名誉毀損された場合の対抗策に関する雑感

テレビ、新聞、出版社などを通じて名誉を毀損する虚偽の事実が流布された場合、その被害者にはどういう対抗手段はあるのでしょうか。考えられるのは三つ、(1)反論を自ら発信する、(2)流布したメディアに対して圧力をかけ訂正させる、(3)司法に訴える、です。

被害者が一個人、あるいは特別な社会的地位を持たない団体の場合

この場合(1)の自ら反論はほとんど不可能で効果もありません。松本サリン事件のような誤報が生じた場合を想像すれば容易に理解できますが、一個人の立場で反論してもまともに報じてすらもらえず、むしろ“罪を認めない不埒な奴”という誹謗を呼び込むだけでしょう。
(2)はどうでしょうか。これも一個人の立場ではメディアに圧力をかけることは出来ません。これをやるためには支援者を集めて市民運動を起こす必要がありますが、それでも相当の労力と負担を強いられます。
すると結局のところ、社会的に弱体な一個人の場合は、(3)の司法に訴える以外の手段がないことになります。

ところが最後に残された手段でさえ、潰されることがあります。司法を通じて虚偽事実の訂正を求めたら、「言論の自由を弾圧するのか!」と騒ぎ立てられる場合です。
産経新聞などが市民団体に対して虚偽の事実を報じて誹謗中傷を流布し、市民団体から訴えられると「左翼は言論の自由を弾圧している!」とわめき散らすアレです。
言論の自由”という錦の御旗をたてられると、リベラル系の味方が一気に減ります。場合によっては敵にすらなります。結果として、虚偽を流布されダメージを受けた個人・市民団体は孤立無援のまま泣き寝入りを強いられます。

逆に右派系の個人・団体が名誉毀損で訴えても、「言論の自由を弾圧するのか!」と罵られることはありません。

結果として、右派系市民・団体が隆盛し、左派系市民・団体は疲弊するわけですね。
左派系市民・団体だけが一方的に名誉毀損から自分を守る手段を持たない、あるいは封じられているわけですから当然の話です。

ああ、もちろん司法的には解決することがあります。ただ、それは何年もの訴訟を経た上で得たわずかな額の罰金や賠償程度のささやかな勝利にすぎず、それですら被告側に判決を曲解した情報を流布され、名誉は毀損されたままになるということが多いのですが。

被害者が権力者の場合

この場合は(1)の自ら反論と言うことも可能ではあります。ただ、それも誠実な論争に発展するとは限らず、元々が加害者側の売名行為や加害意図に基づく場合などは泥沼状態になるだけで、被害者側は理不尽を疲弊を強いられることがままあります。
特に被害者がある程度の権力や権威を有する論者・団体である場合、無名の加害者が論戦を仕掛けるために意図的に名誉毀損を行うことがありますね。
“偽科学や歴史修正主義をまともに相手にすべきでない”というのは、まともに論戦をした場合、結果的に売名に加担し偽科学や歴史修正主義の蔓延に手を貸してしまいかねないです。
安倍政権以前の歴史修正主義界隈、特に産経新聞などがやたらと両論併記を求めたのもこういった企みによるものですね*1

被害者側が有力な発信能力を持っている場合、本来なら加害者との論戦をせずとも正しい情報の発信をすれば対応できますが、そのためには発信のリソースを割くことになり、経営的に難しい場合もありますし、多くの場合、直接の加害者とは別に加害者を支援する別の発信能力をもったシンパがいますので、不毛な論戦を避けられないことがままあります。
朝日新聞を非難している論者の背後に産経新聞安倍晋三がいるようなものですね。

無視するのがいいのか。泥沼覚悟で論戦するのがいいのかは難しい問題です。

(2)流布したメディアに対して圧力をかけ訂正させる、という手段はどうでしょうか。これは権力者が用いれば、普通は権力の横暴と非難され、言論の自由の弾圧だと言われるでしょうね。しかし、これが適用されるのはほとんどの場合、左派・リベラルに対する場合です。
大阪市長だった橋下徹は「ハシシタ」記事に対して政治的に圧力をかけ、連載を停止させ、社長を辞任に追い込んでいます。これを言論の弾圧だと指摘する論者はほとんど皆無でした。橋下は記事が差別的だと主張することで、リベラル側の抵抗を排除し、逆に味方につけてしまったわけです。差別問題という側面を前面に押し出し、言論の自由という側面を隠蔽することに成功した事例です。
もちろん、圧力で封じ込めるというのは安倍政権も多用していますが、安倍政権の場合は圧倒的な議席数と支持率で言論の自由の声を掻き消すやり方やシンパに擁護させるという手段*2が主でしょう。
この手法は即効性がありますが、圧倒的な権力を有していないと批判に晒されることになります。

(3)司法に訴える手段はどうでしょうか。本来なら正当な権利ですが、これも左派リベラルが用いた場合だけ「言論の自由を弾圧するのか!」と騒ぎ立てられることがほとんどです。
菅元首相は安倍首相に虚偽の事実での誹謗中傷を受け名誉毀損されましたが、これを司法に訴えると産経新聞などが非難しました。
一方で、丸山自民党議員などが仙石民主党議員を訴えた場合などは全く問題視されませんでした。

個人の場合と同じく、右派系権力者・団体は一方的に相手陣営に対するデマを流布する自由を有し、左派系権力者・団体は反論も封じられるような状態に置かれているわけです。

左派リベラルに対するデマのみが一方的に大手を振って流布されているわけですから、左派リベラルに対する印象が悪化するのも当然な話ではあるんですよね。



*1:南京事件否定論慰安婦問題否認論などで両論併記するよう求め、否定論・否認論がある程度蔓延したと見るや通説を排除する方向に舵を切っている現状を見れば、彼らの企みがわかりますね。

*2:高市発言を山田太郎が擁護した事例など。