ハーグ拉致条約と親子断絶防止法案

まあ、どーでもよくはないかも。
ハーグ拉致条約については2011年5月20日に菅政権が批准方針を閣議決定しています*1。その前年2010年には日本による子どもの拉致を非難する米下院決議1326号が提出(5月)・決議(9月)されていますが、2010年11月13日の日米首脳会談では特に議題に上りませんでした*2
菅政権が決めたからという理由でハーグ条約に反対する右翼も散見されましたし、ナショナリズム的観点で批判するような論調もありました。例えばNewsWeekJapanでは「泣き叫ぶ母親から日本国の裁判所が日本国民である子供を取り上げて外国に送致する」*3などと主張し、「「子供に会いたければ日本に来なさい」として、離婚裁判の席上で、DVや暴言をやらかした元夫を徹底的に日本の法律で懲らしめるしかない」などと批判されています。
2012年3月には「「子供の連れ去り」に強硬措置検討 米議会、制裁法案を可決」などいう報道が産経新聞から発せられ*4、国際的な子の連れ去りが日米同盟に不利だと言う論調を示しました。

リベラル系に対して

右派がナショナリズムの観点からハーグ拉致条約を批判したのに対し、リベラル系は離婚母子家庭の観点から“慎重論”を発しました。
その典型例が伊藤和子弁護士による「NHK 視点・論点 「”ハーグ条約”子どもの利益を第一に」」」*5という記事です。
この記事は恣意的な事例引用や連れ去り親をDV被害者(母親)連れ去られ親をDV加害者(父親)と決め付けた性差別的な内容で、私としては極めて重大な差別だと認識して最初の反論記事「ハーグ条約反対派の主張の問題点」を書いたわけです。
その後、片親疎外をデマ扱いしていた伊藤弁護士の記事に対する記事「伊藤和子弁護士による「「片親引き離し症候群」のうそ」のうそ」を上げました。
この辺りの話を調べていくうちに、リベラル系のハーグ条約反対派の主張内容に論点のすり替えや恣意的引用、歪曲があること、主張内容そのものが性差別的であることへの指摘はどうしても避けられませんでした。
極めつけが日弁連による意見書(2011/2/18)でした*6

(4)ハーグ条約に遡及的適用がない旨の確認規定を担保法上定めることや、国内における子の連れ去り等や面会交流事件には適用されないことを担保法上明確化し、かつ周知すること、

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110218.html

正直、この記述には目を疑いました。
外国から子どもを連れ去ってきた場合にはハーグ条約上、子どもを元いた国に帰さなければならないのは(やむなく)認めるが、日本国内での連れ去りの場合はその原則を適用するな、という意見書です。連れ去られ親の視点から見れば、連れ去られ親が外国人であれば子どもと再会できるが、連れ去られ親が日本人であれば子どもとの再会は認めない、という露骨な日本人差別という他ない主張です。このような意見書が日弁連から出てたということで驚いたわけです。
実はこの時の日弁連会長が宇都宮健児氏だったりするわけで、私が全面的に宇都宮氏を支持できない理由がこれだったりもします。まあ、それでも知事選に出れば支持しますけどね(他があんまりだし)。

右派に対して

先に述べた通り、右派はナショナリズムの観点からハーグ条約を批判していましたが、さほど強い批判ではなかったように思います。
目立ったのはこの件でした。
自民党右翼議員がアメリカへ物見遊山」(2012/5/8)

 【ワシントン時事】北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表や超党派国会議員でつくる拉致議連平沼赳夫会長(たちあがれ日本代表)らは7日、ワシントン市内で記者会見し、国務省で同日面会したキャンベル次官補(東アジア・太平洋担当)が米国人の夫との結婚が破綻した日本人女性が子供を日本に連れ去ったケースと北朝鮮の拉致を同一視するかのような発言をしたため、「納得できない」と強く抗議したと明らかにした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120508-00000048-jij-int
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120508/1336497755

自民党を中心とした右翼議員が北朝鮮による拉致被害者家族を連れて訪米した際(ついでに慰安婦碑を設置した米自治体を脅してもいます)、北朝鮮の拉致被害を訴えた米国務省から日本人による子の連れ去りにも対応してほしいと求められて、激怒し抗議してきたという事件です。
日本会議系の右翼がハーグ条約をどのように見ていたのか、を上記の一件はよく物語っています。
つまり、右翼にとっては家族がどうとか関係なしに、日本の面子が潰されたのが気に入らないという程度の理解です。離婚後の夫婦・親子がどうなろうが、日本会議系右翼にとっては大して興味なんかありません。何せ彼らにとっては、離婚した家族は“壊れた家族”であり“正しい家族”ではありませんから興味の範疇外です。

