無知と無理解による医療関係デマ

こういう記事がありました。

エイズ治療の飲み薬で感染も予防できた
2011/7/28 18:06
国連合同エイズ計画(UNAIDS)と世界保健機関(WHO)は2011年7月13日、エイズ治療用の飲み薬の服用でエイズウイルス (HIV)感染が6割から7割予防できることが明らかになった、と発表した。アフリカでは全国民うちの何割もの人がHIV感染している国があり、感染の防止策が緊急の課題になっている。
米国ワシントン大学グループの臨床試験は、東部アフリカのケニアウガンダの4758組のカップルで行われた。どちらか一人はHIV陽性で、もう一人は陰性というカップルを選んだ。
避妊具使用のうえ、陰性のパートナーは、1日1錠の抗ウイルス薬テノフォビルを飲むか、テノフォビルとやはり抗ウイルス薬のエムトリシタビンの合剤を服用するか、または偽薬を飲むか、の3通りに分けられた。その結果、感染は合剤群で73%、テノフォビル群で62%、いずれも偽薬グループに比べて減少したという。
米国疾病管理センター (CDC)は、南部アフリカのボツワナの1200組で同様の臨床試験を行った。偽薬群に比べてテノフォビルとエムトリシタビンの合剤群は感染を63%減らせた。いずれの試験でも、男から女、女から男、両方で感染防止ができた。
3300万人といわれるHIV感染者のうち、半数は感染を知らず、結果的にウイルスの拡散、エイズの拡大を招いていると見られる。2つの国連機関はアフリカ諸国でのHIV検査の普及を進めており、予防薬に期待する両事務局長の談話を発表した。
テノフォビルとエムトリシタビンはいずれも逆転写酵素阻害剤と呼ばれる抗レトロウイルス薬で、欧米ではエイズB型肝炎の治療薬、日本でもエイズ治療薬として使われている。合剤の安価なジェネリック製品も世界中で売られているという。
(医療ジャーナリスト・田辺功)

http://www.j-cast.com/2011/07/28102777.html

医療に詳しくない人に対して親切ではない記事とは思うのですが、この程度はそれなりの専門分野の記事にはよく見かけるわけで、田辺記者だけの問題ではないと思います。
この記事、普通に読めば、エイズに対してよく効く予防薬が出たのか、という程度の理解がされると思います。

よく分かっていない人でちょっと変な人はこう解釈します。

HIV陽性と陰性のアフリカ人カップル4758組にセクロスさせたけど、感染を3〜4割に抑えることができたよ」

http://alfalfalfa.com/archives/4001071.html

確かに元記事には、「エイズ治療用の飲み薬の服用でエイズウイルス (HIV)感染が6割から7割予防できることが明らかになった」とありますし、UNAIDSの英語記事でも同じような記載なので、予防できた6割から7割以外の3〜4割は感染したのか?と思うのは、まあ、ある意味仕方ないのかもしれませんが・・・。

ただねぇ、普通に考えて、臨床試験で3割の人にエイズを感染させる試験が成り立つわけがないでしょ?倫理的に。
しかも、アメリカの大学の試験でそんなことすると本当に思います?
もし本当にそんな試験が行われていて、こんな風にネット配信されれば、医療の素人のネットユーザーより先に大問題だと取り上げる人がいますよ。

実際の臨床試験の内容

ワシントン大学のサイトには、当該試験”PARTNERS PrEP STUDY”の結果が公開されています。
概要はこんな感じです。

・The Partners PrEP Study enrolled 4758 HIV serodiscordant couples from 9 clinical trial sites in Kenya and Uganda. HIV uninfected partners were randomly assigned in equal numbers to one of three study groups: one group received TDF, one FTC/TDF, and one placebo. The study was double-blinded. The study began in July 2008 and enrollment was completed in November 2010.

http://depts.washington.edu/uwicrc/research/studies/files/PrEP_ResultsKeyMessages.pdf

(訳)
ケニアウガンダにある9つの医療施設で合計4758組のHIV陽性+陰性のカップルを”PARTNERS PrEP STUDY”に登録した。陰性のパートナーを無作為に3群(TDF群、FTC/TDF群、プラセボ群)のいずれかにそれぞれ同数割り付けた。この試験は二重盲検で行われた。この試験は2008年7月に開始され、2010年11月に登録が完了した。

