「日本と中国の係争地域は、「排他的経済水域が重なる場所」」←こういうデマを広げる連中が多くて困る

日本政府は中国に対してどんな要求をしているのか −東シナ海ガス田問題における日本政府のヤクザ論法−」の記事に関連して、こういうデマを述べている人がいました*1

仁ロボ @jinrobo
(1)まず、日本と中国の係争地域は、「排他的経済水域が重なる場所」(海洋法第六十三条、以下条約名省略)であって、日本主張の中間線と中国主張の境界との間に限られません。双方主張の境界線は係争地域を確定するための合意案にすぎず、合意が成立しない限り日本の(と中国)の管理権が係争地域に及んでいることは変わらないため、その管理権(60条1項(b))を無視した資源開発施設の建設は違法です。

http://togetter.com/li/852391

まず、係争海域を「排他的経済水域が重なる場所」などと規定する条文は海洋法条約にありません。63条はEEZが重複する場合は関係国で資源利用について合意するように、求めているだけです。
係争海域とは、一方国の主張する境界と他方国の主張する境界が重複する場所であって、東シナ海における日中間の場合は、日本の主張する日中中間線から中国の主張する沖縄トラフまでの間の領域が係争海域になります。日本が、日本側200海里全域を自国側と主張するのならば、別ですけどね。
したがって、仁ロボ @jinrobo 氏の言う「日本と中国の係争地域は、(略)日本主張の中間線と中国主張の境界との間に限られません。」は間違いですし、もちろん、係争海域外の明らかな中国側で中国がどのような資源開発をしたとしても、違法でも何でもありません。

仁ロボ @jinrobo
(2)さらに言えば、係争両国は「最終的な合意への到達を危うくし又は妨げないためにあらゆる努力」(83条3項)を負っているところ、係争地における物理的変更を伴う資源開発を行うことは最終合意到達を妨げる行為だと判断されますから(ガイアナスリナム海洋境界画定事件仲裁判決)、本件ガス田の開発行為はこれにあたり違法です。

http://togetter.com/li/852391

中国側がガス田施設を建設しているのは日本側主張の日中中間線の中国側であって係争海域ではないため、違法ではありません。
2007年のガイアナスリナム海洋境界画定事件(提起は2004年)は係争海域内での資源開発に関するもので、今回のような日本が日本側主張の日中中間線の中国側での中国による資源開発は該当しません。
ガイアナスリナム事件は、スリナムが主張する海洋境界のガイアナ側でのガイアナによる開発にスリナムが武力による威嚇・警告を行ったわけではなく、ガイアナが主張する海洋境界とスリナムが主張する海洋境界の間である係争海域でガイアナが開発を行ったことが、スリナムによる威嚇・警告に発展したわけですから、今回の中国のガス田開発とは異なります。

もっとも、中国側の開発に関しては強いて言えば、以下の考え方があり得るとは言えます。

係争海域における共同開発に関する国際法規範の諸相

――東シナ海における諸事例を中心に――

(2)本稿は、基本的に許容説を支持する。国連海洋法条約83 条3 項および74 条3 項にあらゆる一方的開発を抑止する義務を読み込むのは、解釈上採り得ない立場ではないにせよ、条約の起草過程に照らせば困難な解釈といえよう。信義誠実の原則などの法の一般原則から直接一方的開発抑止義務を導出することや国家実行の観点から一方的開発抑止義務を導出することも同様に困難であろう。したがって、国連海洋法条約83 条3 項および74 条3項に照らして、一方的開発は「一般的に」許容されるも合法とはいえない「未決(pending)」の状態にあり、同条項から導出される後述の誠実交渉義務の評価において、一方的開発を関連事情として考慮するに留めるべきであろう。大陸棚および排他的経済水域に対する当事国の権利行使を国際法上無制限に認めるわけではなく、国連海洋法条約83 条3 項および74 条3 項の規定する誠実交渉義務を通して、一方的開発に一定の歯止めを可能にする点において、この立場は妥当性を有するものともいえよう。

ただし、あらゆる一方的開発は国際法上禁止されていないとしても、最終的な合意到達を困難にする結果を招来し得る態様で発現する「特定の」一方的開発が国連海洋法条約73条3 項および83 条3 項により禁止されていると解釈する余地は残るといえよう。すなわち、国連海法条約83 条3 項および74 条3 項は「合意到達阻害行為抑止義務」を規定しており、禁止される事項的範囲にはあらゆる一方的開発は含まれないものの、最終的な合意到達を阻害する態様で発現する一方的開発を抑止する義務が含まれているという解釈である。例えば、係争海域において将来的に境界とされる蓋然性が高いと思われる線(例えば、等距離中間線)を越えた一方的開発は、最終的な合意到達を困難にし得るため、国際法上禁止されると解する余地はある。また、係争海域において将来的に境界とされる蓋然性が高い線を超えていない場合でも、当該線に限りなく近接したうえで、当該線を越えて一体化している鉱床から石油や天然ガスなどの炭化水素資源などを含む鉱物資源を採掘しようとする一方的開発なども、最終的な合意到達を困難にし得るため、国際法上禁止されると解する余地はある。

http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/courses/2007/50010/documents/50010-3.pdf

ここで重要なのは、日本側が主張する日中中間線が「将来的に境界とされる蓋然性が高いと思われる線」と言えるかどうか、と、ガス田施設が「当該線に限りなく近接」していると言えるかどうか、そして、ガス田の構造が「当該線を越えて一体化している鉱床から石油や天然ガスなどの炭化水素資源などを含む鉱物資源」と言えるかどうか、の3点です。

第一の点について、向かい合う陸地が大陸と列島という状況においてEEZ中間線が境界として衡平と言えるかどうかという問題がまずありますが、ここでは蓋然性という点ではクリアしていると仮定しましょう。次にガス田施設が日中中間線に「限りなく近接」していると言えるか、ですが、最も近い施設でも4kmは離れており、これを「限りなく近接」と呼ぶにはかなり憚られます。
最後に「当該線を越えて一体化している鉱床から石油や天然ガスなどの炭化水素資源などを含む鉱物資源」かどうかですが、北海道や東北沖のガス田構造がせいぜい長径4〜5km程度のサイズであることを考慮すると、日中中間線から4km以上中国側で採掘しているガス田が、日中中間線の日本側にまで広がっている蓋然性はきわめて低いというべきでしょうね。

まして最近は、東シナ海のガス田の埋蔵量は採算が取れないほど少ない、という主張が出回っているわけで、それを考慮すれば尚のこと、中国側の開発行為が海洋法条約83条3項および74条3項に抵触するとは考えられませんね。

仁ロボ @jinrobo
法を自分に有利なとこだけつまみ食いする輩が多くて困る。

http://togetter.com/li/852391

つまみ食いしてるのは、お前だよ、と。


*1:丸付数字は、括弧書数字に修正。