ですから安倍政権になってからはハーグ条約に対する反対は右派からは出てこなくなります。はっきり言って閣議決定したのが菅政権だったから批判してただけで、安倍政権だったら問題なしというのが日本会議系右翼の思考回路です。
そのため、安倍政権下の2013年1月に「ハーグ条約、早期締結目指す=菅官房長官」ということになっても特に右翼は騒ぎませんでした。
参考:「[http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130116/1358343700:title=不管黒猫白猫、捉到老鼠就是好猫」

ハーグ拉致条約に対するスタンス

当然ながら、私はハーグ拉致条約に対して賛成の立場です。
原則として離婚の際の子の連れ去り禁止など当然で、DV・虐待の場合は例外として認められるのも当然です。DV・虐待の証拠が示しにくいというのは連れ去り禁止という原則を変える理由にはなりません。司法当局が納得できるDV・虐待の証拠集めに公的機関が協力するのはむしろ積極的に行うべきですが、それでも証拠が示せない場合は、連れ去り禁止の原則が適用されるべきです。
これ離婚と関係ない状況で考えれば当然の話で、父母に虐待の疑いがあるからといって子どもを施設に隔離され、いくら調べても虐待の証拠が出てこないのに、いつまでも子どもは隔離されたまま、という状況を容認する人はいないでしょう。
それが離婚した場合だけは容認されると考える方がおかしいんですよ。

親子断絶防止法案に対するスタンス

これははっきり言えばハーグ拉致条約の国内版ですから、上記同様私は賛成の立場です。個々の条文について多少変更の余地はあるでしょうが、原則として離婚の際の子の連れ去り禁止という理念が崩れなければ問題ありません*7
面会交流も同じで、原則実施、明確な証拠を伴って虐待の蓋然性が示されれば例外として制限される、という線が守られれば、法案としては賛同します。
基本的な考え方は、ハーグ条約の時と変わってません。

特に面会交流については原則として義務化すべきだと思う

そう強く思う理由に、2010年に起きた大阪二児置き去り死事件があります。
母子家庭の母親が2010年6月9日頃に自宅に二人の子どもを置き去りにして6月下旬に餓死させた事件ですが、これ月に一回でも父親による面会交流が行われていたら子どもたちを救出できていたはずです。それこそ養育費などよりも確実に。
でも、この事件に関して、面会交流をすべきという意見はひとつも見かけませんでした。父親は養育費を出すべきだったという主張はありましたけどね*8
この事件を踏まえると“面会交流は当事者同士に任せとけばいい”という反対派の意見が、大阪二児置き去り死事件の再現を容認しているようにしか思えないんですよね。

リベラル系の反対派

親子断絶防止法案に対しては、反対派はほぼリベラル系といっていいでしょうね。右派がハーグ条約に反対したのはナショナリズムに起因していますので、国内版である親子断絶防止法案に対しては反対する理由がありません。むしろ、リベラル系が反対するのならば逆に賛成してやれ、とばかりに右派・女性差別主義者らが反対派攻撃を煽っているようにも思えますが、その程度です。
親子断絶防止法案に対しては当事者である連れ去られ親らが賛同していますが、日本会議系右翼そのものの動きは冷めているように感じます。上述したとおり、日本会議系右翼にとって離婚家庭は“壊れた家族”であって“正しい家族”ではありませんので、そもそも興味がありません。
例えば自民党は“正しい家族”を作るための家庭教育支援法案に対しては熱心に動いていますが、親子断絶防止法案についてはこういった動きはありません。

2016年10月20日(木)
◆政調、青少年健全育成推進調査会
  9時(約1時間) 706
  議題:1.「青少年健全育成基本法案」、「家庭教育支援法案(仮称)」ならびに
       「青少年のインターネット環境整備法」の検討状況などについて
     2.いわゆる「JKビジネス」の規制強化等、関係各省庁の取り組み状況について

https://www.jimin.jp/activity/conference/weekly.html

日本会議系右翼にとっては、家庭教育支援法案が通るなら親子断絶防止法案などは廃案になっても気にしないと思われ、リベラル系反対派を黙らす体のいい取引材料になるんじゃないかと個人的には見ています。

