NHKの「視点・論点 「"ハーグ条約"子どもの利益を第一に」」という記事が2012年02月14日に出ています。
弁護士の伊藤和子氏による記事ですが、ハーグ条約批准反対派の意見で、DVから逃れるのは当然だという主張です。
実際に深刻なDVに瀕している場合は同意できますが、子供を連れ去ってきた一方の当事者の証言だけでそれが断定できるわけではありません。もし虚偽のDVだった場合、深刻な人権侵害を蒙っているのは子供を連れ去られた海外の親と自分を愛してくれる親から引き離された子供本人です。
これまで日本では、国際離婚に伴い、子どもと一緒に親が実家のある日本に戻ってくることが違法だとは考えられてきませんでした。私は子どもを連れて日本に帰国した女性たちの相談をよく受けますが、外国で夫から深刻なDV、ドメスティック・バイオレンスにあい、命の危険を感じて逃げてきたという女性、母子ともに生活に困窮し、実家のサポートを得てようやく帰国できた女性など、やむを得ない事情を抱えて帰国した例が多いのが実情です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
「子どもを連れて日本に帰国した女性たち」のうち弁護士に相談に来るのはトラブルを抱えているからに他ならないわけで、「事情を抱えて帰国した例が多い」のは当然でしょう。
弁護士に自分の弁護をして欲しいを望むのは、自分の事情は「やむを得ない」と訴えるためですから、そういう事例が伊藤弁護士の観測範囲で多いのは当たり前です。
それを踏まえたとしても、「母子ともに生活に困窮し、実家のサポートを得てようやく帰国」というのは果たして、他方の親と子供を引き離してまでの緊急性を持っていたか疑問です。
しかし、ハーグ条約を批准すれば、帰国せざるを得ない事情などは考慮されることなく、子どもと帰国したというだけで違法とみなされ、残された親が返還を求めれば、子どもを原則として返還しなければならないことになります。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
一般的には、子供にとっての祖父母のいる国に一時帰国することまで制限されることは少ないのですが、日本の場合は例外です。
残念ながら子供の連れ去りに関しては、日本は悪名高い国です。「一時帰国」と言って日本に帰国しても一度日本に入ってしまえば最後、日本政府は返還に絶対に応じないと知られています。実際に「一時帰国」と騙して連れ去ったに等しい事例もありますし、逆に日本から連れ去られた事例もあります*1。
実際に一時帰国のつもりだったとしても、日本への帰国というだけで疑いの目で見られるのは日本がハーグ条約を批准せず、子供が一度連れ去られたら帰してくれない国としてみなされているからです。
「子どもと帰国したというだけで違法とみなされ」という点についてはハーグ条約だけの特殊な事例のように言っていますが、日本国内の結婚の場合でも離婚裁判中に一方の親が子供を連れ去っても誘拐に問われることがあります*2ので、公平性に欠いた表現ですね。
そもそも、子どもの福祉よりも連れ去られた親の監護権を優先して、原則返還するというのが、国際ルールとして妥当か、という問題があります。条約加盟国は欧米中心に80数か国、原則返還は国際的なコンセンサスとはいえません。他方日本を含む世界190か国以上が批准している子どもの権利条約3条は「子どもに関する措置をとるにあたっては、子どもの最善の利益を主として考慮する」と定めています。どの国でどの親と生活するか、は子どもにとって重大な決定であり、返還ありきではなく、子どもの利益を最優先に判断がなされるべきです。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
ここは悪質な論理のすり替えです。
ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)の前文には「この条約の署名国は、子の監護に関する事項において子の利益が最も重要であることを深く確信し、不法な連れ去り又は留置によって生ずる有害な影響から子を国際的に保護すること並びに子が常居所を有していた国への当該子の迅速な返還を確保する手続及び接触の権利の保護を確保する手続を定めることを希望し、このための条約を締結することを決定して、次のとおり協定した。」*3とあるように、「子どもの福祉よりも連れ去られた親の監護権を優先して」などいません。
そもそも親権者同士の同意なく勝手に子供を連れ去る行為こそ「親の監護権を優先」したものとして非難されるべきでしょう。
「どの国でどの親と生活するか、は子どもにとって重大な決定であり」ながら、相手の同意も得ずに勝手に帰国するのが「子どもの福祉」を優先した行為と決め付けるのはあまりにも一方的です。日本人親による連れ去りはきれいな連れ去り、とでも言わんばかりの暴論でしょう。
