であったオランダ人女性」)らに対し、売春をさせる目的で上記慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどしたような戦争犯罪行為を知り又は知り得たにもかかわらずこれを黙認した」との記述がある。これが、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」にあたることは明白である。「同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」とした「答弁書」は誤りであり、訂正するべきと考えるが、安倍内閣の見解を問う。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a183102.htm

この質問に対して安倍政権は「同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。」*1

改めて事実関係を整理すると、河野談話発表当日の1993年8月4日に談話と共に発表した資料である「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」には、「部下の軍人や民間人が上記女性(「ジャワ島セラマンほかの抑留所に収容中であったオランダ人女性」)らに対し、売春をさせる目的で上記慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどしたような戦争犯罪行為を知り又は知り得たにもかかわらずこれを黙認した」という起訴事実が書かれたバタビア臨時軍法会議の記録が含まれているにもかかわらず、安倍政権は“日本軍人が、売春をさせる目的で民間人女性を慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要する”行為を「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」にあたらない、と閣議決定したわけです。


繰り返しますが、“日本軍人が売春をさせる目的で民間人女性を慰安所に連行し脅して売春を強要したという記述”を「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」にあたらないと安倍政権は閣議決定したんですね。
そして、その記述の存在を1993年8月4日の河野談話発表当時に日本政府は知っていました。


さて、適菜収氏は、1993年8月4日の河野談話発表当時に「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」は無かったとする自民党の調査結果に賛同するのでしょうか?

適菜収氏と対談している清水忠史氏にしても自らの所属する政党が出した質問主意書の内容を理解していないのでしょうか?
それとも共産党は、“日本軍人が売春をさせる目的で民間人女性を慰安所に連行し脅して売春を強要したという記述”は「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」にあたらないという安倍政権の答弁に納得したんでしょうか?


ちなみに赤嶺議員が指摘した「一九九三年八月四日の「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」」ですが、以前は外務省サイトで公開されていましたが現在は見当たりません。
安倍首相の指示か、河野(息子)による忖度か、官僚による忖度か、よくわかりません。

せっかくなので該当部分の画像を貼っておきます。

f:id:scopedog:20191018221239p:plain
「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」〔法務省関係〕(バタビア臨時軍法会議の記録)


で、「歴史修正主義がどうこうと騒ぐ左翼に限って、こうした歴史の修正には口をつぐんだりする」と言ってる適菜収氏には、自らも“日本軍人が売春をさせる目的で民間人女性を慰安所に連行し脅して売春を強要したという記述”は「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」にあたらないと思うのか、それともそのような記述の存在を知らなかったと認め見解を訂正するのか、はっきりしてもらいたいところです。

まあ、知らなかったとしてもしょうがないとも思っています。
まさか一国の政府が閣議決定において虚偽を記載するとか普通は思いませんし、幾多のマスコミも揃いも揃って、ろくに検証もしないような体たらくでしたしね。ここまで腐りきって腐臭溢れる中で、安倍政権による特定の虚偽・隠蔽の臭いをかぎ分けろと言っても無理難題なのもわからなくはありません。

ですからまあ、適菜収氏が「こうした歴史の修正には口をつぐんだりする」としても、私としては“ああ、またか”くらいの諦観で受け入れるつもりです。



*1:答弁書は「政府の認識は、答弁書一の1から3までについてでお答えしたものと同じである」としており、引用は「答弁書一の1から3まで」の内容の記載から