ハーグ条約国内法関連

前々回の記事に以下のようなブクマを頂きました。

id:kazuau
例外的な条件で拒否できると法律に書かれるならば、争いになったときの立証責任は拒否する側にあるから、恣意的な運用はできないんじゃないかな。 2011/10/09

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/scopedog/20111001/1317479214

まあ、そうなってくれることが理想ですね。
ただ、実際には難しいと思います。恣意的運用というのではなく、日本的運用と言いますか。

以下、モデルケースを想定してみます。

アメリカ人男性と日本人女性が国際結婚し、アメリカ国内で子どもをもうけたとします。
しかし、夫婦は離婚しアメリカの裁判所で監護権を争った結果、日本人女性が監護者となりましたが、共同親権の下、アメリカ人男性と子どもとの週1回の面会を義務付けられました。

その後、日本人女性は子どもを連れて、日本に帰国。アメリカ人男性は子どもをアメリカに返すよう要求。

さて。

この場合、基本的に日本国内の裁判所に外務省などを通じてハーグ条約に基づく子どもの帰国を求める申請が出されることになります。

日本人女性は子どもの返還を拒否。理由は元夫は暴力は振るわないが、暴言や高圧的な態度が日常茶飯事で、子どもも元夫に会いたがっていない、と主張。アメリカ国内の離婚裁判では元夫の言葉遣いは乱暴だが、面会を拒絶するに足る理由にならないという判断が下されている。子どもは5歳とします。

日本人女性は、元夫の暴言を録音しており立証可能、かつ、アメリカの裁判結果も元夫に言葉遣いの乱暴さを認める記録があります。

日本の裁判所はどういう結論を下すか。
家裁調査官による面会調査などもあるかもしれませんが、仮に元夫が日本人で離婚後の面会交流を求める裁判だとすると、日本的運用ではまず間違いなく元夫の訴えが斥けられます。「母性優先」「現状優先」「同居親と子どもの平穏を害さない」と言った理由によります。
母親が、子どもに元夫を嫌悪するように吹き込んでいた場合は、さらに絶望的です。

日本の裁判所が国際条約を尊重して、子の返還を認める判決を出す可能性はありますが、その場合、日本国内で子どもとの面会がろくに認められていない日本人父と子の面会交流については無視して、アメリカ人父の申請は認めるのか、という議論が必ず出るでしょうし、法の平等性の観点からそのような差を認めるような判決を本当に出すのかという疑問もあります。ですので、もし日本の裁判所が子の返還を認める判決を出すのなら、国内離婚後の親子関係のあり方との整合性について相当の言い訳を考えるはずです。例えば、アメリカ人男性は共同親権者として親権を保有しているが、日本人男性は親権を有していないから、などですね。ただ、この理由を明示すれば、当然のごとく単独親権制度は国内の別居親を不当に差別しているという非難が出るでしょうね。

ただ、一番ありそうなのは、裁判所が子の返還を認める判決をほとんど出さないパターンですね。裁判所が返還を認めない理由として、日本国内における離婚後の別居親と子どもの面会交流を認めない場合に準じる、というものが考えられます。というか、管轄する裁判所が家庭裁判所であれば、そういう対応が一番やりやすいはずです。日本国内の離婚でも国際結婚での離婚でも、面会交流、あるいは返還のような場合、まず家裁調査官によって、現在の日本人女性と子どもの環境が調査されますが、その際に「子どもは現在の環境になじんでいる」とか「子どもは別居親との面会を望んでいない」とかの報告書が提出されたら家裁の裁判官は、ほぼ間違いなく面会交流あるいは返還の要求を却下します。この要求はハーグ条約に基づくものだから、と言った理由で取扱に差をつけることはまずありえません*1

要するに、外国人父による子の返還要請には応じて、日本人父による面会要請には応じない、というどう見ても不釣合いな差別的判断を裁判所が下すかどうか、という判断から、私はハーグ条約に関する国内法はザル法になると判断しています。

例外的な条件で拒否できると法律に書かれるならば、争いになったときの立証責任は拒否する側にある

一般的な刑事や民事裁判などではそうなのでしょうけど、家事裁判、特に子どもが関るものは少し別です。例えば、子どもに対する暴言の証拠なるものがあったとしても、家裁調査官が子どもと面会した時に子どもが別居親に会いたがっていれば、面会は認められます。逆に証拠が一切なくても、子どもが別居親に会うことを怯えてると判断されれば*2、面会は認められません。
これは子どもの関る家事裁判では、少なくとも名目上は、「子どもの福祉」が優先され、事実の解明とか利害調整とかは二の次だからです。深刻かつ継続的な暴行といった明らかに身体的に危害を加える可能性を示す証拠であればともかく、断片的な暴言や暴行の記録では、家事裁判の結果を左右する証拠にはなりません*3

もちろん、子どもの福祉優先なんてのは家庭裁判所の常套句であって、実際に本気で考えているかどうかは疑わしいところではあります。子どもが別居親に悪印象を抱くように仕向ける同居親なんてのは、ごまんといますし、裁判で有利になるように「裁判所からおじさんが来たら、『ボクはママのところに居たい』って言いなさい」と子どもに教え込む母親もいます。ただ、こういうのは家庭内で行われるため、明確な証拠がないため、家庭裁判所は黙認しています。その上で、家庭裁判所がよりどころにするのは証拠ではなく、過去の判例であって、親権者指定の争いだったら、基本的に母親という圧倒的多数の前例なわけです。父親が別居時から子どもの身柄を押さえていて、裁判所の説得に応じそうにない、と判断された場合など、裁判所が面倒を避けるために父親を親権者に指定する場合もあります。その意味では、家裁ではゴネ得、先に強硬手段を取った者勝ち、的な側面があります*4

話が反れましたが、「立証責任は拒否する側」ってのはこのような家族問題の場合、あまり意味がないってことです。
条約だから、国際結婚だから、という話ではなく、日本の司法は離婚後の家族問題について、これまでずっと、ある意味恣意的な判断を行ってきたわけです。ハーグ条約関連の国内法が出来ても、この運用はおそらく変らないだろうという予測をしているわけです。

家庭裁判所による恣意的な運用(というか日本的運用)の問題はこれまでもずっと存在してきました。ハーグ条約関連の問題はそれを浮き彫りにした、あるいは今後浮き彫りにするであろう、とそういうことです。


ハーグ条約関連の参考:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hague/index.html

*1:差別を明示するようなものですから。もしこれを理由として記載するのなら、立法措置での是正を求める意見とセットになるでしょう。

*2:実際に、虐待などの事実が全くなく、同居していた時の親子関係が極めて良好だったとしても、こういう子どもが別居親を拒絶することは起こりえます。同居親の別居親に対する嫌悪感が伝染したり、あるいは意図的に別居親に悪印象を抱くよう同居親が仕向けたりすることで、子どもは容易にその影響を受けます。これは3〜5歳とかの小さな子どもでなく、中学生くらいでも起こります。片親疎外と呼ばれ、虐待とみなす意見もあります。

*3:言葉遣いなどは文化の違いもありますし、単純には言えません。例えば「お前アホか?」という言葉は、普通の会話で使う家庭・地域では問題にもなりませんが、「お前」「アホ」をほとんど言わない家庭であれば暴言と言えます。

*4:もちろん、この辺は裁判官にもよります。「子の福祉」を真面目に考えている裁判官であれば、ゴネようがどうしようが、必要とあれば強制執行などの手段も取ります。