いわゆるプラセボ対照二重盲検群間比較試験です。
TDF群はテノフォビル単独投与群で1586組。FTC/TDF群はテノフォビルとエムトリシタビンの合剤投与群で同じく1586組。プラセボ群は偽薬群でこれも1586組。
「二重盲検」というのは、患者も医者も両方とも服用しているのが、実薬か偽薬かわからない、ということです。これにより患者側のプラセボ効果も医者側のプラセボ効果も抑えられ、医者による恣意的な選択も避けられますので、一般的な臨床試験ではほとんど二重盲検がなされます*1
各群1500組以上集める大規模な試験ですから、登録症例を集めるだけで2年かかっています。

ところで、ある程度臨床試験を知っている人なら、各群1500例必要というだけでピンと来るはずです。

「1500例も必要ってことは、実薬の薬効が大きくないか、あるいは疾患の発現自体が少ないのでは?」

薬効が小さい場合、その差を統計的に検出する為に多数の症例を必要とします。しかしこの試験ではそうではありません。
この試験はHIV陽性の被験者からHIV陰性の被験者に感染というイベントが発生するかどうかを調べる試験ですから、感染イベントの発生率が低い場合、統計的な差を検出する為に必要なイベント数を得る為に多数の症例が必要となるのです。

つまり、この各群1500例という数字は、HIVが感染する確率が低いということを示唆しているのです。

倫理面での配慮

この試験では、HIVの感染というイベントが起こらなければ、薬効を確かめることはできません。そのため、倫理面で極めて慎重な対応を取っています。試験の場所がアフリカなのは、アフリカを差別しているわけではなく、感染が広がっている実態があるからです。

・All study participants received a comprehensive package of HIV prevention services, which included intensive safer sex counseling (both individually and as a couple), HIV testing, free condoms, testing and treatment for sexually transmitted infections, and monitoring and care for HIV infection.

http://depts.washington.edu/uwicrc/research/studies/files/PrEP_ResultsKeyMessages.pdf

(訳)
この試験の全被験者は包括的なHIV予防サービスを受ける事ができる。それには安全な性交渉についての充実したカウンセリング(個別でもカップルでも可能)や、HIV検査、無料のコンドーム、性感染症の検査と治療、HIV感染の検査と治療が含まれる。

この試験に参加したカップルは、参加しないカップルよりも充実した医療が受けられるメリットがあり、感染予防・感染後の治療についても支援を受ける事ができるわけです。HIV感染が広がっている現状と、このケアがあることから、倫理的な問題がクリアされるわけです。
臨床試験自体も感染イベントが発生しなければ試験が成立しないにもかかわらず、感染が起こらないように配慮している事がわかると思います。


実際に生じた感染者は?

ここが本題になります。
臨床試験についてよくわかっていない人が、いい加減な知識に基づいて放つデマでは、

HIV陽性と陰性のアフリカ人カップル4758組にセクロスさせたけど、感染を3〜4割に抑えることができたよ」

http://alfalfalfa.com/archives/4001071.html

ですから、治療群(TDF群、FTC/TDF群)約3000組で6割から7割予防→つまり3割(900人程度)感染とか思っているようですが、もちろん全くのデタラメです。

・Through 31 May 2011, a total of 78 HIV infections occurred in the study: 18 among those assigned TDF, 13 among those assigned FTC/TDF, and 47 among those assigned placebo. Thus, those who received TDF had an average of 62% fewer HIV infections (95% CI 34 to 78, p=0.0003) and those who received FTC/TDF had 73% fewer HIV infections (95% CI 49 to 85, p<0.0001) than those who received placebo. PrEP reduced HIV risk in both women and men.

http://depts.washington.edu/uwicrc/research/studies/files/PrEP_ResultsKeyMessages.pdf

(訳)
2011年5月11日までのデータでは、この試験でHIVに感染したのは78例、うち18例がTDF群、13例がFTC/TDF群、47例がプラセボ群。TDF群はプラセボ群に比べ62%減少(95%信頼区間 34〜78%、p=0.0003)し、FTC/TDF群はプラセボ群に比べ73%減少(95%信頼区間 49〜85%、p<0.0001)した。PrEPは、男女ともにHIV感染リスクを減らした。


