「判決全文を読まないと分からない」というのはその通りだけどね

こんな記事がありまして。

刑事裁判の判決文はなぜ公開されない ウェブで1%だけ 米独韓は開かれた裁判

毎日新聞2019年5月20日 06時00分(最終更新 5月21日 16時24分)
 性犯罪で起訴された被告への無罪判決が相次ぎ、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)では裁判所への批判が広がった。一方で被告の人権擁護の観点から「判決批判への批判」も出てきて、「判決全文を読まないと分からない」という意見が相次ぐようになった。しかし、実は国民が判決文を目にするのは容易ではない。その実情と背景を探った。【中川聡子/統合デジタル取材センター】

https://mainichi.jp/articles/20190518/k00/00m/040/310000c

直近の性犯罪に対する無罪判決への批判にはさすがに問題のあるものが多く辟易しているところです。
中には監護者性交罪のように既に改正され現行刑法で有罪になるような行為に対してさえ無罪になるかのようにミスリーディングさせる論説もあります。“無期懲役になっても10年で出てくる”というのと同じ類のデマと言っていいと思います。

それはさておき。

「「判決全文を読まないと分からない」という意見」は確かにその通りです。まあ、それ以外に過去の判例も読まないとその判決文の論理自体がわからないこともありますが*1
とは言え、全ての判決が公開されるわけではありませんから、“「判決全文を読まないと分からない」と言われたら批判できない”という意見もわからなくはありません。

ただ、その場合ってとりあえず、断定的な批判を避ければいいと思うんですよね。
例えば、“報道を見る限りでは、おかしい”と留保条件をつけておけば、報道されてなかった事実が明らかになったときに改めて考え直した意見を述べることができます。
具体的な行動を起こす前にその程度の慎重さは必要だと思うんですけどね。

もちろん、被害者側に寄り添うとか共感するとか被害者支援については判決全文を読まなくても積極的にやるべきだとは思うんですが、加害者糾弾に対しては慎重になってほしいです。報道された無罪判決が不当に思えても実際には正当な判決だという場合もあるわけで、その場合、判決の正当性が判明する前に被害者支援をしていても不利益を被る人は生じません*2。一方で加害者糾弾をしていた場合は、その加害者は不当な糾弾を受けたことになり不利益を被ります。

どうも被害者支援と加害者糾弾を同一視している人が多そうなので理解されるとは期待していませんけどね。


で、冒頭の報道記事ですが、私が感じた違和感が二つあります。

一つは、今回の一連の裁判報道における報道記事に対する不満です。無罪判決を批判したいあまりか、争点や重要な事実などについて正確に報じられていなかったように思えるんですよね。
今後、裁判報道を読むときは、重要な争点や事実が抜け落ちてる前提で慎重に判断したいところです。

二つ目は、「判決全文を読まないと分からない」と言って批判している弁護士先生方に対して。
ええ、ごもっともですが、徴用工裁判の韓国大法院判決に際して、同じ姿勢で臨んでましたか?という。

大法院判決が出た直後にこんな記事が出ています。
徴用工判決「日本政府の対応はプロパガンダ」「請求権協定の白紙撤回を」弁護士たちの様々な声

これによると「弁護士ドットコムに登録する弁護士40人に、韓国大法院の決定についての評価を聞いたところ」、「評価しないし、理解もしない」が26票で65%という結果になっています。そして記載された自由意見として以下のような内容が紹介されています。

【評価しないし、理解もしない】

1965年の請求権協定の交渉段階においても、日本側は韓国側に個人補償を提案したところ、韓国側が一括受取を求めた経緯があり、この交渉経緯をみても、徴用工の問題は本来解決済みであり、韓国行政府による適切な対応が期待される。

司法の判断すべき問題ではなく、韓国大法院の決定も、それに追随する韓国政府・大統領の姿勢も理解できない。日本政府は国際司法裁判所への提訴を含めて毅然として対応すべき。

慰安婦問題の不可逆的解決も反故にされており、韓国に対する日本人の反感は無理もない。日本国内の嫌韓感情やひいてはヘイトスピーチを引き起こす主要因となっている。韓国にとっても対外的信用をなくすから良いことは無い。韓国は自重すべきだと思う。

戦後70年も経ち、日本側の個人請求権も放棄されている中、一方的に韓国側からの補償請求のみが手を替え品を変え蒸し返されて被害者カードとして利用されているのは苦痛の極み。何度交渉して何度合意しても別の問題があると話を蒸し返されたのでは国家間の合意など成り立たない。戦後補償に問題があるというのであれば請求権協定自体を白紙撤回して現在の価値で補償金を返還させるべきだ。

https://www.bengo4.com/c_23/n_8831/

判決に対する具体的な批判が一つもありません。大法院判決が認めたのは「賠償」であって「補償」ではないことすら踏まえておらず、判決を読んだとは考えられないような意見ばかりです。
性犯罪事件の無罪判決批判を批判している弁護士が必ずしも韓国大法院判決を批判したとは限らないとは言え*3、今回の性犯罪事件無罪判決と韓国大法院判決で一貫して「判決全文を読まないと分からない」という態度をとった弁護士はどのくらいいたんでしょうね。



*1:自分も強制性交と準強制性交の違いを誤認しており、今回改めて調べなおすきっかけにはなりました。

*2:支援した当人が損をしたと感じはするでしょうけど。

*3:そうは言っても、かぶっている人もいそうなので