「悪いところもあれば、良いところもいっぱいあるはずだ」と言うなら、どこが悪いところでどこが良いところだったかを具体的に言えばいいのにと思う。

歴史修正主義者に転向した元共産党員の筆坂秀世氏の件。
まあ、共産党員として生きるよりも歴史修正主義者として生きる方が実入りは良いでしょうから、己の良心に大した価値を見出していないなら歴史修正主義者になるのは良い取引と言えるかもしれませんね。

近現代史を語れない日本はまともな国なのか?

孫娘に戦争のことを教えた故中條高徳
2015.02.23(月) 筆坂 秀世
 学校教育でも近現代史が省かれてきた。近現代史を語れないような国が、まともな国家とは言えない。何も日本の過去のすべてを美化せよと言うのではない。悪いところもあれば、良いところもいっぱいあるはずだ。これらを正直に振り返ることがいまもっとも必要になっている。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42985?page=4

「何も日本の過去のすべてを美化せよと言うのではない」「悪いところもあれば、良いところもいっぱいあるはず」というのは、これだけ読めば尤もな主張ですが、この手の主張をする論者はなぜか、“では、日本の悪いところは具体的に何だったのか、具体的に何が良いところだったのか」という当然生じる問いには答えようとしない傾向があります。

それは何故かを考えると、大正デモクラシーや戦後の反核反戦運動を「良いところ」と見ているわけではなく、植民地支配やアジア侵略戦争を「良いところ」とみなしているからなのではという疑念が浮かびます。
また、こういう論者は南京大虐殺従軍慰安婦、植民地支配・占領地支配を「悪いところ」だと認識しているのでしょうか。
「良いところもいっぱいある」というのは1980年代には既に存在していたカビの生えた修正主義ですが、今更それに取り込まれる共産党員っていったい・・・。