「養育費、12月に増額の方向 ひとり親世帯の貧困に対応(11/13(水) 6:00配信 )」というYahoo記事に武蔵大学の千田有紀氏がコメントをつけていました。
千田有紀 武蔵大学社会学部教授(社会学)
https://news.yahoo.co.jp/profile/author/sendayuki/comments/posts/15736127774248.223e.23671/
裁判所の算定表は、今年もっと早期に新基準が発表されると聞いていたが、やっと年の瀬に公表されることに一応はホッとしている。
裁判所の養育費の算定表は、物価の上昇にも関わらず改定されず、計算額の算定方式にも問題があると指摘されてきた。
その欠点を埋めるべく日弁連の算定表が別途作られたが、裁判所で採用されたという話は、ほぼ聞かない。裁判所の算定表の改定は必須である。
調停などをすれば、「算定額通りでは払われないでしょうから、あえて低くして支払ってもらったら?」などと調停委員にいわれたという話もよく聞く。しかしそれでも、養育費を受け取っているひとは2割ちょっとである。月に1回以上の面会交流をしている人たちでも、7割弱は養育費を支払わずに面会交流を行っている(不思議なことに少ない面会回数のほうが支払われている)。
裁判所は個別の事情は斟酌しない算定表主義の問題点もある。改定は必須である。
怪しい情報1「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」
千田氏はこの発言の根拠を明らかにしていませんが、2008年のNPO法人Winkによる母子家庭の子ども40人に対するアンケートで、養育費ありと答えたのが9人(22.5%)という結果は存在しますので、これかも知れません。
しかし、このアンケートには養育費について「あり」「なし」以外に「滞り」「知らない」という選択肢がありますので、それらが無視されています。
また、同じアンケート調査では子どもにではなく母親に聞いたアンケート調査(標本数:328人)もあり、その結果では養育費を「受け取っている」と答えたのは153人(46.6%)に上ります。
別居親からの養育費を管理するのが同居親であることを考慮すれば、母親の回答の方が子供の回答よりも信頼性が高いと思われますが、千田氏は子どもの回答のみを採用していることになります。
国の調査としては平成28年度全国ひとり親世帯等調査があります。これだと標本数1817世帯に対して養育費を「現在も受けている」と回答したのは442世帯(24.3%)で、あるいは千田氏の発言の根拠はこれかも知れません。
しかし、千田氏の「調停などをすれば、「算定額通りでは払われないでしょうから、あえて低くして支払ってもらったら?」などと調停委員にいわれたという話もよく聞く。しかしそれでも、養育費を受け取っているひとは2割ちょっとである。」という文脈を見ると、調停などを行っても「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」とも読めます。
平成28年度全国ひとり親世帯等調査は養育費の取り決めをしている世帯に限定した統計結果も示しており、そこでは標本780世帯中416世帯(53.3%)で養育費を「現在も受けている」となっていて、千田氏の文脈とは違った結果となっています。
また、平成28年度全国ひとり親世帯等調査も養育費の受給状況について「現在も受けている」「過去に受けたことがある」「受けたことがない」「不詳」というカテゴリに分かれていて、それを考慮しなければ不適切でしょう。
ちなみに「現在も受けている」「過去に受けたことがある」をまとめると、調査対象1817世帯中723世帯(39.8%)、養育費の取り決めをしている世帯780世帯中597世帯(79.0%)となっています。
要するに養育費の取り決めをしている場合は、結構高い割合で養育費が受給できているわけです。
怪しい情報2「月に1回以上の面会交流をしている人たちでも、7割弱は養育費を支払わずに面会交流を行っている」
この発言の根拠も不明です。
平成28年度全国ひとり親世帯等調査では、面会交流状況別の養育費支払い状況の統計が示されていません。
2008年のNPO法人Winkによる子どもに対するアンケート調査では、面会交流ありの16人中養育費ありが5人(31.3%)とあり、これが根拠とも思えますが、やはり子どもにではなく母親に聞いたアンケート調査では、面会交流を定期的におこなっている40人中養育費を受け取っているのは32人(80.0%)にも上っています。
Winkの母親に対するアンケート調査結果と上記の千田発言には大きな乖離があります。
また、平成28年度全国ひとり親世帯等調査には「表18-(2)-9 母子世帯の母の面会交流の取り決めをしていない理由(最も大きな理由)」という調査結果もあり、1278世帯中81世帯(6.3%)で「相手が養育費を支払わない又は支払えない」という理由が挙げられていますし、「表18-(3)-11-1 母子世帯の母の現在面会交流を実施していない理由(最も大きな理由)」でも1189世帯中72世帯(6.1%)で「相手が養育費を支払わない」という理由が挙げられています。
本来、養育費と面会交流は別個の問題であり家庭裁判所が“養育費を払わないからという理由で面会交流を認めない”などという判断を下すことはありませんが、実態としては、そのような理由で面会交流を拒む同居親がいるわけで、そのような同居親の存在を考慮すると、面会交流の有無に関わりなく養育費を支払わない別居親が「7割弱」~8割近くいるというのは考えにくいところです。
