DVの危険あれば子を戻さず ハーグ条約の国内法原案
http://www.asahi.com/politics/update/0930/TKY201109300642.html
国際結婚が破綻(はたん)した場合などに、国外に連れ去られた子を元の居住国に戻すよう定めたハーグ条約の加盟に向け、政府が検討している国内法の原案がまとまった。元の国に戻される親子が家庭内暴力(DV)を受ける恐れがある場合には、戻すことを拒否できると明記。今後、外部から意見を募集してさらに検討し、来年の通常国会に法案を提出する予定だ。
(略)
子どもの連れ去りに関するハーグ条約のネット上での意見をつらつら見る限り、あまりに現状を認識していない意見ばかりなのでちょっとうんざりしていますが・・・。
この問題を考える上での大前提は、夫婦関係が破綻して離婚しても、子どもにとって父は父であり、母は母である。父母が離婚したとしても、父子関係、母子関係を維持することは、子どもにとって有益である。ということです。
これに反対する人って、日本でもほとんどいないと思うんですよね(当事者じゃない限り)。
もちろん例外はあります。子どもに危害を加えるような父であれば父子関係を制限されることは当然でしょう。で、そんなことは欧米でも当然認識されていて、そういう場合は電話や手紙だけのやり取りに制限されたりしてます。ただし、原則として、別居親と子どもの面会は実現されるべきであるという方針で、多くの場合、法律で面会交流権が保証されています。
これが日本の場合は、全く違います。日本の民法では面会交流権に関する条項はありません。原則として離婚して違う戸籍に入ったら他人扱いです。別居親が子どもに会わせてくれるようどんなに頼んでも、同居親が否と言えば会うことができません。裁判所に訴えて介入を求めることはできますが、実効性はほとんど皆無です。面会により同居親と子どもの生活の平穏が乱されると主張されれば、それを覆すことはほとんど不可能です。
よくある事例としては、こういうのがあります。
別居親である父が、同居親である母に対し子どもに会わせてくれるよう求めたが、母は「私は面会させても良いと思っているが、子どもが嫌がっているので会わせられない」と答えるパターンです。DVなどの明確な原因が無いのに、子どもが会いたくないと主張するのはほとんどあり得ず、多くの場合は母自身が面会させたくなくて、(1)「子どもが嫌がっている」という嘘をつく、(2)子どもが面会に対して罪悪感を抱くように仕向ける、(3)子どもが父を嫌いになるように悪口を吹き込む、などのことが行われます。
(2)、(3)はある意味、子どもに対する精神的虐待と言えますが、日本の裁判所はこういった事例を虐待と認めることはまずありませんし、そもそも家庭内で行われるこれらの行為を立証することは事実上不可能です。(1)の嘘についても、これを嘘と証明することは別居している父にとってはほとんど不可能です。
(1)(2)(3)のようなことが実際に横行していることは明らかですが、日本の裁判所はこれらをほとんど無視しています。調停調書や判決などで面会条件が記載されることはありますが、月1回あればいい方という程度の面会に過ぎない上、上記のような拒絶をされればなす術なしという状況で、同居親が(2)(3)のような虐待まがいの洗脳をやらないようにカウンセリングを義務付けるということも行われていません。
このため、民法に面会交流権を明記させようという動きがあるわけですが、遅々として進んでいないのが現状です。
日本の場合、父が別居親、母が同居親となるケースが圧倒的に多く(子どもの年齢が低い場合は、8〜9割くらいが母親親権となる)、その結果、上記のような子どもと会うこともできずに権利を侵害されたまま救済もされない父親が増えているわけです。また、社会的な認識も、離婚したら母親が子どもを連れて行くというのが一般的であり、父親は再婚すればよいくらいの認識です。そのため、子どもに愛情をもって育児をしてきた父親が離婚後子どもと引き離され精神的な打撃を受けても、社会の無理解の中でただ耐えるしかないという境遇に陥ります。そして思い余って、無理に子どもに会いに行ったり、連れ去ろうとして、ストーカーや誘拐犯として扱われるわけです。
