中国ウォッチャーは曲解が多いように感じる

まあ、別に対中国に限らず、対韓国などでも同じような論者はいますけどね。
「屈辱の100年を乗り越え、世界の王となれ」習近平率いる中華帝国の野望を読み解く(現代ビジネス 5月26日(木)11時1分配信 )」の件。

この中で近藤大介氏は以下のように述べています。

 新総書記は、李克強張徳江兪正声劉雲山王岐山張高麗という「トップ7」(党中央政治局常務委員)を引き連れていた。そして中央の演壇に立ち、記者団に軽く右手を挙げると、標準中国語の野太い声で、13億6 7 8 2万の中国の民を指導する8 7 7 9万共産党員のトップとして、「就任演説」を述べた。
 「わが民族は、偉大なる民族だ。5 0 0 0年以上にわたる文明の発展の中で、中華民族は人類の文明の進歩に不滅の貢献をしてきた。それが近代以降、艱難辛苦を経験し、最も危険な時期を迎えた。だが中国共産党の成立後、頑強に奮闘し、貧困の立ち遅れた旧中国を、繁栄と富強の新中国へと変えた。
 中華民族の偉大なる復興の光明は、かつてないほどすぐ近くの前景にある。中華民族を世界民族の林の中で、さらに強く自立させるのだ!」
まるで「建国の父」毛沢東が、墓場から這い出してきたような演説だった。毛沢東は国内統一の偉業を成し遂げ、それを引き継いだ自分は中国を世界の強国にしていくと宣言したのである。その間の蠟小平、江沢民胡錦濤という3世代の指導者は抜け落ちていた。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160526-00048705-gendaibiz-int

2012年11月15日の習近平氏の演説に対する論評ですが、近藤氏は「「建国の父」毛沢東が、墓場から這い出してきたような演説」などと否定的に表現しています。あたかも、習近平氏は自身を毛沢東の後継者とみなし、蠟小平、江沢民胡錦濤という3世代の指導者を無視したかのような論評ですが、そもそも習近平氏の演説自体、別に毛沢東に言及しているわけでもありません。
人民網に掲載されている該当部分はこうです。

习近平指出,这个重大责任,就是对民族的责任。我们的民族是伟大的民族。在五千多年的文明发展历程中,中华民族为人类文明进步作出了不可磨灭的贡献。近代以后,我们的民族历经磨难,中华民族到了最危险的时候。自那时以来,为了实现中华民族伟大复兴,无数仁人志士奋起抗争,但一次又一次地失败了。中国共产党成立后,团结带领人民前仆后继、顽强奋斗,把贫穷落后的旧中国变成日益走向繁荣富强的新中国,中华民族伟大复兴展现出前所未有的光明前景。我们的责任,就是要团结带领全党全国各族人民,接过历史的接力棒,继续为实现中华民族伟大复兴而努力奋斗,使中华民族更加坚强有力地自立于世界民族之林,为人类作出新的更大的贡献。

http://cpc.people.com.cn/18/n/2012/1115/c350821-19591246.html


近藤氏の訳と似てはいますが、細部は異なっています。元々、習近平氏は演説で三つの重大な責任について言及しており、その一つとして「民族に対する責任」を挙げている部分がこれです。近藤氏の訳では削除されている部分として「自那时以来,为了实现中华民族伟大复兴,无数仁人志士奋起抗争,但一次又一次地失败了。」の部分があります。中共以前に中華民族復興を目指して奮起した無数の英雄・志士がいたことに習近平氏は言及しているわけですが、近藤氏はその部分を削除しています。
その他、近藤氏訳では、中共が「繁栄と富強の新中国へと変えた。」といった表現になっていますが、「把贫穷落后的旧中国变成日益走向繁荣富强的新中国」と繁栄と富強の新中国に“向かっていて”、明るい未来があるという「中華民族の偉大なる復興の光明は、かつてないほどすぐ近くの前景にある」という部分につながっています。近藤氏の訳は少し変な感じがします。
近藤氏訳での「中華民族を世界民族の林の中で、さらに強く自立させるのだ!」の部分は人民網サイトの該当部をかなり省略したものです。「团结带领全党全国各族人民」(党・国・各民族・人民が団結して)とか「接过历史的接力棒」(歴史のバトンを受け継ぎ)とか「继续为实现中华民族伟大复兴而努力奋斗」(中華民族の偉大な復興のため努力奮闘を継続)とか「为人类作出新的更大的贡献」(人類のために更なる貢献を)といった部分を近藤氏はそぎ落として、「使中华民族更加坚强有力地自立于世界民族之林」だけをピックアップしています。その訳しかたには少し違和感があります。
また、これを「まるで「建国の父」毛沢東が、墓場から這い出してきたような演説」と評するのも理解しがたいものがあります。そもそも毛沢東に言及した演説ですらありませんし、「继续为实现中华民族伟大复兴而努力奋斗,使中华民族更加坚强有力地自立于世界民族之林,为人类作出新的更大的贡献」などという論旨はむしろ、“日本を普通の国にして世界に貢献”といった安倍首相の方針にこそ似てるように思いますけどね。


