ドイツの軍事費の話

ドイツの場合。

それでは最後に、各国で左派政権が誕生した際に安全保障政策がどうなったかを紹介しておきます。

ドイツ社会民主党政権・・・単独政権時代に安全保障政策の大転換を決断。

独軍改編へ、介入・平和維持・後方支援の新3軍に(2004/1/17/ 読売新聞)

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第二次大戦後長らく、国外派兵に厳しい足かせをはめてきたドイツ軍が、全世界への展開にむけて名実とも生まれ変わることになった。全軍(現在28万5000人)を世界各地の紛争や危機に即応できる「介入軍」、平和維持を主任務とする「安定化軍」、および両軍の後方支援などを担う「支援軍」の3軍に新編成する方針を明らかにしたからだ。
第二次大戦の反省から、ドイツは1990年代半ばまで、派兵を北大西洋条約機構NATO)域内に限定してきたが、今回の新編成で「戦後」と完全に決別することになる。
 
シュトルック国防相は昨年5月、ドイツ軍の主任務を「専守防衛」から「国際紛争への対処」に切り替える方針を示し、今月13日、その新編成を発表した。

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http://obiekt.seesaa.net/article/126414704.html

まず、シュレーダー政権は1998年に成立してますから「各国で左派政権が誕生した際に安全保障政策がどうなったか」という言い方で、6年後の2004年のドイツ軍改編を語るのはどうかなぁ、と思います。ちなみにシュレーダーSPD内では右派の立場で、新自由主義的政策を展開し、SPDの支持基盤である労働組合から批判されてもいます。また、シュレーダー自身は「中道」を掲げています。ドイツ軍改編の報道があった2004年1月のわずか2ヶ月後、シュレーダーSPD党首を辞任してます。保険制度改革などに対する不満からデモが頻発したためです。これを左派政権と呼んでよいのかどうか微妙な気がします。

で、この部分。
ドイツ社会民主党政権・・・単独政権時代に」
2004年の話ですよね?
この時期、社会民主党緑の党連立政権を組んでいたはずですが?というか、戦後ドイツは基本的にずっと連立政権のはずですが?

こういうときは何といえばいいんでしたっけ?「ググレカス」?
ドイツの首相 - Wikipedia
(あ、もちろん2004年1月時点において、一時的にせよ、SPD緑の党との連立を解消していたとのソースが示されれば上記は撤回しますよ。謝罪の上、訂正するつもりです、誰かさんと違って。)



さて、もうひとつ興味深い点があります。
「左派政権が誕生した際に安全保障政策がどうなったか」という視点で、「ドイツ軍改編」の例のみ上げてますが、シュレーダー政権が前コール政権から軍縮を継続している点は無視すべきではないでしょう。

2005年10月11日のエントリでJSF氏自身がこう述べています。

只今、ドイツは軍縮中なのです。

ソビエト連邦が崩壊し、東欧諸国がNATOに加盟するようになりました。敵正規軍が本国に侵攻してくる可能性は大幅に減り、隣国ポーランドが味方になることで盾も得たのです。冷戦時代ずっとNATOの盾であったドイツは、ようやく自らの盾を手に入れました。一方、極東では中国や北朝鮮が健在で、味方となる国が増えてもいない日本とは大きな違いがあります。そこでドイツは思い切った軍縮を始めました。まずは冷戦期には50万人を擁していたドイツ連邦軍(旧西ドイツ軍)を削減しつつあり、あと7年間の間に総兵力25万人にまで減らす計画です。徴兵の比率も大幅に減らし、今や8割が志願兵で構成されています。今年イタリア軍が志願制に移行し、今や先進国で徴兵制を残しているのはドイツだけになりましたが、ドイツも近い将来に志願制へ移行することになるでしょう。

そして当然、主力戦闘兵器群も大きく削減されることに。

(略)

主力戦車MBT)は2528両から350両へ削減、歩兵戦闘車(IFV)を2077両から410両へ削減、火砲(Artillery)を1055門から120門へ削減・・・ヘリ(530→240)や戦闘機(451→262)の削減幅に比べると、陸上戦力の大幅な削減が目に付きます。ポーランド軍を味方として盾として使えるといっても、かなり大胆な削減計画です。実行された場合、削減した兵器群は世界の武器市場で「お買い得中古品」として流れることになるでしょう。

ただこの計画数値はまだ決まったわけではなく、メルケル内閣へと政治体制が変わった為にまた見直しがあるかもしれません。しかしドイツ連邦軍再編の大きな流れは変わる事はないでしょう。

http://obiekt.seesaa.net/article/8001105.html

つまり、”左派政権”になっても別に軍縮の方針は変わっていないんですね。2004年の軍改編は、9/11テロからイラク戦争(2003年〜)と続く流れの影響こそ重視すべきで、左派政権云々はあまり関係ないのではないでしょうか。
さてそのドイツ軍改編については、国連平和維持活動型への換装とも言われてますから、その意味では民主党と近いのかもしれません。
いずれにせよ、「国外派兵に厳しい足かせをはめてきたドイツ軍が、全世界への展開にむけて名実とも生まれ変わることになった。」という読売の記事のみ取り上げ、軍縮の流れを取り上げないのは、かなり一面的に感じます。

3.政権交代が確実視されるドイツの安保政策は変るか。
仏独協調路線が弱まりイギリスの主張が強まるという見通しの一つに、ドイツの国内政治情勢がある。
ドイツの社会民主党政権はこの9月の総選挙で敗れキリスト教民主同盟メルケル党首が政権の座につくだろうと言われている。
同氏は増税の実施と対米関係修復、トルコのEU加盟反対を主張している。
ドイツは現在軍縮中で、連邦軍最大規模時の半分に削減中である。
この動きは政権が変っても止められまい。紛争予防・危機管理を重点任務としているが実際は国連平和維持活動型への換装であるから、対米協調路線に徐々に転換するとしてもコソボ、アフガンにおける派兵のような、和平履行部隊や安定化部隊のかたちでの、アメリカの負担の軽減、肩代わり等を行うことになろう。
いずれにしろ従来のEUの統合の象徴としての仏独共通外交・安保論は弱まるだろう。

http://www.kokubou.jp/news-30.html

ドイツの軍事費推移(1989〜2009年)

最後にドイツの軍事費の推移を見てみましょう*1

年度 億マルク 億ユーロ*2
1989 532 272
1990 622 318
1991 526 268
1992 521 266
1993 498 254
1994 486 248
1995 479 244
1996 482 246
1997 463 236
1998 467 238
1999 470 240
2000 453 231
2001 469 239
2002 462 236
2003 - 244
2004 - 243
2005 - 240
2006 - 279
2007 - 288
2008 - 293
2009 - 312

コール政権下のドイツ統一以後軍事費は削減され、1996年前後から約240億ユーロ前後で推移。1998年から2005年のシュレーダーSPD緑の党連立政権ではほぼ変わらず推移し、2006年のメルケルCDU/CSUSPD連立政権から増加となっています。
額だけ見れば、”左派単独政権”が終わった直後に軍拡に入ったように見えますが、実際は、2006年以降、恩給費を軍事費に加算するようになったので見た目が増えただけで実質的には変わってませんけどね。右派中心連立になった途端に軍事費増加、とかになったら話の展開的には美味しかったんですが、なかなかそういう面白い事実はないものですね。

ちなみに日本は恩給費を防衛費には加えていません*3

*1:防衛白書より作成

*2:2001年以前については1ユーロ=1.95583マルクで換算

*3:なので、単純に各国軍事費を比較してもあまり意味はなく、僅差は同等、くらいに見ておくのが良さそうです。