「社会の無理解」の具体例としては、幼稚園や保育園、小学校などの対応が挙げられます。同居親が面会に積極的でない場合、別居親は子どもの状態を知ることができません。母子家庭での育児の負担から育児放棄や虐待などが起きているという事件報道を見ると、当然別居親は子どもは大丈夫なのか心配しますが、同居親による育児放棄や虐待の有無を同居親に聞いても意味がありませんから、幼稚園や小学校に聞きたいわけですが、幼稚園や小学校が別居親の問合せに答えることはまずありません。なぜなら、親権を持たない別居親は保護者とは認められないからです。仮に虐待の徴候を見出していたとしても、別居親には教えません。もし虐待があったとしても、別居親がそれを知るのは、子どもが死亡したり、病院などで明らかな虐待が発見されたりして、事件化され、報道されて初めて知ることができるに過ぎません。それ以外には児童相談所などの訴えから同居親の親権が停止され同居親の身内が子どもの引き取りを拒んだ場合くらいでしょう。
これが、日本の司法制度が許容している離婚後の別居親と子どもの関係のあり方です。親子関係などとは呼べませんし、このように対立している別居親と同居親の関係を考慮すれば、赤の他人以下とも言えます*1。
ここまでが現状です。
日本国内の日本人同士の離婚でも、こういった問題があり共同親権などの問題に関係するわけです。単独親権から共同親権へ法体系を変換するためには、同一戸籍内にある者だけを家族とみなすかのような民法体系の再構築も視野に入れる必要があるでしょうし、そういった点では夫婦別姓にも関ってくる話ではあり、単純な問題でないことは確かです。
とにかく、日本国内の離婚でも、別居親が子どもに会うことが出来ないという問題があり、一方では(一般的に別居親となる可能性が高い)父親も育児に積極的に参加することが社会的にも求められることが多くなってきています。
父親の育児参加が広まり、また、離婚率も増加しているこの現状において、離婚後の親権をほとんど自動的に母親にのみ認め、面会交流が拒絶されていても知らん顔というのでは、健全な社会とは言えませんし、それを許容・黙認している司法・立法の責任は少なくないでしょう。
これらを踏まえた上で、諸外国からハーグ条約の加盟を求められてることの意味を理解するべきです。
外国に求められているというだけで脊髄反射的に拒絶する排外主義者は論外ですが、文化が違う的な批判も日本国内の現状を考えれば的外れです。
繰り返しますが、夫婦関係が破綻して離婚しても、子どもにとって父は父であり、母は母である。父母が離婚したとしても、父子関係、母子関係を維持することは、子どもにとって有益です。
例えば、アメリカ国内で生活していた子どものいる夫婦(アメリカ人男性と日本人女性)が離婚した場合、親権はアメリカ人父にも日本人母にも両方に認められます(共同親権)。もちろん実際に主体となって育てるのはいずれか一方になりますが、面会は週に1回うち月1回は宿泊あり、くらいは普通です(日本だと、月1回数時間の面会があればいい方)。したがって、一般的には離婚後も日本人母がアメリカに居住している間は、子どもにとって父にも母にもちゃんと会える良好な環境だったといえます。
ところが、日本人母が子どもを連れて日本に帰ってしまう*2と、アメリカ人父は子どもに面会できなくなります。日本国内では共同親権は認められていませんから、来日して子どもに会わせて欲しいと言っても、公的な支援は全くなく、日本人母の善意に頼るしかないわけです。しかし、一般的には日本人同士の夫婦でさえ離婚後にお互いの善意が期待できることはそう多くはなく、離婚時に争った場合はなおさらですから、アメリカ人父が来ても日本人母の善意はまず期待できないでしょう。
このような事態は、当事者であるアメリカ人父から見れば、拉致・誘拐であって、それを許容・容認している日本政府は、北朝鮮の拉致と比較されてもやむを得ないところではあります*3。
ザル法の懸念
DVの危険あれば子を戻さず ハーグ条約の国内法原案
http://www.asahi.com/politics/update/0930/TKY201109300642.html
国際結婚が破綻(はたん)した場合などに、国外に連れ去られた子を元の居住国に戻すよう定めたハーグ条約の加盟に向け、政府が検討している国内法の原案がまとまった。元の国に戻される親子が家庭内暴力(DV)を受ける恐れがある場合には、戻すことを拒否できると明記。今後、外部から意見を募集してさらに検討し、来年の通常国会に法案を提出する予定だ。