要するに4758組中、感染したのは78人です。

母数 感染者数(率)
TDF群 1586 18(1.13%)
FTC/TDF群 1586 13(0.82%)
プラセボ 1586 47(2.96%)

「TDF群はプラセボ群に比べ62%減少」「FTC/TDF群はプラセボ群に比べ73%減少」というのは手法が分からないので正確には言えません。


(TDF群の感染オッズ)/(プラセボ群の感染オッズ)={18*(1586-47)}/{47*(1586-18)}=0.376
→オッズ比が1-0.376=0.624で、62%減少

(FTC/TDF群の感染オッズ)/(プラセボ群の感染オッズ)={13*(1586-47)}/{47*(1586-13)}=0.271
→オッズ比が1-0.271=0.729で、73%減少

多分、このオッズ比ではないのかな、とは思うのですが、もっと単純に、

(TDF群の感染率)/(プラセボ群の感染率)=(18/1586)/(47/1586)=0.383
→感染率が1-0.383=0.617で、62%減少

(FTC/TDF群の感染率)/(プラセボ群の感染率)=(13/1586)/(47/1586)=0.277
→感染率が1-0.277=0.723で、72%減少

かも知れません。この手の試験ではオッズ比を使う事が多いのですが、その場合は、上記のように1から引く事はしません。ただし、大規模試験の場合、比較手法とかはいい加減なことも結構ありますので、どうなのかは何とも言えません。

この試験からわかること

  • 臨床試験に参加し、感染予防のための知識や支援を得ているカップルでも1〜2年間で約3%がHIVに感染する。
  • TDFやFTC/TDFの経口剤を服用する事で、感染リスクを1%程度に減らせる。

アフリカでの陰性+陽性パートナー間での一般的な感染率が3%以上なら、この臨床試験に倫理的な問題はないと言えます。


ちなみに

・Importantly, PrEP was found to be safe: the rate of serious medical events was similar for those assigned to TDF, FTC/TDF, and placebo. Ten percent of women annually became pregnant during the study and they were discontinued from the study medication during pregnancy; pregnancy rates were similar across the three arms and there was no evidence that TDF or FTC/TDF was associated with pregnancy complications.

http://depts.washington.edu/uwicrc/research/studies/files/PrEP_ResultsKeyMessages.pdf

この薬剤の良い点として、重篤な有害事象の発現率が3群で同等、妊娠率も3群で同等、TDFやFTC/TDFに関連する妊娠合併症が認められない点です。
要するに安全性に優れているわけです。
通常、薬剤の副作用の検討は妊婦に対して、慎重に行われます。この試験はその性質上、試験中に妊娠する事もあり、また妊娠を望むカップルが使用することも当然考えられる薬剤ですから、こういった安全性の証明は非常に有意義です。

この試験ではコンドームの使用が指導されていますが、実際には年間10%が妊娠したとありますので、指導そのものは感染のリスクを下げる指導で、子どもを作る事まで禁止するものではなかったのでしょう。



頭の悪いコメント

まあ、くだらないコメントなので。

臨床試験に対する無知

81 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:39:20.82 id:HAJLhgb+0
>>1
でも感染率が30%ってことだろ
薬飲んでても、エイズ患者とセックスしたらそれってめっちゃたかくね??
おい、頭いいやつ、否定してくれ

5 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:00:18.20 id:LXgzG0SA0
残りの3割は相手に遷したのかwwwwwwwwwwww
命がけだな、幾らもらえたんだか。。。。。

6 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:00:21.32 id:UlqE1X2D0
まて、3割感染させる実験って怖すぎるだろw
動物実験だってもっと安全な方策とるぞ。

12 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:03:53.32 id:BxO8J3xe0
>感染は合剤群で73%、テノフォビル群で62%
宝くじ感覚の新薬実証試験…感染したカップルかわいそす
「どんどんSEXして下さいね♪」
っつって実験開始したのかな?

