韓国が進歩派政権になると韓国の保守・反進歩派の言論人が日本でもてはやされる、という韓国あるある

韓国のコロナ対策を称える日本に欠ける視点(2020年05月02日(土)16時35分)」を崔碩栄氏もその口ですね。

この崔碩栄記事の悪質なところは、“まともな感染症対応か、それとも自由か”という虚構の二者択一を提示して、日本政府対応の不備を擁護している点ですね。
次の一文に、その性質がはっきりと示されています。

はっきり言えば、韓国が示してみせた「迅速さ」は国家の強力な統制と国民の我慢、そして犠牲の上に成り立っている。「韓国のように」と口にする人たちは「迅速さ」の裏側にあるものを受け入れる覚悟ができているのだろうか?

https://www.newsweekjapan.jp/che/2020/05/post-4.php

しかし、そもそも韓国のようなまともな感染症対策は「国家の強力な統制と国民の我慢、そして犠牲」の上にしか成立しないわけではありません。
例えば、“韓国には徴兵制があるから大量のPCR検査ができた”という主張は、既に徴兵制を廃止しているドイツで大量のPCR検査が行われている事実を見れば、“徴兵制が無いからPCR検査できない”ことを意味しないのは明白でしょう。
それどころか、徴兵制を採用していない先進国が軒並み日本よりはるかに多数のPCR検査を実施していますから、“日本には徴兵制が無いから大量のPCR検査が出来ない”のではなく、それ以外の政策・行政に問題があるとしか言いようがありません。

韓国には韓国で利用可能な制度があり、韓国政府はそれをうまく利用して効果を上げたのは確かです。同じようにドイツにはドイツの、台湾には台湾の、それぞれ利用可能な制度・システムをうまく利用して感染症対策を行ったのです。
日本政府は日本で利用可能な制度・システムをうまく利用することが出来ずに失敗したわけですが、日本の利用可能なオプションがことさら不利だったわけではありません。

具体例を見てみよう。まず、韓国はマスク不足への対策として1人が1週間に購入できるマスクを2枚ずつと制限した。この規則の運用に用いられたのは「住民登録番号」制度だ。韓国では出生届と同時に13桁の番号が割り振られる。全ての国民に一律に与えられるもので、その番号には生年月日、性別、出生地などの個人情報が含まれている。国民は17歳になると「住民登録証」という身分証の発行を受けるが、この時、全ての指の指紋を登録し、親指の指紋は住民登録証に鮮明に表示される。
この制度は、冷戦が極度の緊張状態にあった1968年、北朝鮮武装ゲリラ部隊による韓国大統領官邸襲撃事件をきっかけに設けられたもので、身分確認と統制が目的だ。導入当初は個人情報の収集やプライバシー侵害を恐れ反対する声も多かったが、明快で便利な身分証明として国民生活に浸透し、冷戦が終結した今もそのまま利用されている。今回のマスク販売の制限においても、購入者が住民登録番号を入力すれば、販売者は瞬時に重複チェックができる。この制度なしに、円滑な販売制限は行えなかっただろう。

https://www.newsweekjapan.jp/che/2020/05/post-4.php

韓国は国民を住民登録番号で管理していたからマスクの販売制限が出来たという主張です。私個人はマイナンバーに反対ではないのですが、それはそれとして韓国のような住民登録番号制度が無ければ、マスクの販売制限が出来ないわけではありませんよね。
日本の場合なら、法的には新型インフルエンザ対策特措法で「新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施に必要な物資」を収用することが出来るようになっています(55条)。例えば、公的機関が法に基づきマスクを確保した上で、住民票の住所に配給のための通帳を配れば、販売管理は可能ですね。
ちなみに日本は1982年まで米穀通帳という制度*1で米の販売管理を行っていました。マスクで出来ないわけないですよね。

韓国のような住民登録番号制度が無くてもマスクの販売管理くらい可能なのに、住民登録番号制度が無いから販売管理ができないかのように主張するのは誤誘導としか言えません。

さらに、無視できないのが徴兵制だ。今回のコロナ対応に韓国政府は社会服務要員、軍人、公衆保健医という兵役義務を担う「若い男性」たちを動員した。社会服務要員とは軍役の代わりに居住地近隣の政府機関や公共施設で仕事をする人たちだが、彼らは薬局の人手不足を補うために投入され、軍人はマスク工場での包装や運搬作業のために動員された。

https://www.newsweekjapan.jp/che/2020/05/post-4.php

これも“韓国には徴兵制があるから動員された軍人にマスク工場での包装や運搬作業をさせることができた”という主張ですが、日本にも20万人以上の自衛隊員がいますよね?まさか自衛隊員にはマスク工場での包装や運搬作業なんてできないとか思ってるんでしょうか?
それとも日本の自衛隊員はマスク工場での包装や運搬作業を命じられたら嫌がって退職するとか思ってるんですかね。だとしたら、さすがにバカにしすぎでしょうよ。

