国籍法改正問題についての考察


ウヨの皆さんの反対運動*1がかしましいので少し考えてみました。

改正案そのものは、最高裁判決を受けたもので、単純明快に現行の国籍法第3条1項を

 (準正による国籍の取得)
   第三条 父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

http://www.moj.go.jp/MINJI/kokusekiho.html

から

 (認知された子の国籍の取得)
   第三条 父又は母が認知した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

こう変更するというものです。
これまでは、日本人父と外国人母の間に出来た子は、生後に父が自分の子だと認めていても父母が結婚しない限り日本人として認められなかったわけですが、改正後は生後の認知であっても日本人として認められることになります。つまり、国籍法改正により、認知の時期が生前か生後かの違いによる差別、父母が婚姻関係にあるかどうかによる差別、父が日本人である場合と母が日本人である場合の差別が解消されることになります*2
また、これまで旧法下での差別待遇を受けた人たちの救済を目的とした経過措置があり、20歳になるまでに父母の認知を受けていた人については改正国籍法施行後3年間に限り国籍取得の届出が可能になってます。

ついでに、反対派の運動により、罰則が第20条として追加されています。

 (罰則)
第二十条 第三条第一項の規定による届出をする場合において、虚偽の届出をした者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、刑法(明治四十年法律第四十五号)第二条の例に従う。

(参照:http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g17005009.htm


改正反対派の懸念1・偽装日本人が急増する!

この懸念というのは、行為主体に違いによって2通りあります。
I.日本国籍を得たい外国人が、日本人男性の実子であると主張する場合。
II.日本の在留資格を得たい外国人女性が、自分の子を日本人男性との間の子であると主張する場合。

これらはいずれも以下の手順を必要とします。

1.日本人男性による実子でない外国人女性の子の認知(市町村役場;戸籍法第60条)

2.日本人男性の認知を根拠とした国籍取得(法務局;改正国籍法第3条)

3.日本国籍取得したことの届出(市町村役場;戸籍法第102条)

「1」については、日本人男性が届け出る必要があり、
http://www.city.kuji.iwate.jp/cb/hpc/Article-112-6589.html
「2」については、日本国籍を得ようとする本人が届け出る必要があります。
http://www.moj.go.jp/ONLINE/NATIONALITY/6-1.html


ちなみに現行国籍法で同様のことを行う場合は、「2」以前に、

0.日本人男性と外国人女性の婚姻届(市町村役場;戸籍法第73条)

の手順を必要とします。
ただし、これが行えるのは、日本人男性・外国人女性ともに存命かつ他の人と結婚していないことが必須となります(このため、既婚の日本人男性が配偶者でない外国人女性との間に作った子供が日本で生まれ育っているにも関わらず日本国籍を得られない、という問題になったわけです)。


偽装日本人になろうとする場合、現行法では「0」〜「3」までの4つの障壁がありましたが、改正法では「1」〜「3」の三つに減ります。

なので、法改正を原因とした虚偽届出の増加は当然あり得ますが、重要なのは、法改正により救済される人権というベネフィットに対して虚偽届出というリスクがどの程度か、ということです。

つまり、虚偽の届出があり得る、とか、改正以前より増える、という懸念だけでは改正に反対するのに不十分だということですね。
言い換えると、法改正により救済される人権より重大なリスク(大量の改正国籍法の不正利用)が起こるのか、ということになります。

では、改正国籍法の下で、大量の不正は起こるでしょうか?


はっきり言ってまずあり得ません。

「0.婚姻」の要件が減ったとは言え、「1.認知」「2.国籍取得届(法務局)」「3.国籍取得届(市町村役場)」の3つの関門があります。これを不正にすり抜けるのは容易ではありません。

反対派の主張では、届出たらすぐ受理され取り消されない、ということになってますが、届出に虚偽の記載があれば当然取り消されますし、法務局への申請では処理に1ヶ月くらいかかります(受理されれば申請時点より国籍取得の効果が発生)。
現行法下では年間1500件程度の国籍取得の処理が、改正による増加予測以上に大量に増えればすぐにわかります。疑義があれば、違法行為の可能性もあることから警察の協力も得られるでしょうし、簡単に不受理になるでしょう。そうすれば「3.国籍取得届(市町村役場)」の届出が出来ませんから、選挙権を得ることも出来ません。


●国籍取得届の手続き
日本国籍を取得しようとする本人が、住所地を管轄する法務局・地方法務局又は在外公館に出向いて届書を申請します。15歳以上のときは本人が、15歳未満のときはご両親など(親権者・後見人などの法定代理人)が代理で手続きします。

外国人登録証明書・旅券・運転免許証・健康保険証・母子健康手帳など届書を提出した者が、本人又はその法定代理人であることを証明する書面が必要です。申請にかかる手数料はありません。

法務局に書類を提出し、受け付けられた場合、約1ヶ月で国籍証明書が法務局から交付されます。届出がいったん受け付けられれば、届出を取り下げることはできません。

http://www16.plala.or.jp/koffice/gyoseishoshi/outline/w10.html

改正反対派の懸念2・偽装認知

偽装認知の刑罰は軽いか?