29 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:08:17.87 ID:8uBJMJKz0
物凄い実験だが、これは…
最初に承諾書にサインさせた上でやってるんだろうけどしかし、
なんていうかコメントし難いな
被験者達は、どの程度自由意志でそれを選択できる立場にあったんだろう
「金の為に仕方なく…」とかな気がしないでもないんだが

37 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:10:11.82 id:AflUa0tr0
すごい
アフリカ人を人間扱いしないアメ公
さすが、史上最悪のレイシスト奴隷制度国家w

38 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:10:29.08 ID:b/8GbE8n0
残り3割にはエイズうつってるということでは・・・・・・
それが許されてるのがすごいな・・・・・
タスキギー梅毒人体実験みたいな悪質なことしたんじゃなりだろうな・・・・

40 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:12:59.88 ID:1GhiGKs70
これは完全に人権侵害
アフリカのやつはぶち切れていいい

48 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:16:10.15 id:GbPTO2E40
アフリカのクロンボ使って人体実験www
国連なにやてんだ?
ちゃんと製薬会社のオーナー逮捕してハーグで裁判かけろ

59 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:27:45.43 id:bWz8wO310
3割はどっちみち感染の運命。観察対象になってお金もらえただろうから、
ある意味ラッキーかもな。

66 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:31:55.48 id:hJd2dDTa0
ケニアウガンダって…これって人種差別にならないの?
たぶん大金もらえるから軽い気持ちでやっちゃったんじゃないのか?

73 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:34:12.46 id:Ehzsw5EwO
7割予防って、3割はエイズ感染したのか
ものすごい実験だなあ。怖すぎる

76 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:35:56.21 ID:62OKaD3j0
4758/3 + 4758/3*(1-0.73) + 4758/3*(1-0.62) = 2616.90
この実験で2600人くらい感染が広まりました。
最初の検査で止めておけば感染しなかったけど、
医学の発展のためには仕方無いよね。

86 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:42:07.74 ID:62OKaD3j0
>>76
しまった、間違えた。
偽薬での感染率xが書いてないから、
正確には2616.90*x人だ。
良かった。エイズになった人はずっと少なかったんだ。

85 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:41:43.45 id:NOaQZqfcO
ひどすぎる。陰性だったのに感染した人達はどうするの?
人殺し!!

http://best.2chblog.jp/archives/51919350.html

3割が感染したわけじゃーありません。
それにしても、なんという陰謀脳・・・

避妊具関連

77 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:38:10.53 id:HtQUksEW0
>>1
>避妊具使用のうえ、
この避妊具っていうのがマイルーラだったら笑うよな
実験対象が途中で妊娠しないようにだけ使われる

11 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:03:24.14 id:ZQr0RbZYO
これの怖いのは避妊具つけたら大丈夫みたいなのが定着してるけど
全然普通に感染するってことじゃね?

41 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:13:04.93 ID:3hDOBMA/0
コンドーム付けてなんで感染すんだ?
フェラを禁止させなかったからか?

52 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:21:41.85 id:iEVuRRPp0
ゴム意味なしか
オーラルセックスしてりゃそらダメだろうけど

http://best.2chblog.jp/archives/51919350.html

妊娠してますし、その上で安全性の確認にもなってますね。
普通に妊娠を望まない場合は避妊具を使って、感染リスクを下げるという指導だったのでしょうが、多分そういうことに気付かない人たち。

79 :名無しさん@12周年2011/07/29(金) 04:38:47.11 ID:+3zXY9Rt0
ちなみに、偽薬って必要か?
思い込みで感染したりしなかったりするのか、普通。

http://best.2chblog.jp/archives/51919350.html

飲んだら絶対感染しないわけじゃないですし、感染率そのものが低いので、プラセボを使わないと、この数倍〜数十倍程度の症例数が必要になります。資金の問題もあるけど、時間の問題もあります。有効な薬剤はなるべく早く市場に出した方が、その恩恵を受ける患者が増えるわけで、倫理的にはそういった面も考慮する必要があります。

*1:例外もあります。例えば、血中濃度を調べる薬物動態試験ではプラセボ効果が出ないため盲検化の意味がありません。また、既存の治療法がなく疾患が致命的な場合は、倫理的にプラセボ対照試験を避けることがあります。