入国拒否の理由は明かさないのが普通

先に言っておきますが今回のオチは陰謀論です。

日本政府が入国しようとする外国人に対して入国拒否をすることはよくあります。入国拒否という処分は当該外国人にとって不利益な処分ですが、その理由は公開されないのが普通です。

なお,個々の案件について具体的な拒否理由を回答することは,それらの情報が不正な目的を持って日本に入国しよう/させようとする者により,審査をかいくぐるために悪用されることも考えられ,その後の適正な査証審査に支障を来し,ひいては日本社会の安全と安心にとってもマイナスとなるおそれがありますので,回答しないこととなっています。なお,行政手続法3条1項10号は,「外国人の出入国に関する処分」については,審査基準・拒否理由等を提示する義務の適用除外としています。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/faq.html

行政手続法は、「処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第四十六条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする」法律です。つまり、行政行為に対してその理由を明らかにすることによって、不正なことが行われていないことを担保するための法律です。
しかし、以下の条文によって、入国拒否については公開しなくてもよいとする適用除外の対象とされています。

(適用除外)
第三条  次に掲げる処分及び行政指導については、次章から第四章までの規定は、適用しない。
十  外国人の出入国、難民の認定又は帰化に関する処分及び行政指導

第二章 申請に対する処分
第三章 不利益処分
第四章 行政指導

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H05/H05HO088.html

7月27日に韓国に入国しようとして拒否された右翼言論人の呉善花氏(日本国籍)ですが、韓国でも日本と同様に入国拒否の理由については明らかにしない方針です*1

 呉氏によると、入国拒否の理由について韓国の空港では一切説明されず、日本に戻った後、成田空港でようやく「出入国管理法76条の規定により」と記された書類を渡された。同法は韓国の安全や社会秩序を害する恐れのある外国人の入国禁止について定めている。
 呉氏は「私はどれも該当しない。著作活動を理由としているとしか考えられない」と指摘。今回の問題について「嫌韓をあおる呉善花」と呉氏への非難しか伝えず、言論の自由の侵害に触れようとしない韓国メディアの論調も批判した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130731/kor13073119340005-n1.htm

さて、この産経記事では「出入国管理法76条の規定」が入国拒否の根拠であり、それは「韓国の安全や社会秩序を害する恐れのある外国人の入国禁止について定め」た条文で、「呉氏は「私はどれも該当しない。著作活動を理由としているとしか考えられない」」と反論している、となっていますが、これは正確ではありません。

韓国出入国管理法第76条は送還の義務を記した規定

まず、韓国の出入国管理法第76条は、「韓国の安全や社会秩序を害する恐れのある外国人の入国禁止について定め」た条文ではなく、入国に関わった旅客業者に対して送還の義務を課した条文に過ぎません。

第76条(送還の義務)次の各号の1に該当する外国人が乗った船舶等の長又は運輸業者は、その者の費用と責任でその外国人を遅滞なく大韓民国外に送還しなければならない。
 1.第7条第1項から第4項まで又は第10条第1項の規定による要件を備えない者
 2.第11条の規定により入国が禁止され、又は拒否された者
 3.第12条第4項の規定により船舶等の長又は運輸業者の帰責事由で入国が許可されない者
 4.第14条の規定により上陸した乗務員であってその者が乗っていた船舶等が出港する時まで帰船しない者
 5.第46条第5号又は第6号の規定に該当する者であって強制退去命令を受けた者

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3904/nyuukan.html

つまり、呉善花氏を成田に送還した旅客業者が、出入国管理法第76条に基づく送還であったことを提示したに過ぎず、なぜ送還の義務が発生したのかについては何も説明しないわけです。では、第76条の条文から考えられる送還理由は何かと言うと、第7条、第10条、第11条、第12条、第14条、第46条のいずれかに該当したということしかわかりません。ただし、第14条は船舶乗務員などを対象とした規定で、第46条は強制退去の規定で入国時点を対象としない規定ですから除外してよいでしょう。
すると以下の条文の呉善花氏は該当したのだと考えられます。

第7条・第10条

第7条(外国人の入国)(1)外国人この入国しようとするときは、有効な旅券又は船員手帖及び法務部長官が発給した査証を所持していなければならない。
(2)次の各号の1に該当する外国人は、第1項の規定にかかわらず査証なく入国することができる。<改正93・12・10>
(略)
(3)法務部長官は、公共秩序の維持又は国家利益に必要であると認めるときは、第2項第2号の者に対して査証免除協定の適用を一時停止することができる。
(4)大韓民国と修交しない国家又は法務部長官が外務部長官と協議して指定した国家の国民は、第1項の規定にかかわらず大統領令が定めるところにより在外公館の長又は事務所長又は出張所長が発給した外国人入国許可書で入国することができる。
第10条(滞留資格)(1)外国人であって入国しようとする者は、大統領令が定める滞留資格を有さなければならない。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3904/nyuukan.html