ヨーロッパ人権裁判所は、最近、子どもの利益を害する返還命令は子どもの権利条約に違反する、との判決を出しました。ハーグ条約の在り方そのものが見直しを迫られており、無批判に加入するということでよいのか、疑問です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
ここも悪質なトリミングです。ヨーロッパ人権裁判所の判例とは、2010年7月6日大法廷判決を指していますが、この事例はイスラエルから子どもとともにスイスに帰国した母親がイスラエルに住む父親から返還の申立を受け、スイスの裁判所は子どものイスラエルへの返還を命じていたことに対するスイスの母親から人権救済の申立についての判決です。ヨーロッパ人権裁判所は、イスラエルへの返還をヨーロッパ人権条約の「家族の権利」に反すると結論付けましたが、この事例は、子どもがスイスで暮らし始めてから既に数年が経過していた事例です。スイスの裁判所が出した返還命令はハーグ条約第13条bに照らしても微妙な判断でした。
ヨーロッパ人権裁判所の判断は、子どものスイスでの生活が既に数年経過していたことを重要視したと言えますが、連れ去り後の迅速な返還を否定しているわけではありません。そういった点を示さずにヨーロッパ人権裁判所がハーグ条約を否定したかのように述べるのは悪質という他ありません。
諸外国では、原則返還というハーグ条約の強いルールのもとで、これらの返還例外事由が極めて制限的に解釈され、子どもが強く反対しても返還されるケースが多くみられます。母親に対するDV行為の存在は、返還例外事由とされていないため、DV事案でも原則として返還が命じられます。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
「子どもが強く反対しても返還されるケースが多く」というのはかなり疑わしいです。5歳とか10歳の子どもであれば同居親の影響を容易に受けますので、未成熟な子どもの反対は返還拒否の理由にはなりません*4。「原則返還というハーグ条約の強いルール」についても、実際に返還されるのは5〜7割程度だったはずです(データを失念しました)。
昨年、アメリカでは、日本人の母親が子どもを連れて日本に帰国したことを理由に、約5億円の損害賠償の支払いが命じられたり、子どもを返還しない限り懲役12年の刑に処すとする判決が出されました。多くの国で同様に、国境を越えた連れ去りは犯罪とされているため、母親は子どもと一緒にもとの国に戻れば、同様の危険が待ち受けています。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
言うまでもありませんが、子どもの連れ去りは日本でも犯罪です。
それを怖れて母親が帰国できない場合、子どもは一人で返還され、父のもとで暮らすか施設に入れられるか里親に出されることになります。母親が訴追やDVの危険にも関わらず子どもと一緒に戻り、裁判所で子どもの監護権を求めても、「子を連れ去った」ことがマイナス評価され、監護権をはく奪されることも少なくありません。このようにして、幼い子から母親を奪うことは、子どもの福祉に反する不当な結果にほかなりません。特に、DVなどの有害行為から自分と子どもを守るために逃れてきた女性にとって、一連の仕打ちはあまりにも過酷と言わなければなりません。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
まず、子どもの返還を求めた父親(に限りませんが)が相手国にいる以上、「施設に入れられるか里親に出される」というのはほとんどありえません。これも悪質なネガティブ・キャンペーンですね。
裁判所でのマイナス評価は犯した罪の重大性を考えれば当然ですが、批准前の行為については司法取引などで対応できるはずです。
「幼い子から母親を奪うことは、子どもの福祉に反する不当な結果」の部分が最低な発言ですね。それなら幼い子から父親を奪うことは子どもの福祉に反しないとでも言うのでしょうか?これこそ男女差別ですよ。
そもそも連れ去りを行なうのが母親だと決まってるわけでもありませんし。昨今、父親の育児参加が叫ばれているにもかかわらず、離婚後の親権は母親と決め付けたかのような表現で、男女差別として問題のある表現ですね。
子どもや女性の権利を後退させることがないよう、子への虐待や母へのDVがあった場合、また、母親が子と一緒に帰国できない事情があるなど、返還が子どもの最善の利益といえない場合には、法律で明確に、返還を認めない、と規定することが必要です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
要綱案は、返還の審理は家庭裁判所において、調査官も関与して行う、としています。子への虐待やDVは密室で行われ、まして海外で起きた暴力については、証拠が保全されていない場合が少なくありません。返還という重大な処分による取り返しのつかない危害を防止するため、DVの保護命令と同様、子や母親の供述や関係諸機関への相談等が疎明されれば、広く返還例外を認めるべきです。
子どもの権利・利益の問題に、いつの間にか女性の権利が追加されています・・・。
連れ去りは母親の特権とでも言うのでしょうか?
