ちょっと認識がずれている、というかちゃんと読んでるの?

中国がユネスコに申請した南京事件の被害者数は「30万人」ではない!?」の件。
そもそも別に犠牲者数の認定のための登録するわけではないですから、そこに焦点を当て過ぎな日本での議論が偏ってるわけですが。

公的機関による調査結果は2つのみ

まず、両論併記として、日本側の説も載せろとかいう意見について、先に指摘しておきますと。
そもそも公的機関による正式な調査結果として犠牲者数に言及されているのは、南京軍事法廷判決と東京裁判判決の2つだけです。
それ以外に挙げられている犠牲者数は民間の研究者による研究結果とか調査によらない概算値しかありません。
秦郁彦氏の4万説については推定値として著しく過小評価した信用のできないものであることを以前指摘しましたが、そこまでレベルが低いものでなくとも、民間の研究者による推定よりは公的機関による公式調査結果の方が信頼されるものです。
日本政府は「政府としてどれが正しい数かを認定することは困難である」*1と言って、犠牲者数の評価から逃げていますから、犠牲者数に言及しようとすれば、南京軍事法廷判決と東京裁判判決の二者択一にならざるを得ません。

南京軍事法廷判決と東京裁判判決

南京軍事法廷東京裁判は個々に独立して南京事件を調査したわけではありません。共に連合国による戦犯裁判であり、調査結果は基本的に共有されています。
そもそも、南京軍事法廷は1946年2月15日開廷で1947年3月10日判決、東京裁判は1946年5月3日審理開始で1948年11月4日判決で*2、開廷期間は重なる部分もあり、かつ東京裁判の方が遅くまで続いています。このため、両裁判所とも南京事件に関しては基本的に同じ調査資料を参照していると言ってよく、かつ、長く続いた分東京裁判の方がより多くの資料を参照したと言っていいわけです。
まず、これらを踏まえておく必要があります。

「中国がユネスコに申請した南京事件の被害者数は「30万人」ではない!?」

繰り返しますけど、別に犠牲者数の認定のための登録するわけではないので、「中国がユネスコに申請した南京事件の被害者数」という理解がちょっとずれています。

中国がユネスコに提出した文書では、9ページ目に「The International Military Tribunal for the Far East confirmed in its judgment that over 200,000 Chinese were killed(極東国際軍事裁判では20万人以上の中国人が殺されたと判断された)」と書かれており、冒頭の要約にもこちらが採用されている。
中国がユネスコに提出した文書には上記の東京裁判の判決の他、「The Nanjing War Criminals Tribunal concluded that “at least 300,000 Chinese were killed(南京国際軍事法廷では少なくとも30万人の中国人が殺されたとした)」と異説として紹介されているのみにとどまっている。
 つまり、この文書の中では南京事件の被害者は中国政府公式見解である30万人とは決めつけていないのである。多くの人が南京事件の「世界記憶遺産」への登録を以て、「ユネスコが中国政府の主張する南京事件の被害者は30万人という主張を認めた」と誤解しているように思うのだがそうではないのである。
 また、このことから中国政府が安直に自分たちの主張を押し通したのではなく、少しは登録申請が通りやすいように慎重にこの文章を検討したのではないだろうか?

http://togetter.com/li/886959

要するに“中国はユネスコ南京事件資料を申請するにあたって東京裁判の20万人説を使って登録申請が通りやすいようにした”“南京軍事法廷による30万人説は異説として紹介した”とまとめ主は解釈したようです。
普通に解釈すれば、南京軍事法廷ではなく東京裁判に言及しているのは、申請資料のひとつが南京軍事法廷判決文であること*3がひとつ、もうひとつはA級戦犯を裁いたことで広く知られているのが東京裁判であり、南京軍事法廷はそれに関連するものだと示すため、となると思いますけどね。

“南京軍事法廷による30万人説は異説として紹介した”わけではない

「中国がユネスコに提出した文書では東京裁判の20万人説を採用していた・・・・・・!?」とか言ってるんですけど、提出された文書をちゃんと読んでないですね。
該当部分を見てみましょう。

5.3 Comparative criteria:

Does the heritage meet any of the following tests? (It must meet at least one of them.)

3 People

The Japanese army carried out the massacre in Nanjing for six weeks, which inflicted an unprecedented impact on the Chinese people, especially Nanjing citizens, and brought about a traumatic memory till today. The International Military Tribunal for the Far East confirmed in its judgment that over 200,000 Chinese were killed, and over 20,000 women were raped or gang raped by Japanese army. “These figures do not take into account those persons whose bodies were destroyed by burning, or by throwing them into the Yangtze River, or otherwise disposed of by Japanese.” The Nanjing War Criminals Tribunal concluded that “at least 300,000 Chinese were killed”.
The Nanjing Massacre Documents contain files on Japanese perpetrators, Chinese victims, and third-party witnesses from the United States, United Kingdom, etc. The historical clues and records are clear, while the materials are mutually verifiable and complementary. The aggressive war launched by Japan brought a standstill to China’s political, economic and cultural development, severely damaged the historical cultures of a city with over a 1,000-year history.

http://www.unesco.org/new/fileadmin/MULTIMEDIA/HQ/CI/CI/pdf/mow/nomination_forms/china_nanjing_en.pdf

東京裁判での20万人以上説を紹介した上で、“その数字には焼かれたり揚子江に流されたりした犠牲者は含まれていない”*4と説明して、南京軍事法廷では30万人以上とつなげているわけです。
異説としてではなく、東京裁判判決と整合性のある記述として南京軍事法廷判決を説明しているわけです。
20万とか30万とか言う数字しか見ないから、それが理解できないのでしょうね。

まとめ

どうも、申請資料で東京裁判判決に言及していることを特別視する人が多いようですが、南京事件資料や南京軍事法廷判決を説明する場合、自分ならどう説明するか考えてみてはいかがでしょうか。
普通に考えれば、“南京大虐殺という事件がありました”、“それはよく知られている東京裁判で、このように言及されています”、“今回申請している資料は東京裁判で証拠として使われた資料です”、“また南京軍事法廷判決は東京裁判判決とこのように整合性のあるものです”という流れで説明するんじゃないですかね。

犠牲者数は何人かばかりに興味を示す日本での議論に振りまわされて、東京裁判の20万人説、南京軍事法廷の30万人説、その他の説などが全く独立に成立しているように思い込んでいるのが問題なように思えますが、もう少し数字の意味を考えるようにした方がいいと思いますよ。
「中国がユネスコに提出した文書」をちゃんと読むだけでも、その辺わかると思うんですけどねぇ。

*1:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/

*2:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120228/1330447406

*3:南京軍事法廷が日本軍の戦犯・谷寿夫に下した判決文の正本

*4:ちなみに、この記載「“These figures do not take into account those persons whose bodies were destroyed by burning, or by throwing them into the Yangtze River, or otherwise disposed of by Japanese.”」は東京裁判の判決文からの引用。