また、兵役の代わりに離島や山間地で医療活動を行う公保医たちは、コロナ感染被害が当初最も深刻な状況にあった大邱慶尚北道地域に宿泊所も手配されていない状態で派遣された。1000人以上の公保医が劣悪な条件下で、だが最前線で奮闘していた。国家の命令による拒否できない動員が、韓国の「迅速な」対応を下支えしていたのだ。

https://www.newsweekjapan.jp/che/2020/05/post-4.php

公衆保健医は韓国の医療格差を改善するために行われている制度で徴兵制下の代替役務のようなもので韓国ではこの制度が利用できたので利用したわけですが、日本には国家の命令で動員できる医師がいないのかというと、1000名弱の自衛隊医官*2がいますよね。
韓国の公衆保健医は別に暇なわけではなく医師の少ない地方の保健所等で地域医療を支えているわけで*3、それをCOVID-19対応で一時的に流用したに過ぎません。
日本の場合なら自衛隊医官等衛生科の隊員に命じたり、防衛医大の学生(1学年300人程度)から志願を募るなりできますよね。

ちなみに日本にも保健所に勤務する公衆衛生医師がいますが待遇等の問題からかなかなか人員を確保できないようです*4
もうひとつちなみに、韓国では医学科の女子学生が増えており、結果として代替役務としての公衆保健医のなり手が減っているという問題もあったりします。

もし韓国の大邱のように日本でも特定地域で感染が拡大したのであれば、そこに自衛隊医官を投入することもできたでしょうし、民間医療関係者のボランティアを募ることもできたでしょうね。そのお膳立てを日本政府がネグらない限りは。ただ、日本の場合は広域に感染が拡大したので、韓国が大邱に公衆保健医を投入したような対応をとる必要に薄かったと言えます。とは言え、それぞれの感染地域に自衛隊医官を派遣してPCR検査を支援するというのは出来たはずでしょうけどね。


ところで、永久に Stay home しててほしい安倍首相が、右翼テロリストによる朝日新聞襲撃事件のあった5月3日*5に「“緊急事態条項”国会で議論を…安倍総理メッセージ」とか言ったそうです。

韓国憲法には緊急事態時の緊急命令制度(憲法76条)や戒厳令憲法77条)といった緊急事態条項がありますが、今回のCOVID-19に対して韓国政府はいずれも適用していませんよね。文大統領は2月23日に非常事態宣言を出したとされますが*6、内容は危機管理レベルを最高の「深刻(심각)」に引き上げ、大邱慶尚北道の清道を「感染症特別管理地域(감염병 특별관리지역)」に指定したという程度です。しかも、この時点では「感染症特別管理地域(감염병 특별관리지역)」に法的根拠はなく、単なる行政上の管理名称で政府が特に支援する地域という程度の意味合いでした*7
その後、文大統領は憲法76条の緊急命令を使うことなく、「コロナ三法」と呼ばれる感染症予防管理法、検疫法、医療法の改正案を国会で通過させています*8。これで感染の疑いのあるものに罰則付きで強制措置をとることが出来るようになり、感染地域からの入国拒否が可能になったそうです*9。なお、このコロナ三法のうちの感染症予防管理法改正によって、「感染症特別管理地域(감염병 특별관리지역)」が明文化され、行政上の管理名称から法的根拠のある指定となっています*10

つまり韓国の文政権は憲法上の緊急事態条項に頼ることなく、与党が過半数を割っているにもかかわらず国会での議論を通じてCOVID-19に対応する法改正を行ない、収束させつつあるわけです。

日本国憲法に緊急事態条項が無くとも国会で議論して必要な法整備をすることは、与党が圧倒的議席数を持つ安倍政権には容易なはずですが、安倍首相が無能すぎてそれができないだけです。

ああ、念のため言っときますが、韓国の政界はCOVID-19対応で一致団結しているわけではなく、東日本大震災時の野党・自民党のように文政権の足を引っ張るだけの未来統合党がいたりします。そして、“文大統領は謝罪せよ、外交部長官と保健福祉部長官を更迭せよ”とか言ってたりします*11

そりゃ、選挙で惨敗するわ、と。