ハーグ条約加盟に関するNWJのコラムについて

離婚後の子の連れ去りに関する冷泉氏のコラムです。

ハーグ条約加盟、小手先の法案では対応不可能ではないのか?
2011年10月03日(月)12時10分
 国際結婚が破綻した際に、一方の親が子供を出身国に連れ去るケースに対して、子供を両親が同居していた以前の国に戻すことを原則とするハーグ条約に、日本は2011年の5月にようやく加盟する方針を打ち出しました。アメリカの国務省の主張によれば日本人母が離婚裁判を省略し、あるいは判決に反する形で子供を日本に連れ去っている問題については145件という事例があるそうで、主としてアメリカとカナダなどが外交上たいへんに強硬な抗議を続けているのです。
(略)

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/10/post-348.php

個々の論点についてはまあ良いのですが、一箇所大きな誤りというか酷い点があります。

 重大な問題というのは、どちらにしても相手からの強い要求があって、ここで検討されているような条件に引っかからない場合は、日本の裁判所が「子供を外国へ送る」という点です。二重国籍かどうかはともかく、日本国籍という点では明確に日本人である子供を、日本以外の外国に日本の裁判所が送るということは重大な国家主権の放棄だと思います。国家の成立の要件として国土を有し、その国土を実効あるものとして支配することを通じてその国の国民の生命財産を保護する義務を負った国家が、他でもない自国民を外国の支配へと譲り渡すからです。

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/10/post-348.php

これはさすがに余りにも身勝手すぎる主張でしょう。勝手に日本に連れ帰った子どもを日本国民として「自国民を外国の支配へと譲り渡す」ことはできないって滅茶苦茶です。その理屈が通るなら、北朝鮮が拉致した日本人に北朝鮮の国籍を取得させれば、拉致被害者を帰国させなくてもいいことになります。
それに現にハーグ条約に加盟している国同士、例えば、アメリカからカナダに子どもを連れ帰るような場合もあるわけです。その場合、ハーグ条約に基づいてカナダ政府がアメリカに子どもを返還した場合、カナダはアメリカにカナダ国民を売り渡したと、冷泉氏は言うのでしょうか?

極端な話、外国で誘拐ないし人身売買で略取してきた子どもを日本人が日本で養子縁組した場合、日本政府はその子どもを日本国民だからと言って返すべきではないということになります。どこの北朝鮮ですか、それ?

この滅茶苦茶な主張が、このコラムの根幹に混入しているため、個々の論点にはまともなものがありながら、コラムとしては台無しになっています。何なんでしょうかね。

その他の部分

 日本の民法を改正し、離婚法制を変更して「共同親権」「面会権の強制」をしっかり整備する、ついでに養育費支払いに関する強制取り立てもするようにすべきです。その上で、「子供に会いたければ日本に来なさい」として、離婚裁判の席上で、DVや暴言をやらかした元夫を徹底的に日本の法律で懲らしめるしかないと思います。そうなれば、日本の裁判所が日本国民を母親から取り上げて外国に引き渡すなどというバカなことはしなくて済みます。

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/10/post-348.php

ここも最後の一文のせいで台無しになっている部分ですが、そこを無視しても酷いところはあります。
「離婚法制を変更して「共同親権」「面会権の強制」をしっかり整備する」と言うのは賛成です。「養育費支払いに関する強制取り立てもするようにすべき」というのもまあ、民法などに明記するという意味では支持できますが、養育費の強制取立ては、面会の強制とは異なり現行制度でも直接強制する方法はあります。
日本では、面会の強制は間接強制のみです*1。間接強制とは面会をさせない場合、罰金が発生するというものです。
一方、強制執行付の離婚協議をした場合や養育費が明記された調停調書、判決がある場合、別居親が養育費を支払を怠れば別居親の給料から天引きさせる強制執行が可能です*2
日本で養育費の不払いが問題になるのは、協議離婚時に強制執行の条件を付けなかったり、そもそも養育費の条件を決めなかったりすることが多いからです。それを踏まえた上で、そういった条件を決めずに離婚した後でも、養育費の請求についてやりやすいように法律に明記するのはありだと思います。

「離婚裁判の席上で、DVや暴言をやらかした元夫を徹底的に日本の法律で懲らしめるしかない」というのは、バカバカしいというか。海外での生活時に起こったDVや暴言について、日本の裁判で証明できるなら、海外の裁判でも証明できるでしょうから、ほとんど意味のない文章です。もしこの一文に意味を見出すとしたら、日本の裁判所は日本人親に有利に判決を捻じ曲げろという意味でしか理解できません。そもそも、一方の親が相手国から子どもを連れ去る事自体が、子どもに対する虐待だという理解をするべきでしょう。

で、シメの一文が「そうなれば、日本の裁判所が日本国民を母親から取り上げて外国に引き渡すなどというバカなことはしなくて済みます。」ですから、最悪ですね。日本人親が子どもを相手国から連れ去ってきて、日本で離婚裁判を起こしDVを主張しさえすれば、相手国の親に子どもを引渡さなくて済むってことですよね。

子どもから見れば、ある日突然母親*3に連れ去られて日本に行き、父親に会えなくなった挙句、日本まで会い来てくれた父親は、日本の裁判所で犯罪者扱いされるわけですよね。

まず、これが虐待だという認識を持って欲しいものです。

「泣き叫ぶ母親から日本国の裁判所が日本国民である子供を取り上げて外国に送致する」

別の言い方をすると、

海外で子どもをさらってきた女性から日本国の裁判所が被害者(子供)を助け出し、元の国に帰国させる

とも言えます。と言うか、こういう言い方をすべきです。
でないと、北朝鮮で子供を生んだ拉致被害者についてもこう言われます。

泣き叫ぶ子供から北朝鮮の政府が北朝鮮公民である母親を取り上げて日本に送致する

こんな言い方されて、納得しませんよね?

親子関係を考えるときに、国境を不動の前提として考えるべきではありません。
親子関係を正常に維持する為に、どうやったら国境の影響を排除できるかということを考えて制度設計すべきなのです。
冷泉氏*4が見ているのは、親子ではなく国境だから、おかしな主張になってしまうんですね。

気になったはてブ

id:vid
日本の連れ去りって事で問題にはなるんだが、逆にアメリカで裁判すると経済面から親権が父親に優遇されすぎるって問題がなかったっけ? 日本で母親に優遇されすぎるのと同様に。 2011/10/03

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/10/post-348.php

アメリカは共同親権なので、子どもが基本的に父親の元で養育されたとしても、母親は子どもとの面会が法で保障されています。「父親に優遇されすぎる」という点については知りませんが、ありうる話ではあります。アメリカだとベビーシッターを雇うことが多く、経済力が求められますから。
ただ、この問題は、父親・母親のどちらが有利か、と言う問題ではなく、父母双方との面会を保障するアメリカと、片親と縁切りさせる日本のどちらが子どもにとって望ましいかという問題なので、ちょっと論点が違うかなと。

*1:直接強制もないではないですが、誰の目にも明らかに公然と虐待されている場合くらいしか執行しようがありません。親権を裁判で認められなかった親が子どもを絶対に離さないという態度でいた場合、執行官が暴力的にそれを引き剥がして子どもを連れて行くということは原則出来ません。

*2:ただし、別居親に給料を支払っている会社などが拒否すればできないし、また自営業の場合なども困難。

*3:父親の場合もありますが、多分母親のケースが多いと思うので

*4:ネットを見る限り、冷泉氏だけではないんだけども。