法務省と外務省の有識者会議がまとめ、30日に両省が公表した。条約も「拒否できる」と定めているが、条文が抽象的なため、国内法での具体的な制度作りが焦点になっている。
原案では(1)親子がDVや有害な言動を受ける恐れがある(2)子を連れて元の国に戻った親が子の面倒を見られなくなる、などの場合に拒否できると規定。(2)は、連れ去りを理由に親が元の国で逮捕される恐れがある場合などを想定している。
で、最初に戻ります。
なぜ、ハーグ条約加盟のための国内法がザル法になると思ったのかと言いますと、「(1)親子がDVや有害な言動を受ける恐れがある」ってこれ誰が判断するの?ってことです。第一には子どもを連れ去ってきた日本人親の主張が根拠になるんでしょうけど、日本人同士の離婚でも”面会させたくなくて、(1)「子どもが嫌がっている」という嘘をつく、(2)子どもが面会に対して罪悪感を抱くように仕向ける、(3)子どもが父を嫌いになるように悪口を吹き込む、などのことが行われ”ている現状を考えれば、一方の親の主張を容易には信用できないわけですよ。多分、相手国政府や相手国の当事者だってそうは思わないでしょう。
そもそも欧米でも、離婚後の面会にあたってDVなどによる危害の恐れがある場合は面会は認められません。相手国内で離婚後に面会交流が認められたということは、相手国の裁判所が子どもが危害を受ける可能性は低いと判断されたということです。にもかかわらず「親子がDVや有害な言動を受ける恐れがある」という主張が相手国に理解されるとはちょっと考えにくいんですよね。
相手国の裁判所のDVの恐れはないと判断し、日本がDVの恐れがあると判断した場合はどうなるの?ってことです。
「(2)子を連れて元の国に戻った親が子の面倒を見られなくなる」についても、まあ、子どもを相手国に連れて行くから、誘拐罪とかの告訴はやめてくれというのは心情的には理解できますが、一応相手国の法を破った行動だったことは自覚すべきだとは思いますし、一方の親による子どもの連れ去りが「子の福祉」に適わないことも理解してもらいたいですね。
この国内法がどういう条文になるかは知りませんが、実際には日本人親による一方的なDV主張を根拠にほとんど拒否するという運用をするんじゃないかなとは思ってます。
さらに予測するなら、相手国に連れ戻すことが出来ないなら、せめて日本国内でいいからちゃんと面会の権利を保証してほしいと、さらに訴えられる可能性はあるんじゃないかなと思います。
まあ何にせよ、子どもに罪はありませんから親や国の勝手な都合で、一方の親と会えなくなるようにするのは止めてもらいたいものです。
*1:一方で、法律上親子関係は切ることが出来ないとも言われます。ただし、それは「扶養の義務」(民法877条)に限定されます。つまり、本文で取り上げた事例のように別居親と子どもの関係が破綻していたとしても、別居親は一方的に養育費請求の訴えを起こされる可能性があるということですし、日本の司法が認める別居親と子どもの関係は一方的な金銭関係だけということでもあります。「扶養の義務」が養育費の根拠となっている経緯は、過去の離婚家庭の状態(離婚自体がそう多くはなく、また女性の社会進出が遅れていたため、離婚後の母子家庭が経済的に困窮しやすい環境であった。)によるわけなので、これだけが問題というわけでありません。また、面会交流権と同様に法律上に明示されていない状態は好ましくはありません。しかしながら「扶養の義務」をもって親子関係は法的に切ることが出来ないと言いつつ別居親に不利な条件を押し付ける家庭裁判所のやり方には問題があります。
*2:これはこれで事情はあるのでしょう。経済的な事情もあるでしょうし、元夫以外に現地に友人などがいなければ、そこで生活する意味に疑問を感じるでしょうし。
*3:「キャンベル氏は、子の連れ去りは米国で「拉致」と呼ばれ、対日批判が強まっていると説明。北朝鮮に子どもを拉致された日本人被害者と、日本人の親に子を連れ去られた米国人の悲しみには「共通点がある」とし、早急な対応を求めた。」(2010/02/07)http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010020601000521.html