1936年時の内地における娼妓の状況

新聞記事文庫 婦人問題(4-166)
大阪朝日新聞 1936.12.12(昭和11)

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籠の鳥に与えよ太陽
待遇改善の爆弾示達
月一回の公休、負担の軽減など府が改革案を九遊廓へ

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公娼廃止がやかましく議論されている折柄娼妓と楼主との貸借経済関係を中心にいわゆる「籠の鳥」の生活につき大阪府保安課ではその改善擁護のためさる十月上旬から大阪府下の飛田、松島、新町、堀江、南地五花街、堺竜神、同乳守、貝塚枚方の九遊廓所轄警察署に大がかりな調査を命じていたところこのほど終了、籠の鳥生活の内情が遺憾なくさらけだされるとともに法規の違反実に百五十件の多数にのぼった
同課ではこれに対する処分方法を考究中であるが、まず娼妓待遇改善が第一であるとして十日前記九遊廓の取諦を府庁に招致、小幡保安課長からこれが改善を命じたうえ十一日さらに各所轄署長をして改善方法の詳細を示達せしめた、これは公娼廃止に対する大阪府当局が投じた一つの試金石とみられ、この改善方法が完全に実施されるか否かによって公娼廃止の前途を左右するものとして全国的に注目をあつめている、すなわち当局の示した待遇改革案は

【第一日】娼妓から徴収する諸費用は専門ら実費程度にとどめ(一)食費は二割乃至五割の軽減(二)衣裳損料は約五割の軽減(三)寝具損料も約五割の減額(四)部屋代は五割減(五)その他の費用も二割乃至五割の軽減
【第二】娼妓の自由拘束の廃除
 (一)毎月一日、年十二日の公休日の確立(二)昼間における外出の絶対自由を認め附人をつけぬこと(三)そのほか娼妓の自由を拘束し監禁同様の方法は断乎として是正せしめる
【第三】遊廓の顧客に強要する飲食物についても調査の結果甚しきは市価の倍額以上も暴利を貪っている事実が多数認められるので、これら「台物」は市価の最高二割以上は絶対に許さないことになった

九遊廓ではかねてこれらの点につき改革を断行すべくよりより協議中のところ今回府当局から全面的の指示をうけたのでそれそれ一週間以内に各組合別に総会をひらき規約の改正を行い府の改善案を実施すべく目下協議中であるが、遊廓側に大衝撃を与え、その成り行きは極めて重視されている


搾取を根絶 府当局談
公娼廃止がやかましく叫ばれるのは人身売買の悪風に対する非難もあるが、現在の公娼制度が彼女たちにとってひどい搾取を意味し人道的にも見るに忍びないものがあるためで、今回の府が示した改革案はこの苛歛誅求を徹底的に根絶せしめたいの主旨にほかならず、これが完全に実施されるとすれば公娼制度の存続を許容されてよく、むしろ公娼を廃して私娼の跋扈をみるよりは社会的によい結果をもたらすものと考えている


月三十万円の軽減
この改革案が実施された暁には娼妓一人当り一ヶ月の負担平均三十円程度の軽減となるので現在大阪府下九遊廓の公娼数は松島遊廓の三千二百人、飛田遊廓の三千人を筆頭に約一万人(業者は千五百余人)であるから月三十万円、年に三百六十万円の娼妓負担の軽減となりめぐまれない彼女たちにとって大きな福音である


きょう全遊廓の協議 "楼主側を無視"と大恐慌
改革案の示達を受けた府下九遊廓では何分公娼廃止の声におびえ切っている折柄とて今回の改革案は遊廓側に非常な衝動を与え業者の死活問題であると飛田遊廓では十一日午後四時から同遊廓事務所で緊急役員会を開き善後策につき協議したのをはじめ、各遊廓でもそれそれ緊急役員会を招集、同案について慎重なる凝議をつづけている
 各遊廓側では右の案は娼妓側のみの調査を基礎として立案されたもので楼主側の投資に対する利潤を認めず現行法規の下でさえ不況に喘いでいる業者をさらに一層悲境に陥れるものであるとなし、楼主側としては直ちに承服し難くなお十分検討の余地あるものとして十二日午前十時から松島遊廓事務所に府下九遊廓の正副取締その他幹部が集合同案に対する対策を練ることになった
なお同案の問題の中心となっている娼妓の負担は飛田遊廓は食費一ヶ月十三円、衣裳損料は本人純所得の二割、部屋代三畳につき一ヶ月十五円、一畳増すごとに五十銭増となっており、これによってみるも娼妓一人当りの負担は一ヶ月約五十円を下らない有様でその他の各遊廓も大体飛田遊廓の娼妓たちと相前後した負担を課せられている模様でこれが軽減は大きい


新町と松島
 新町遊廓では山中取締以下役員一同が同日深更まで同廓内で右改革案を中心に協議をこらした、また松島遊廓でも取締清水奈良蔵氏ほか幹部一同は十一日深更、右の改革問題について対策を協議した

「公娼廃止がやかましく叫ばれるのは人身売買の悪風に対する非難もあるが、現在の公娼制度が彼女たちにとってひどい搾取を意味し人道的にも見るに忍びないものがあるためで、今回の府が示した改革案はこの苛歛誅求を徹底的に根絶せしめたいの主旨にほかならず、これが完全に実施されるとすれば公娼制度の存続を許容されてよく、むしろ公娼を廃して私娼の跋扈をみるよりは社会的によい結果をもたらすものと考えている」という当局の考えには賛同できませんが、少なくとも「人身売買の悪風」「ひどい搾取」という問題点を認識していたことは間違いありません。
従軍慰安婦公娼制度の延長として容認するのであれば、「人身売買の悪風」「ひどい搾取」に対する対策も同時に考慮する義務が日本軍・政府にあったのは否定できないでしょう。そして、その義務は一切履行されなかったわけです。