紛争当事者視点で固定している人には理解できないこと

尖閣諸島の領有権争いに関して、直接の当事者は日本政府と中国政府(台湾含む)であって、日本国民や中国国民は基本的に外野です*1

自国政府が嘘などつくはずがない、自国政府の言うことが正しい、という素朴な信頼感を国民が抱くのはある意味自然ではありますが、時として盲目的な政府過信は危機を招きます。日本政府であれ、中国政府であれ。
紛争の当事者は、利害関係者そのものですから、自分に都合のいい事実を都合のいいタイミングで公表し、都合の悪い事実は隠蔽する方向にインセンティブが働きます。さらには事実を自分に都合よく解釈して主張したり、積極的に虚偽を述べて自身の利益を図ろうとすることもあります。

したがって、一方の当事者の発言のみを鵜呑みにするのは、公正に判断する上で非常に危険です。

国境を挟んだ領土問題の場合、両国民はそれぞれの政府の説明にアクセスしやすいため、そもそも得られる情報そのものが偏向していると言えます。この事情は中国でも日本でも同じです。ナショナリズムに毒された国民であれば、簡単に自国政府の説明を鵜呑みにしてしまいますが、それも中国でも日本でも同じことです。そして、それぞれの政府にとっては、相手政府を悪者に仕立てることによって自国民の支持を集めることができる政治的な魅力もあります。

今回の場合、安倍政権が改憲を意図した発言をしたのとほぼ同じタイミングで、レーダー照射の事実について発表しています。事件の発生そのものを安倍政権がコントロールすることは困難ですが、事件の発表の時期については安倍政権が容易にコントロールできますので、この時期になぜ発表したのか、については一考の価値があります*2
この情報については、すべてが日本の防衛省を経由していますので、当然に日本政府、特に防衛省の意図が、公表内容の選択に反映されていますし、場合によっては脚色、誇張、虚偽が含まれている可能性もあります。

いずれの紛争当事者にも偏らず、事態を公正、冷静に判断したいのなら、当然にこのような可能性を踏まえて日本政府の公表情報を評価する必要があります。
多くの政治課題に関する政府発表に対しては、野党やメディア、市民団体のチェックが入りますが*3、こと領土問題になると、国内の野党やメディアのチェックはほとんど期待できません。

その結果、多くの日本人は紛争当事者である日本政府視点で固定されてしまい、また、多くの中国人は紛争当事者である中国政府視点で固定されてしまい、お互い偏向した見解をぶつけ合い、紛争の激化を招くわけです。

日本政府発表内容に対して、前回のエントリーのように海自側の行動に関する疑問を呈すると、中国の支持者だと決め付けられるような現象が、上記を証明していると言えるでしょう。私自身は、中国の行動が何の問題もないなどとは一言も言っていないにもかかわらず、ですから。


さて、ここで2013年2月6日の講演でのパネッタ米国防長官の言です。

I mean, I -- I -- I believe that, I mean, especially the Senkaku Islands and the dispute over that, that territorial dispute is one that concerns us a great deal. Because it's -- it's the kind of situation where there are territorial claims that could ultimately get out of hand and, you know, one -- one country or the other could react in a way that could create an even greater crisis.

And so we urged, obviously, both the Japanese and Chinese to exercise good judgment here and to try to work with each other to try to resolve these issues peacefully.

http://www.defense.gov/transcripts/transcript.aspx?transcriptid=5189

United States urged both the Japanese and Chinese to exercise good judgment here and to try to work with each other to try to resolve these issues peacefully.

つまり、日本・中国双方に事態を悪化させないように、平和的に解決することを求めています。
これを相手側である中国への批判としか解釈できない時点でかなり問題ですが、自国である日本への批判でもあることをまずは自覚するべきです。

その上で日本が何をできるかを考え行動する。現実的には、海自護衛艦を日本側主張の日中中間線付近から後退させることでしょう。少なくとも中国軍艦艇から一定以上の距離を取るように、日本政府として自衛隊に命令を出すべきですね。こんなことは中国がどうとか以前に日本だけで簡単に完結できることです。

公海上に護衛艦を出しても違法ではない

という主張が散見されますが、レーダー照射が国連憲章上の武力による威嚇だと言うのと同様に、軍艦をガス田採掘施設近辺に遊弋させるのだって武力の威嚇だと言い得ますし、そういう主張をしないにしても、違法でなければ挑発しても構わないわけじゃありません。

日本ではスクランブルの回数が増加したことを脅威の増加のように語ることが多いですが、防空識別圏を越えること自体は何ら違法じゃありませんよね。それと同じです。

こういった常識的なことでさえ、紛争当事者視点で固定している人には理解できないことなんでしょうけどね。

*1:漁業関係者などは当事者といえるかもしれませんが、外交上交渉の前面に立つ政府が直接の当事者というべきでしょう。

*2:もっとも、日本のマスコミの考察は「なぜ今中国は挑発をするのか」と方向にばかり向いていますが。

*3:現在では、その基本的機能すら危ういものになりつつありますが。