10代の少女が自ら望んで故郷から遠く離れた戦場で言葉も通じない兵隊相手の売春婦になったというストーリーを信じる人

は、アホか鬼畜か、そう思われて仕方ないと思います。ですが、今の安倍政権を支持している人たちはみなそのストーリーを信じているわけですよね?
年頃の娘を持つ親御さんたちは、娘がアフリカや中東の米軍駐屯地で米兵相手の売春婦になると言い出したら、喜んで送り出すんですよね?

それが今の日本人なんですよね?

世界中の人はまさか日本人がそんな前近代的な異常な価値観を持っているなど思ってはいないでしょう。だから、安倍政権や極右勢力従軍慰安婦問題を否認するのを怪訝な目で見ています。彼らにとっては日本人がなぜ河野談話を否定しようとするのか理解できないでしょう。正直、日本人である私にも理解できません。

安倍首相は、スマラン慰安所事件などで日本軍が強制的に女性を連行し売春を強要した証拠を突きつけられてもなお、それは強制連行ではないと開き直っています(参照:過去記事*1 )。

河野談話の再検証の手順

河野談話は元慰安婦証言だけを元に書かれたわけではなく、それ以前に文書資料を不十分ながらも調査しています。慰安婦慰安所が民間のみで運営されたものでないことは、文書資料から明らかであり、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」*2のは文書資料から十分に証明できます。「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったこと」も文書資料からほぼ明らかですが、文書から判断できないのが募集が「甘言、強圧によ」ったことと「本人たちの意思に反して」という部分です。
しかし、“10代の少女が自ら望んで故郷から遠く離れた戦場で言葉も通じない兵隊相手の売春婦となるか”という問いにごく常識的な判断を下せば、「本人たちの意思に反して」なのは容易に理解できるはずです。当然、「本人たちの意思に反して」連れて行くには、「甘言、強圧によ」ったことは自明です。

なお、「官憲等が直接これに加担したこと」についてはスマラン慰安所事件で明確に文書資料が残っていますが、朝鮮半島に限定しても多数の「甘言、強圧によ」る人身売買が官憲の意に反してなされることもありえないと言えます。したがって、慰安婦になることが「本人たちの意思に反して」である否かが重要な基準になります。

慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」ことは、文書資料から明確にわかります(例:心理作戦班日本人捕虜尋問報告(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号)。借金で縛られて売春を強要される籠の鳥というだけでも十分に「強制的な状況の下での痛ましい」と評するに足ります。

「戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」かについては、主題は「本人たちの意思に反し」たか否かです。

「本人たちの意思に反し」たか否か、はどうやって証明するか

では「本人たちの意思に反し」たかどうかについて、文書資料はないのでしょうか?慰安婦たちが当時の公娼制度の枠内で自由意志で希望した売春婦であったのなら、文書資料が残っているはずです。
すなわち、娼妓取締規則*3に言うところの「娼妓名簿」や娼妓登録のための申請書面です。

(抜粋)
第二条 娼妓名簿に登録せられざる者は娼妓稼を為すことを得ず
娼妓名簿は娼妓所在地所轄警察官署に備ふるものとす
娼妓名簿に登録せられざる者は取締上警察官署の監督を受くるものとす

第三条 娼妓名簿に登録は娼妓たらんとする者自ら警察官署に出頭し左の事項を具したる書面を以て之を申請すべし
一 娼妓と為る事由
二 生年月
三 同一戸内に在る最近尊族親尊族親なき時は戸主の承諾を得たる事若し承諾を与ふべき者なき時は其事実
四 未成年者に在ては前号の外実父、実父なき時は実母、実父母なき時は実祖父、実父母実祖父なき時は実祖母の承諾を得たる事

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070601/1180654578

これらは警察が管理する公文書で、中国占領地などでは領事館警察や軍政機関が管理すべきものです。慰安婦らが合法的に集められ、軍が合法的に管理していたのなら、必ず存在するはずの公文書です。それらの文書には本来、慰安婦らの氏名、志願理由、生年月、未成年や同居親族がいる場合はその承諾証明が記載されているはずです。しかし、何千何万と存在した慰安婦らの就業登録の記録については、これまで見たことがありません。少なくとも初期の日本国内から送られた慰安婦に関しては存在していても良さそうですが、それすらありません。慰安婦自体が海外に多数輸送されたこと自体は公文書に記録が残っていますが、彼女らが自らの意思で渡航したことを示す文書は一切見つかっていないようです。