偽装認知をするということは、虚偽の認知届を出すということで、戸籍の記載の変更を伴うので、公正証書原本不実記載の罪が成立します。

刑法
(公正証書原本不実記載等)
第百五十七条  公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

ちなみに公正証書原本不実記載は未遂も罰せられるので(刑法157条3項)、認知届を出した時点でばれて戸籍の変更などがなかった場合でも処罰対象です。
虚偽の「1.認知」が受理されただけで、「五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」です。決して軽くありません。

最後の「3.国籍取得届(市町村役場)」まで行けば、併合罪で懲役は7年を超えます。


偽装認知はばれない?

現にばれた事例を反対派自身が提示しています。

不法滞在、新たな手口 中国人胎児を偽装認知

埼玉2人逮捕 日本人に謝礼30万円
日本人の男に胎児を認知してもらい、生まれてきた子供に日本国籍を取って自分も日本での長期滞在資格を取得しようとした中国人の女が、公正証書原本不実記載・同行使の疑いで埼玉県警に逮捕されていたことが五日、分かった。日本滞在資格を得るための新たな手口で、同県警によると、このような摘発は全国で初めて。県警は背後に中国人犯罪組織が関与している可能性もあるとみて、二人を仲介した中国人の男の行方を追っている。
県警国際捜査課と鴻巣署に逮捕されたのは、東京都北区の無職、中国籍、林玲容疑者(二七)と、胎児を認知した埼玉県新座市の無職、田中和人容疑者(五七)。
調べによると、林容疑者は約五年前に来日し、不法滞在期間に入っていた昨年、同居していた中国人男性の子供を妊娠。昨年十月、田中容疑者と一緒に埼玉・川口市役所を訪れて、胎児を田中容疑者の子供と装って虚偽の認知届を提出した疑い。
両容疑者は東京都新宿区の自称貿易商の中国人の男(五三)の仲介で知り合い、田中容疑者は胎児を認知後、林容疑者から謝礼として三十万円を受け取った。両容疑者は容疑を認めているという。
自称貿易商の中国人は中国に逃亡したとみられるが、同県警はこの中国人が胎児の偽装認知を十件以上仲介したとみて全容解明を進めている。
43 :名無しさん@九周年:2008/11/15(土) 23:14:18 id:hSub3o0q0

http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/11/post_ffde.html

届出だけで簡単に日本国籍が得られるのなら、なぜ逮捕されたのでしょうか?


偽装認知を国籍法で取締るべき?

国籍法の改正部分は、適正に認知が行われたことを前提としています。これを性善説とかいうのはおかしな話であって、もし認知が適正であることを保証するために措置を必要とするなら、認知行為を規定した法律で対応すべきです。
つまりは、国籍法ではなく戸籍法で対応すべきとなります。

具体的には、認知にあたって科学的な血縁の根拠あるいは家族としての生活実態の有無で判断するようにすれば良いでしょう。

なぜ国籍法にこだわるのか?
これは外国人は犯罪を犯すに違いないという差別感情を前提としなければ理解できません。


届出の場合、役所は受け入れざるを得ないのか?

もちろん、そんなことはないわけで、戸籍法施行規則第82条に基いて、法務大臣に指示を仰ぐことが出来ます。

戸籍法施行規則
第82条【疑義の照会】
 戸籍事務の取り扱いに関して疑義を生じたときは、市町村長は、監督法務局若しくは地方法務局又はその支局を経由して、法務大臣にその指示を求めることができる。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/hitosen/kisoku5.html


また、窓口で一旦受理した後でも誤りがあった場合は、申請者に通達した上で受理を取り消すことも出来ます。




まとめ

主たる反対派の主張には根拠がなく、国籍法改正には懸念すべき点は特になさそうです。ま、もう成立しちゃいましたが。

*1:ウヨ以外もいますが、その点については別途考える

*2:厳密には、母が日本人の場合は認知の必要がない(分娩という事実により法律上の母子関係が当然に発生する(最高裁判決1962.4.27)のに対し、父が日本人の場合は認知を必要とするという性差に基く違いは残る)