近藤氏の次の部分も違和感あります。

 それから2週間後の11月29日、習近平新総書記は、再び「トップ7」を全員帯同し、天安門広場東手の中国国家博物館を訪問。そこには習近平の「鶴の一声」で、約1 2 0 0点もの「中国共産党の偉大なる品々」が並べてあった。この「復興の道」特別展の前で、習近平新総書記は2度目の演説をぶった。
 「中華民族の偉大なる復興こそが、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だ。この夢には、過去何代もの中国人の想いが込められている。私は自信を持って述べるが、中国共産党1 0 0周年のとき(2 0 2 1年)までに、全面的な『小康社会』(ほどほどに豊かな社会)を実現する。
 そして新中国建国1 0 0周年のとき(2 0 4 9年)までに、富強・民主・文明・和諧(調和のとれた)の社会主義現代化の国家を、必ず作ってみせる!」
 この2度にわたる「重要講話」は、その後の「習近平外交」の土台となった。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160526-00048705-gendaibiz-int

近藤氏が習近平氏の発言として書いている部分の原文は以下にあたります。

  习近平最后强调,我坚信,到中国共产党成立100年时全面建成小康社会的目标一定能实现,到新中国成立100年时建成富强民主文明和谐的社会主义现代化国家的目标一定能实现,中华民族伟大复兴的梦想一定能实现。

http://news.sohu.com/20121129/n359053063.shtml

「我坚信〜」を近藤氏は「私は自信を持って述べるが〜」と訳していますが、どちらかといえば、「私は〜と信じている」と訳すべきではないかと思います。近藤氏の訳では、まるで習近平氏が自ら社会主義現代化の実現を2049年までに行うと公約しているように読めますが、むしろ“我が国は2049年までに社会主義現代化という国家目標を必ず実現できると私は信じている”という方が適切でしょう。

極め付きがここです。

2049年までに世界一の覇権国家

 どの国においても、外交は内政の延長である。だが「習近平の中国」ほど、このことが顕著な国も珍しい。
 このとき、習近平総書記が脳裏に思い描いていたのは、古代の秦の始皇帝(紀元前2 5 9年から前2 1 0年)のような絶対君主になることだった。そしてその延長として、古代アジアの秩序体制である「冊封体制」を、21世紀の今日に復活させるという青写真を描いた。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160526-00048705-gendaibiz-int

もともと「富强民主文明和谐的社会主义现代化国家的目标一定能实现」と書かれ、近藤氏自身も「富強・民主・文明・和諧(調和のとれた)の社会主義現代化の国家」と訳していた部分がなぜか「世界一の覇権国家」に読み替えられています。
根拠らしい記載は、「習近平総書記が脳裏に思い描いていたのは、古代の秦の始皇帝(紀元前2 5 9年から前2 1 0年)のような絶対君主になること」しかありませんが、習近平氏が脳裏に何を思い描いていたかなど本人以外にわかるわけもありません。もし、そう思い描いていたであろうと考えるに足る情報があるなら別ですが、近藤氏の文章には全くそれがありません。
全く何の根拠も無しに、“習近平始皇帝になることを狙っているに違いない”と決め付けているようにしか見えず、さすがにこれはどうかと思います。

その後は、近藤史観の中国近代史が語られた後、こう結論づけています。

 こうしたアジアの歴史を踏まえて、習近平総書記が2回の「重要講話」に込めたエッセンスは、いわゆる「時計の逆回し論」で言い表せた。
(略)
 そこで「建国の父」毛沢東の後継者である習近平は、第1段階として、時計の針を1 8 9 4年まで戻す。つまり、2 0 2 1年の中国共産党1 0 0周年までに、日本を押しのけてアジアでナンバー1の大国としての地位を取り戻す。
 続いて第2段階として、時計の針を1 8 4 0年まで戻す。つまり、2 0 4 9年の建国1 0 0周年までに、アメリカを超えて世界ナンバー1の大国として君臨する。この「二つの1 0 0年」の達成を、習近平外交の目標に据えたのである。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160526-00048705-gendaibiz-int

しかし、習近平氏の2回の演説をどう読んでも、「2 0 2 1年の中国共産党1 0 0周年までに、日本を押しのけてアジアでナンバー1の大国としての地位を取り戻す」とも「2 0 4 9年の建国1 0 0周年までに、アメリカを超えて世界ナンバー1の大国として君臨する」とも解釈できないんですよね。

近藤氏は、自分で「中国共産党1 0 0周年のとき(2 0 2 1年)までに、全面的な『小康社会』(ほどほどに豊かな社会)を実現する」と言っていながら、「ほどほどに豊かな社会」を「日本を押しのけてアジアでナンバー1の大国としての地位」にすり替え、「富強・民主・文明・和諧(調和のとれた)の社会主義現代化の国家」を「アメリカを超えて世界ナンバー1の大国」と改竄しています。

以前、楊海英氏に言及した記事でもそう思ったんですが、中国ウォッチャーってちょっと曲解が過ぎるんじゃないですかね。