千田氏は離婚後面会交流や共同親権について極めて否定的な思想を持っているようですので、養育費受給率と面会交流実施率が強い相関を持つ事実を認めたくないように思われますね。
平成28年度全国ひとり親世帯等調査に基づくと
「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」というのは巷間に流布された言説ですが、上でも示したように養育費の取り決めをしている場合は、5割以上で養育費を「現在も受けて」おり、「過去に受けたことがある」も含めると8割近くに達します。
これに対して、養育費の取り決めをしていない場合は、養育費を「過去に受けたことがある」も含めても1割程度に過ぎず、「現在も受けている」世帯に至ってはわずか2.5%に過ぎません。算定表の見直しも重要ですが、取り決め率の向上を図る方がより重要でしょうね。
ところで養育費の取り決め率は母親の最終学歴と強く相関しており、最終学歴が中学校の場合は21.9%、高校の場合で37.8%と低く、短大(54.4%)や大学・大学院(63.8%)は高くなっています。その結果、養育費の受給率も母親の最終学歴と強く相関し、最終学歴中学校(10.7%)、高校(21.4%)に対して、短大(30.0%)、大学・大学院(40.6%)となっています。
母子家庭の貧困問題を考える場合、低学歴の世帯でより深刻だと推定できますが、その場合は元配偶者も同等の学歴である可能性が高く、結果として算定表通りの養育費が支払われても貧困が解消しない可能性もあります。
また、養育費受給率と面会交流実施率の関係については、平成28年度全国ひとり親世帯等調査で公表されている統計表には明記ありませんが、2008年のNPO法人Winkによる母子家庭お母親に対するアンケート調査を踏まえれば、面会交流を実施している世帯で養育費受給率が圧倒的に高い傾向が見られます。
さらに、平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果を踏まえても次のように養育費受給率と面会交流実施率の相関を推定できます。
・調査1817世帯のうち、協議離婚1319世帯、その他の離婚(調停離婚、審判離婚、裁判離婚)318世帯、未婚180世帯。
・養育費の取り決め率*1は、
協議離婚1319世帯中499世帯(37.8%)、そのうち現在も受給しているのは274世帯(20.8%)
その他の離婚318世帯中253世帯(79.6%)、そのうち現在も受給しているのは129世帯(40.6%)
未婚180世帯中24世帯(13.3%)、そのうち現在も受給しているのは13世帯(7.2%)
*2
・面会交流の取り決め率*3は、
協議離婚1319世帯中270世帯(20.5%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは173世帯(13.1%)
その他の離婚318世帯中157世帯(49.4%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは57世帯(17.9%)
未婚180世帯中10世帯(5.6%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは2世帯(1.1%)
取り決め率の高いその他の離婚(調停離婚、審判離婚、裁判離婚)で取り決めありかつ養育費受給率(40.6%)も取り決めありかつ面会交流実施率(17.9%)も共に高く、逆に取り決め率の低い協議離婚において取り決めありかつ養育費受給率(20.8%)も取り決めありかつ面会交流実施率(13.1%)も共に低くなっています。
このことから、取り決めに基づく養育費受給と面会交流実施の間に相関関係があることが示唆されます。
なお、面会交流の特徴として取り決めなしでも実施する世帯が多いという点があります。この傾向は母親の最終学歴が低いほど顕著に現れます。
例えば、最終学歴が中学校の世帯215世帯中、面会交流取り決めありは25世帯に過ぎませんが、面会交流を現在も行っているのは49世帯となっていますし、高校の場合も取り決め162世帯に対して実施は227世帯となっています。これに対して最終学歴が大学・大学院の場合、160世帯中取り決めありは62世帯で、実施は60世帯になっています。
まとめるとこんな感じになります。
・低学歴(低収入)世帯では、養育費も面会交流も取り決め率が低い傾向があるが、面会交流は取り決めに関わらず実施される傾向が強く、養育費の受給率は低い
・高学歴(高収入)世帯では、養育費も面会交流も取り決め率が高い傾向があり、面会交流は取り決め以上には実施されないが、養育費の受給率は高い
これらを考慮すると以下のように推測できます。
・全体の養育費の受給率を下げているのは低学歴(低収入)世帯であるが、この世帯は収入が低いために養育費を負担できないことに起因している可能性がある。この世帯での、費用のかかる判決、調停、審判などの裁判所における取り決め、強制執行認諾条項付の公正証書による取り決めの割合が低いのも、その傍証といえる。
・逆に高学歴(高収入)世帯では、費用のかかる取り決めを選択する割合が高く、それに伴い、養育費受給率と面会交流実施率がよく相関している可能性が高い。
この推測に基づくと、今回の算定表の改訂によってメリットがあるのは、主に高学歴(高収入)世帯の同居親であり、全体の養育費受給率を押し下げている主因である低学歴(低収入)世帯ではメリットが少ないと言えそうですね。