そして、その上で元慰安婦らは「本人たちの意思に反し」て連れ去られ日本兵相手の売春を強要されたと証言しているわけです。

さて、現代において、性風俗での就業女性が「騙されて働かされている」と主張し、店舗側が本人の意思を確認する契約書を持っていなかった場合、その女性の主張はどう判断されるでしょうか?
裁判ならば、女性と店舗側の証言から、口頭での契約が成立したと思われる状況が明らかに類推できない限り、女性側の主張を採用する可能性が高いと言えるでしょう。一般の日本人、特に男性ならば、女性が自分で望んで売春したんだろ、などと下卑た邪推をする可能性が高いかもしれませんね。少なくとも安倍政権はそのレベルであり、その政権を多くの有権者が支持している現状では、下卑た邪推の方が日本の公論とさえ言えるでしょう。情けないことですが。

ほとんどの人権団体はそうは判断しないでしょうし、本音や積極性はともかく民主主義国家の政府・政治家のほとんども、そのような下卑た邪推を口にはしないでしょう。

ほとんど以外に属する日本政府や安倍自民党、石原・橋下維新などの極右政治家は、日本軍・政府が本来残しておくべき公文書が存在しないことを持って「証拠がない」と被害者証言を否定・懐疑しているわけです。

「本人たちの意思に反し」たという証言の再検証はどうするの?

言うまでもなく、「本人たちの意思に反し」たかどうかは、本人が自由意志で選択したことを示す公文書が存在しない以上、本人に聞く以外にありません。それも聞くまで全く判断できないほど、想像に難いものではなく“10代の少女が自ら望んで故郷から遠く離れた戦場で言葉も通じない兵隊相手の売春婦になるか”という凡そ答えが一つしかありえないような内容です。河野談話直前に元慰安婦らに聞き取りをしたというのは、答えの想定できるもので最終的な確認でしかありませんが、証言によって「本人たちの意思に反し」たことは確認できたわけです。
この上、何を再検証したいのでしょうか?
売春強要された被害女性をもう一度呼びつけて「お前は自分の意思で売春婦になったんじゃないのか?」と聞くのでしょうか?
もちろん、そんなことをしても意味はありません。

もし、証言を再検証、裏づけをとるとすれば、証言に主旨を損なうレベルでの矛盾がないか、証言を否定できる反証を確認するしかありません。証言に矛盾がないかというのは慰安婦問題否認論者の大好物ですが、この10年否認論者らの必死の(自称)検証の結果、満年齢と数え年の混在くらいしか出てこず、主旨を損なうレベルでの矛盾はありません。もっとも安倍政権は秘密裏に検証するわけですから、満年齢と数え年の混在をもって証言全体を否定するくらいのことはやりかねませんが。
それ以外の「証言を否定できる反証」を取るとなると、当時の証言ができる証人を探す必要がありますが、それこそ可能でしょうかね?朝鮮半島で警察官をしていた者、出稼ぎなどの村民の出入りを記録していた者、税関などで出入国を管理していた者、輸送船や列車で関わった者、戦地で関わった兵士ら、女衒などの人買い業者、これらを探し出すこと自体、現在ではほぼ不可能でしょう。出入国管理などの文書記録も現存しているものはほとんどないでしょうし。

例えば元慰安婦の金福童氏の場合、1945年8月にスマトラの第10陸軍病院に所属していた記録がありますが、彼女が当時の植民地朝鮮からどのようにスマトラに至ったのかを示す渡航記録などの書類はあるのでしょうか?日本政府や朝鮮総督府出入国の記録をとっていたはずです。それはどこにあるのでしょうか?

そういったことを調べる覚悟もないのであれば、“再検証”など歴史修正主義の宣言に過ぎません。

*1:「安倍政権にとって、軍人が民間人女性に売春を強要するために軍用売春宿に連行する行為は、強制連行にあたらないらしい」この件について正直私が見誤っていたと感じているのは、卑しくも政府の公式見解でここまで露骨な嘘をつくことはあるまい、と思い込んでいたことです。この記事以前に「河野談話発表までに「強制連行を直接示す資料」は見つけられなかった、しかし、その後見つかった、という話」http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130526/1369543851 という記事を書きましたが、安倍政権が「強制連行を直接示す資料」の存在が河野談話以前に知られていたと把握していながら、強制連行の証拠はない、と閣議決定したとまでは思っていませんでした。しかし、事実は安倍政権が「強制連行を直接示す資料」の存在を無視して閣議決定したわけです。ここまで恥知らずな嘘つき政権は見たことがありません。

*2:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130804/1375624228

*3:植民地でも同様の規則があった