アメリカで結婚した日本人父がアメリカ人母の暴力から逃れて帰国した場合は助けなくていいのでしょうか?
言葉のあやでしょうが、離婚後の親権は母親の独占物と決め付けたかのような物言いにはさすがに違和感を覚えます。
さらに、要綱案では、子の返還命令が出た後、命令を実行に移すために、執行官が親に対して威力を用い、親の監護から子を解くことができるとされています。しかし強制的な引き離しは子どものトラウマをもたらす危険が高く、執行官が返還を強制するという仕組みは極めて問題です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
子どもの身柄の強制執行については、国内結婚でもごく稀に執行事例があります。やり方は直接暴力を振るうわけではありませんが、警官を随伴したりして”粘り強く説得を続ける”やり方を取ります。相手である親は子どもを奪われまいを抱いているわけですが、”説得”が深夜に及んで最終的に”説得に応じて子どもを引き渡した”そういう事例があります。転び公妨に近いやり方と言えるかもしれません。その他にも騙し討ちに近い強制執行もあります。
こういうやり方での「執行官が返還を強制するという仕組み」は一般論として確かに問題ですが、ハーグ条約だけの特有の問題ではありません。
本来なら、子どものいない場所で親の同意なく子どもの身柄を拘束しないことを条件とした上で、執行官が親を説得するのが筋でしょうが。
手続の入り口、子の所在を発見する方法についても懸念があります。外務省の下に中央当局が設置され、子どもを発見するための情報収集にあたるとされていますが、私立の学校や幼稚園、民間のシェルターや携帯電話会社にまで、情報提供を要請することができる、とされています。しかし、居所を知られるのを怖れて、帰国した母子が学校にもシェルターにも行けなくなればそれこそ追い詰められてしまいます。私的な団体に情報提供を義務づけることは到底容認できません。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
最後の一文には同意できますが、子どもの連れ去り行為が犯罪だという認識が伊藤弁護士には希薄すぎます。
さらに言えば、この手のシェルターは虚偽のDVでも訴えれば利用でき*5、離婚時の親権争いを有利にするための不正利用がされていることが指摘されています。
国内での離婚時のもっとも悪質な親権争いの事例で次のような事件がありました。
ある日突然母親が子どもを連れて虚偽のDVを訴え、シェルターに避難し父親にDV防止法に基づく接近停止命令を出し、父親が子どもと接触できない状況下で離婚裁判を起こし親権を主張。父親はとにかく子どもに会わせて欲しいと訴えるが、DVの恐れがあるとのことで居場所は知らされず、已む無く裁判で争うも、その間に1年以上経過し、DVの申立は取り下げられうやむやになったが、子どもは新しい環境になじんでいると裁判所で判断され親権は母親のものになりました。
離婚前の父親と子どもの仲は良好でしたが、離婚後の面会も認められなかった事例です。
母親は子どもの親権を確実にするために虚偽のDVを申し立て行政や民間シェルターの支援を得る一方、何もわからないままに子どもを連れ去られた父親側には何の支援もなく一方的に子どもを奪われたわけです。
ヨーロッパ人権裁判所がイスラエルへの返還を「家族の権利」に反するとした事例では連れ去りから数年が経過していました。
虚偽のDVで民間シェルターに隠れて数年暮らせば、ハーグ条約が適用できなくなります。つまりは連れ去った者勝ちの構造ですので、この点は何らかの改善が必要です。