これに対してリベラル系の動きは親子断絶防止法案断固阻止の構えで、一部分たりとも容認しない、と言った頑なな態度を示しています。家庭教育支援法案に対しても反対していますが(この法案については私も反対です)、それよりも激しく反対しているように感じます*9
反対派のロジックはハーグ条約の時と同じく、DVの被害を全面に押し出し、DVしていないのに面会できない連れ去られ親の存在を完全に無視するやり方です。ツイッター上でのやり取りもいくつか見ていて、賛成派の言動にも問題があるにはありますが、それよりも反対派が連れ去られ親をDV加害者と決め付けたり、そもそも存在を無視して話を逸らしたりしているのが目立ちます。
反対派の記事・ブログを見てもこの点は一貫していて、とにかく連れ去られ被害の存在を認めていないんですよね。
DV被害の防止・救済と連れ去られ被害の防止・救済は本来両立するはずですが、反対派が後者の存在を認めない以上、両者間の歩み寄りの前提自体が成立しないんですよね。

本来はリベラル系団体こそが連れ去られ親の救済を行うべきだったと思う

これが本当に残念です。
理由のひとつとして、支援対象のイメージが固まりすぎている点があげられると思います。

子連れ離婚→母子家庭→貧困リスク

というイメージです。ここから、父親は養育費を払うべき、払わないなら強制的に徴収せよ、という発想になります。
さらに、子連れ離婚=母子家庭というイメージは、父母間の親権争いを父による母に対する悪意・嫌がらせという発想につながります。父親が子どもを欲しがる意図が理解されないからです。これには子どもは母親と一緒にいるべきという固定観念(母性優先)も作用します。これは本来のフェミニズムに反したセクシズムであろうと私は思いますが、反対派にはおそらく自覚できません。
父母間の親権争いを父による母に対する悪意・嫌がらせという発想は、父による母に対するDVだという思考につながります。反対派の思考では“父親が子どもを欲しがる意図”を子に対する愛情とは考えられないからです。連れ去られ親が父親の場合、彼らがどれほど子どもと面会交流を望んでも、反対派にとっては母親に対する嫌がらせ・DVという解釈しかされません。
かくして反対派にとって、離婚後に子との面会を求める父親は全てDV加害者という理解に至ります。
ひとつだけ反対派が例外的に“離婚後も子に愛情を持つ父親”として認める条件があります。それは、貧困リスクが考慮できないくらいに養育費を提供できる高所得者という条件です。
この条件を満たしてもDV加害者扱いされることはありますが、少なくともこの条件を欠く父親はどう頑張ってもDV加害者扱いから逃れられません。

上記のような反対派の思考回路から抜け落ちるパターンも本来無視できません。
それは子を連れ去られた“母”親です。

連れ去られ親(父)の存在は、反対派からDV加害者扱いされるという差別を受けていますが、彼らの中にはこれを性差別ととらえ怒りを示す人たちもいます。しかし、連れ去られ親(母)は同性である連れ去り親(母)からはもちろん性差別と憤る連れ去られ親(父)たちからも存在そのものを無視されています。
これは多重に差別を受ける極めて苦しい立場です。
母子家庭の多くは確かに苦しいと思いますが、子を奪われ母子家庭にすらなれなかった連れ去られ親(母)の苦しみはそれを上回るでしょう。母子家庭を支援している人たちには、同じ女性でありながら、連れ去られ親(母)の姿が見えていません。あるいは見ても見ぬ振りをしています。

本来、女性問題に関わってきたリベラル系団体こそが、連れ去られ親(母)(父も含め)を救済すべく動くべきだったと思います。
でもリベラル系の団体はこれらの被害者の存在を無視し続けました。
無視された連れ去られ親たちの中には自殺した人も少なくありませんし、子どもとの再会を諦めた人・忘れようとしている人も数多くいるでしょう。子どもとの再会を諦めなかった連れ去られ親たちにとって最後の頼みの綱は保守系団体でした。もちろん、連れ去られ親の中には元々保守・右派傾向の強い人も少なくありませんから、必ずしも最後とは言えないかも知れませんが、いずれにせよ救いの手を差し伸べたのは自民党民進党などの保守系政治家による議連でした。

まあ、今度はそれを理由にリベラル系から親子断絶防止法を日本会議の陰謀扱いされるわけですが。

*1:国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の締結に向けた準備について」http://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/2011/kakugi-2011052001.html

*2:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/visit/president_1011/gai.html

*3:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111003/1317663314http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/10/post-348.php

*4:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120403/1333471782

*5:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120405/1333583707

*6:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120405/1333645932

*7:まあ、片親疎外を無視して「子の意思」尊重みたいな条文にされると台無しですが。

*8:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130930/1380560564

*9:なぜ、親子断絶防止法に対する反対の方が激しいのかについては、ある程度想像はつくのですが、ここでは言及しないことにします。