「南京!南京!」レビュー

8月21日、中野で1日だけ上映された「南京!南京!」を見てきました。
500人くらい入る小さなホールで、2回上映され、1回目の上映の後、陸川監督も参加するシンポジウムがありました。日本酒好きだそうです。中国で新作を作成中に、この上映会のためだけに来日して、シンポ後すぐに羽田に向ったそうです。ちなみに「学生かよ」と思うくらい、めっちゃラフな格好で来てました。

史実との相違

捕虜を機関銃で虐殺したり、あちこちで斬首してたりとか、描かれた事件として特に史実と異なるものは見当たりませんでした。南京陥落直前に南京から逃げようとする中国軍兵士と門を守る中国軍兵士との衝突についてもリアルに描いています*1
また、市街戦で抵抗する中国軍部隊(ちゃんと制服を着ているので便衣兵ではありませんよ)と日本軍部隊の戦闘が中々にリアルですが、中国軍の陸剣熊隊長(リウ・イエ 劉菀)がかっこよすぎ。

戦闘終了後、難民から元兵士を摘発するシーンもありますが、多いのは日本兵による難民女性の強姦と慰安所の場面ですね。外国人としては、ラーベとヴォートリン*2が出てます。特に中国側の主人公の一人、唐天祥(范偉)がラーベの秘書であるため、ラーベの出る場面は多く、ラーベが南京を去る2月23日が区切りとなっています。
安全区から外国人をおびき出してその隙に日本兵が侵入して強姦するというシーンもありましたが、この辺は史実でもあったはずです。

ひとつ気になったのは、日本軍から慰安婦を供出するように脅迫され、ラーベが泣きながら難民女性の中から志願者を募るという場面*3があったのですが、これは12月26日のラーベ日記が元だと思われますが、そこではラーベではなくヴォートリンが主体で、紅卍会のメンバーが説得したことになっています。また、映画の中では確か年が明けてからの話になっていたはずですが、実際は12月25日くらいには、日本軍は慰安婦用の女性を難民から選別しています。
ただ、この程度は映画という性質上、問題ない演出だと思います。

もうひとつ、中国側の主人公の一人唐天祥ですが、このモデルはジーメンス南京支社のアシスタント韓湘林だと思いますが、この人の結末は史実と映画では少し異なります。


その他、海外の映画ということを考えると、日本兵の描写がリアルに人間的に描かれていました。日本側主人公の一人憲兵将校*4の角川正雄(中泉英雄)が部下の兵とわいわいやっている様子は戦地という雰囲気をよく出している*5


トーリーとか演出とか

陸川監督は、名もない一般人一般兵士について描きたかったということで、実際に将軍クラスは日中とも出てきません。それはそれで良かったと思いますが、南京事件について概略でも知っていないと、映画として楽しむのは難しいかな、と思いました。
トーリー的には、日本軍が南京を攻撃、占領し、その後日本軍による虐殺、掠奪、強姦などが起きたという流れなのでわかりやすい話なのですが、普通の人であるはずの兵士がなぜそういう残虐行為に至ったかの心境の変化をもう少し丁寧に描いた方が良かったようにも思います。

ただし、登場人物の心情については独白のようなものが全く無く、ほとんどが表情や自然な会話などで表現しているので、そこはすばらしいと思いました。特にリウ・イエ(劉菀)演じる陸剣熊隊長は表情もほとんど変えず、少年兵に対してわずかに笑顔を見せるあたりは良かったですね。
観客に説明するための無駄な台詞がないのは、日本側主人公である中泉英雄演じる角川、木幡竜演じる伊田も同じで、角川は虐殺、暴行に疑問を感じる役どころながら、そのような葛藤を説明するような台詞は全くなく台詞以外の演技でそれを見せています。
伊田は、虐殺や慰安婦の供出に関して悪役的な立場ですが、全くの悪役でもなくどこか人間的(やさしいという意味ではなく)な感じがありました。

木幡氏は、インタビューで以下のように述べています。

どういうふうに役作りされたんですか?

最初に陸川監督と話をしました。監督からは、「伊田という役はシンプルじゃない。多面的な人間だから、簡単な表現をするな」ということをうるさく言われました。人間だからただ単に暴力的なヤツなんていない、そうなった経緯や理由をちゃんと表現しないといけない、と。現場でセリフが変わる事もよくありましたが、しっかりとした人間像が共通認識として出来上がっていたので対応できたと思います。「伊田だったらどういう言い方で言う?」「じゃ、こういう風な言い方ができる?」という陸川監督とのやり取りの中でセリフが固まってきたりしていました。

(略)

木幡さんの「伊田像」を教えてもらえますか?

「矛盾」が大きなキーワードになっているように思います。人間としての「矛盾」、国家としての「矛盾」、戦争の「矛盾」。それを一手に引き受けていたのが、伊田という役ではないでしょうか。実際、台詞も矛盾しています。唐先生には「生きているほういいだろう」というセリフを言い、唐先生の義理の妹を殺した時には「死んだほうがよかったんだ」と、最後に唐先生射殺のシーンには「人間はみんな死ぬんだよ」と。陸川監督は伊田という役に何か哲学的なものを求めていたように思います。生きるということに対するいろいろな哲学やエゴ。あの時に口にした3つのセリフはどれもその時伊田の本心から出た言葉なんです。僕は伊田という役が興味深かったのは、伊田が戦争の問題点を提示しているからなんです。人間が目を背けたくなるような、でも誰しもが実は密かに持っているような部分。普通の人間も状況によってはそういうふうになってしまう恐れがある。だから戦争は怖い戦争は愚かだという事が伝わるのではないでしょうか。

http://j.people.com.cn/96507/97718/6715736.html

この伊田(多分、少佐)という登場人物が、角川よりもよく出来ていたと思います。もちろん英雄ではないし、かと言って単純に極悪人でもない*6。現実にいる人のそう遠くない延長にいる、そんな感じの人だと感じました。



その他

映画自体は、まずまず面白かったと言えます。
映像的には南京城の城壁や破壊された町並みなどがリアルに再現され、戦闘シーンでも機関銃の音など種類による違いがあり、臨場感あるものでした。

本当は、日本人こそがこういう映画を作ってみせるべきだとは思います。

ドイツは、ナチ批判から既にその追及の仕方に対する自己批判の映画が作られているし*7ベトナム戦争批判だけではなく、長らく正義の戦争扱いだった第二次大戦についてアメリカでは見方を変えた映画ができている*8
中国でも、単純に日本を悪魔化するだけの映画から脱却しつつあるわけです。

南京事件に限りませんが、日本はもう少し過去にちゃんと向き合うべきでしょう。

*1:予告編でも見られます。http://www.youtube.com/watch?v=9td_3P3w1S4

*2:誤記修正2013/8/25

*3:応じたのは、売春婦の他に責任感の強い女性もいたという展開

*4:おそらく正式の憲兵ではないはず

*5:これが逆にリアルじゃないという評も見かけたが、実際には年齢が近く話が合うような場合は、将校と兵士でも戦地では気楽に会話しているのは、元軍人の戦記物によく出て来る

*6:もちろん、やったことだけ見れば極悪人と評されるでしょうが。

*7:愛を読むひと」2008年(原作「朗読者」ベルハルト・シュリンク)とかhttp://www.takumi-cinema.com/2009/027-ai_yomu.htm

*8:硫黄島からの手紙」とか