最後に、条約では返還のための援助ばかりが指摘されていますが、本来国は、外国で国際結婚に破綻し、困難に直面している女性や子どもたちにこそ手厚い支援をすべきです。海外でDV等の被害に会った女性たちは、親戚や友人も近くにいない、経済的基盤もない、言葉の壁から行政や司法のサポートも受けられない、というなかで、精神的にも経済的にも追い詰められています。在外公館が積極的な相談支援を行い、在外公館に助けを求めたりシェルターに保護された女性や子どもについては、「国の援助等を必要とする帰国者に関する領事官の職務等に関する法律」などを積極的に活用し、帰国したくてもできない被害者が国の支援を受けて合法的に帰国できるようなシステムを構築し、そのための交渉を諸外国と始めることが必要だと思います。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
「困難に直面している女性や子どもたち」以外に男性もいることを忘れてほしくありませんが、それ以外については同意です。
海外で困難に直面している日本人を日本政府の在外公館が助けるのは当然です。ただし、結果として帰国という選択肢になるかどうかは別問題です。当該国の司法や関連組織と連携して父母・子どもにとって最善の結果に導くべきでしょう。
帰国先にありきで話を進めるべきではありません。
様々な問題点について「条約だから仕方がない」という議論がありますが、子どもや女性たちを犠牲にする条約なら本来批准すべきではありません。ハーグ条約批准によって、万が一にも国際結婚に失敗し、助けを求めて日本に逃れてくる女性や子どもの人権保障を後退させることがないよう、これから出されてくる法案を厳しく見極めることが必要です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109176.html
DVなどの原因がないにも関らず子どもを連れ去られた別居親や仲の良かった親と引き離された子どもが犠牲になっていることについては、伊藤弁護士は全く無視しています。これを救済するための代案も示さず、「条約を批准してないから仕方がない」で済ませてきたのがこれまでの現状です。
考察
伊藤弁護士の主張内容は、日本人だけ、それも日本人母親だけが犠牲者で親権を持つ資格があると決め付けたもので、さすがにその理解はどうなのかと思います。
何の落ち度もないのに、ある日突然子どもを日本に連れ去られた外国人元配偶者もいるわけで、その人は紛れもない犠牲者ですが、伊藤弁護士はそういう犠牲者を無視しているわけです。
それどころか何の落ち度もない外国人親になついていた子どもも、ある日突然一方の親と引き離されたわけですから犠牲者の一人です。伊藤弁護士はそういう子どもの犠牲者をも無視しています。
全体的なトーンも、離婚後は母親だけの単独親権で当然、といった内容です(途中から連れ去った日本人を「母親」と呼んでいます)。最近は父親が育児に参加することも増えてきており、社会的にも推奨される傾向にありますが、いざ離婚となったら親権はほぼ自動的に母親という、まるで父親は使い捨ての働きバチに過ぎないかのような理不尽な状況についても全く無視しています。
ハーグ条約反対派の女権団体系のロジックは大体このようなものです。
これに排外主義者が協力するという、他の問題では中々見られない女権団体と排外主義者の共闘という構図がハーグ条約問題の特徴でもあります*6。
追記(2012/4/6)
どうもこの伊藤弁護士、確信犯的に外国人配偶者をDV加害者だと中傷して、ハーグ条約反対を訴えているようです。
離婚弁護士としてはきっと有能なんでしょうね。相手を悪役に依頼者を悲劇のヒロインに仕立て上げて、裁判所の同情を買うのが巧みそうな感じです。
人間としては最低に思えますが。
参考:
日本の家裁・家事司法の実態 ~引き離される親子たち~ : 伊藤和子弁護士の詭弁
日本の家裁・家事司法の実態 ~引き離される親子たち~ : 伊藤和子弁護士の詭弁
TBS News23で伊藤和子弁護士の発言が波紋 ( 事件 ) - 弁護士自治を考える会 - Yahoo!ブログ