ここで該当しそうなのは、適正なパスポートやビザを所持していなかった可能性です。

第11条

第11条(入国の禁止等)(1)法務部長官は、次の各号の1に該当する外国人に対しては、入国を禁止することができる。<改正97・12・13>
 1.伝染病患者・麻薬類中毒者その他公衆衛生上危害を及ぼすおそれがあると認められる者
 2.銃砲・刀剣・火薬類等取締法で定める銃砲・刀剣・火薬類等を違法に所持して入国しようとする者
 3.大韓民国の利益又は公共の安全を害する行動をするおそれがあると認めるだけの相当な理由がある者
 4.経済秩序又は社会秩序を害し、又は善良な風俗を害する行動をするおそれがあると認めるだけの相当な理由がある者
 5.精神障害者・放浪者・貧困者その他救護を要する者
 6.強制退去命令を受けて出国した後5年が経過しない者
 7.1910年8月29日から1945年8月15日まで日本政府、日本政府と同盟関係にあった政府、日本政府の優越した力が及んでいた政府の指示又は連繋の下に人種、民族、宗教、国籍、政治的見解等を理由として人を虐殺・虐待する仕事に関与した者<<施行日98・3・14>>
 8.その他第1号から第7号までの1に準ずる者であって法務部長官がその入国が不適当であると認める者<<施行日98・3・14>>
(2)法務部長官は、入国しようとする外国人の本国が第1項各号以外の事由で国民の入国を拒否するときは、その者と同じ事由でその外国人の入国を拒否することができる。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3904/nyuukan.html

呉善花氏に対して適用されそうなのは、この第11条1項3号又は4号あたりでしょうか。「大韓民国の利益又は公共の安全を害する行動をするおそれがあると認めるだけの相当な理由がある者」「経済秩序又は社会秩序を害し、又は善良な風俗を害する行動をするおそれがあると認めるだけの相当な理由がある者」または「その他第1号から第7号までの1に準ずる者であって法務部長官がその入国が不適当であると認める者」ということでしょう。ただし、第11条は法務部長官の権限ですので、今回直接的に適用されたとは考えにくいと思われます。

第12条

第12条(入国審査)(3)出入国管理公務員は、入国審査をする場合において次の各号の要件を備えたか否かを審査して入国を許可する。
 1.旅券又は船員手帖及び査証が有効であること。ただし、査証は、これを必要とする場合に限る。
 2.入国目的が滞留資格と符合すること
 3.滞留期間が法務部令が定めるところにより定められたもの
 4.第11条の規定による入国の禁止又は拒否の対象でないこと
(4)出入国管理公務員は、外国人が第3項各号の1の要件を備えることができなかったと認められるときは、入国を許可しないことができる。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3904/nyuukan.html

直接的に適用されたのは、この第12条かと思います。つまり、出入国管理官が第12条3項のいずれかの条件を満たさないとみなしたのでしょう。しかし、「国の利益又は公共の安全を害する行動」「経済秩序又は社会秩序を害し、又は善良な風俗を害する行動」が判断の原因になったかどうかは断定できません。
要するに一番初歩的な入国拒否の理由として、パスポート・ビザの有効性、入国目的の滞留資格との符合なども考えられるわけです。例えば、短期間で親族を訪ねる目的であればビザは不要ですが、商業目的であればビザが必要になるはずです。報道では親族の結婚式に出席が目的とされていますが、それ以外に商業目的とみなされうる予定があったなら、それを理由として入国拒否されてもおかしくはありません。
その意味では、呉善花氏の著作活動が原因ともいえない可能性はあります。

もちろん、呉善花氏の著作活動が原因である可能性も否定できません。

思想に基づく入国拒否は認められるべきではない

思想に基づく入国拒否は認められるべきではない*2のはもちろんなのですが、日本でも他の国でも入国拒否の理由として思想が原因だと明示するようなことはまずありません。多くは手続の瑕疵や入国管理官の勘や判断*3で拒否されることが多いかと思います。
今回の呉善花氏の場合も、実際はどうだかわかりません。

ただ気になる点はいくつかあります。
前回も書いたように、7月27日昼に入国拒否されて夜に帰国するとすぐ成田で待機してた産経記者の取材を受け、その日のうちに産経から韓国出入国管理事務所への取材が行われ、7月28日午前2時にはネットでニュースとして流されるという不自然なまでの手際の良さです。
大事件や大事故ならともかく、入国拒否されて帰国すること自体は、日本の場合でも毎年数千件は起きていますから、これだけのために成田まで取材に行くのはどうなのかなと思います。翌28日に都内で取材しても良さそうな気がします。
また、呉善花氏は2007年にも一時入国拒否されたそうですが、その時は日本領事館などに連絡を取って入国できています。今回は領事館に連絡を取ったのかどうかわかりませんが、2007年と比べ割とあっさりと引き下がったような感じです。
まるで、呉善花氏と産経新聞が入国拒否されるのを待ち構えていたかのように、と書くと陰謀論ですけどね。

ちなみに2007年10月1日に一時入国拒否された時は、報道されたのは10月9日になってからのようです。今回の手際の良さが光ります。

*1:韓国 行政手続法「第3条(適用範囲)(2)この法律は、次の各号の1に該当する事項に対しては、適用しない。 9.兵役法による徴集・招集、外国人の出入国難民認定帰化、公務員人事関係法令により懲戒その他処分又は理解調整を目的として法令による斡旋・調整・仲裁・財政その他処分等当該行政作用の性質上行政手続を経ることが困難、又は不必要であると認められる事項及び行政手続に準ずる手続を採った事項であって大統領令で定める事項」http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3277/gyote.html#第1節 目的・定義及び適用範囲等

*2:明らかな犯罪目的や公序良俗に反する行為を目的としている場合は別ですが。

*3:挙動不審や服装などの判断とか、ですね。